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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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3/30 ☆銭湯

 久々に、昔住んでいた町に行った。

 少し時間ができたので、ウォーキングの足を延ばしたのである。


 今住んでいる場所から、歩いて二時間の場所。

 二十年前とは違う風景に、時の流れを知る。


 古い家屋が駐車場になっているな、小さなお米屋さんがコンビニになってる、本屋は無くなったのか、でもたこ焼き屋はあるな……。


 懐かしさが、長距離のウォーキングの疲れを吹き飛ばす。


「あ、まだやってるんだ、この銭湯。」


 娘がまだ保育園に入る前、よく通っていた銭湯の前を通りかかった。


 当時住んでいたアパートは、お風呂が非常に狭かった。

 娘が乳児の頃は抱えて湯船に浸かれたのだが、1歳を過ぎたあたりで一緒に入るのが難しくなり…、散歩ついでに毎日この銭湯に通っていたのだ。


「寄っていくか……。」


 少し歩き過ぎて、足もむくんできた。

 涼しい季節で汗はかいていないものの、リフレッシュするには、良さそうだ。




「いらっしゃい。」


 受付のおばあちゃんは、少し若返っていた。

 ……まあ、若返ってるわけではなく、代替わりしたんだろう、おそらく。

 もしかしたら、昔掃除をしていたお姉さん?なのかもしれない。


 入り口で入浴料とバスタオルセットのレンタル料、石鹸セットの支払いをして、女湯の暖簾をくぐる。


 ……どことなく、新しくなっているものの、全体のデザインは昔のままだ。


 床のフローリングが竹じゃなくて無垢になってる。

 ロッカーの形は一緒だな、昔ながらのマッサージ椅子はまだ現役なのか。


 浴場の方に足を延ばすと、二十年前の記憶通りの光景があった。


 浴槽がいくつも並ぶ、タイル敷きの浴場。

 真ん中には十人ほど入れる大きなヒノキ風呂があり、それを囲む形で壁際に二人で入れるくらいのサイズの浴槽がずらりと並んでいる。

 洗い場は10、小型の浴槽とは反対側の壁際にずらりと並んでいる。

 洗い場の横にはサウナがあり、その横に小さな水風呂と水飲み器がおいてある。

 いちばん奥にあるドアをあければ、小さな滝の流れる露天風呂があるはずだ。


 …ああ、何一つ変わらないな。


 私は二十年前を思い出しつつ、いつも…の様に、洗い場へと向かった。


 ボタンを押すと激しく噴き出す蛇口のお湯…、これがなかなか止まらないんだよね。

 だけどシャワーはすぐに止まっちゃうという。

 いつも娘に押さえてもらってたっけなあ……。


 石鹸でさっぱりと洗い流した後は、向かって右の方から、順番にお湯を楽しむ。


 一番右の薬湯は、くさいねって言いながら20秒数えて入って。

 その隣の日替わり湯は、今日も緑色のお湯だねって言いながら30秒数えて入って。

 その隣の子どもの湯は、キャラクターのタイルの数を数えながら20秒数えて入って。

 その隣のぶくぶくの湯は、くすぐったいって笑いながら30秒数えて入って。

 その隣のジェットバスは、電気風呂の部分に近づかないようにしながら20秒数えて入って。

 最後に、外に出るドアを開けて、露天風呂に向かったんだよね。


 ここの露天風呂は、露天風呂と言っても…、広くて大きな空間が楽しめるわけではない。

 十畳ほどのスペースに横に長い二畳くらいの大きさの浴槽があり、その前に人口の滝と池、それを囲む手作り感満載の庭園が広がっているだけだ。

 浴槽の上の庇以外の部分には屋根がなく、一応青空を見ることはできる。けれども、なんていうかこう…実にせせこましいというか、空が貧弱というか、物足りないというか…まあいいや。


 娘は、この露天風呂が大好きだったんだなぁ…。

 私はというと…、あまり好んでは、いなかった。


 なぜなら、この露天風呂は、非常に、生臭かったのだ。


 今も、超絶、生臭い。

 生きた魚が目の前でビチビチしているような、躍動感のある生魚臭があたりに充満している。


 相変わらず、かあ。

 相変わらず、なんだなあ。


 露天風呂前にある池の中には…、夥しい数の、錦鯉。


 時折ばっちゃばっちゃと跳ねる錦鯉に、娘は夢中だった。

 せっかく温まった体も、この露天風呂に来ると、あっという間に冷めてしまうのだ。

 夏はまだいいが、冬は風邪をひきそうでずいぶん冷や冷やしたものだった。

 まあ、冬が来る前に引っ越しをしたので…一度も風邪をひくことはなかったのだけれども。


 数えきれないほど銭湯や温泉施設に出向いてはいろいろと入ってきたけれど、この錦鯉を拝める銭湯は娘のお気に入りトップスリーにランクインしていたりする。

 三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。大人になった娘は、今でも鯉のエサやりが大好きだし。口をパクパクさせている鯉を見て大きな口を開けて大はしゃぎする様子は、まったくもって変わっていない。


 昔は娘の気が済むまで付き合ってあげたけれども…今は一人なのでね。

 生臭さに耐えかねた私は、サウナへと向かう事にした。


 あの頃は、娘がいたから入れなかった、サウナ。

 高温サウナだったのか、へえ……。


 先客がいるので、三段あるステップを最上段までのぼり、ふうと一息ついて、腰かける。


 ・・・・・・。


 ・・・・・・!!!


 最下段に佇むご婦人の、背中に。

 立派な、鯉が…泳いでいらっしゃる―――!!!



 ―――カッコイイちょうちょだね!!

 ―――でしょう!



 ・・・・・・ああ、そういえば。


 娘とここに来ていた時も、こういう事あったなあと、ぼんやり思いだす。



 洗い場で、隣に座ったお姉さんの背中を見て、無邪気に声をかけた、娘!!!

 にっこり笑った、お姉さんの優しそうな笑顔!!!


 たしかあの時は……、ご丁寧にも湯上がりにフルーツ牛乳をおごっていただいて……全く味がしなかったんだった!!!


 今あわてて出ていったら…絶対に何か思われる!!

 出ていけない!!


 しかし出るタイミングが同じになってしまったら、あの狭いドアを同時に通り抜けなければいけなくなる可能性!

 お先にどうぞと譲った時に、ついつい目線が背中に行ってしまう危険性!!!


 ・・・・・・う、うごけない!!!


「あれ~、ミヤちゃん、今日早いね!」

「うん、今日は早上がりなんだ。」


 サウナのドアを勢い良く開けておばちゃんが入ってきた。

 どうやら顔見知りらしい…。

 二人で並んで、ワイのわいのと盛り上がっているぞ!!


 ようし、この隙に逃げだそう!!!


 のんびり水風呂に浸かっていたら二人が出てきてしまうかもしれない。

 急いでザバっと入って飛び出し、もう一度体と髪を洗ってジェットバスに入ってから浴場を後にした。


 髪を乾かし、服を着て、そそくさと銭湯を出たわけなんですけれども。

 水風呂で熱を飛ばせなかったからか…、家に帰る道々、暑いのなんの。


 熱がこもっているのかもしれない、鼻血が出そうだ。

 途中コンビニでアイスを買って、かじりながら帰路に就く…。


 おかしいな、カロリー消費をするためにウォーキングに出かけたはずなのに、なぜ私はアイスを食べているのだ……。

 おかしいな、まだ真夏でもないのに、なぜ私は汗をだらだらと垂らしているのだ……。


 家に帰ってぬるめのシャワーを浴び、体にこもった熱を冷やした私はですね。

 二十年ぶりに入った銭湯の、くさい薬湯の効果もスッキリと流してしまいましてですね。


 なんかもったいなかったなあって、みみっちいことを思ったっていう、お話なんですけどね……。


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