12/23 ☆讃美歌
……えらいことになった。
なんと、クリスマスのイベントで…旦那がステージに立つことになったのである!!
「なんか山平さんがね、ぎっくり腰で立てないんだってー!」
「ちょ…!!そんな重大な任務、二つ返事で…請け負うな!!!」
まったくもって何も考えていない旦那は、代理で舞台に立ってくれないかなあというお願いに、お願いにぃイイイイ!!!なんで毎度毎度のことながらこうも簡単に安請け合いをするのか?!
「そもそもあんた讃美歌なんて歌ったことあんの!!まったく知らないくせに歌えるわけないじゃん!!!」
「大丈夫だよー!明日練習あるから、歌える歌える!!」
……絶対歌えん!!!!
市民祭りでカラオケ会場付近一帯をドン引きさせた己の災害級歌唱力のヤバさを知らんのかああアアあ!!!
…あかん、これは被害者が出る前に何としてもやめさせなければ。
私は明日、旦那に同行する事を決めた。
「あ、会長!!ありがとね、ピンチヒッター!奥さんまで…スミマセンねぇ、この師走に」
「どういたしまして!でも僕全然知らないから、教えてね!」
クリスマス会の運営を任されている地区会長の宮崎さんが、ニコニコして出迎えてくれたのだが。あと5分もすれば、引きつった表情で固まる事必至だ。
「あの!この人合唱経験ないし、やめた方が絶対いいんです、でね、」
「大丈夫大丈夫!!ここにいる人はみんな経験なしから始めたんだよ!!」
「経験とかそういうレベルじゃなくて、」
「まあ、駄目だったら考えるわ!とりあえず様子見様子見!」
ダメだ!!のんきなじいさんは…人のいう事なんか聞きゃあしない!!!
なんでも、男性がただでさえ少ないのに貴重な山平さんが抜けちゃって、混声合唱団に重低音がなくなっちゃって困っててって話なんだけど…。助っ人で入る旦那は、重低音どころか、究極破壊音しか出せないんですよ、ねえ、正気ですか、合唱団の皆さん…!!!
讃美歌どころか、鎮魂歌になりかねない、今日練習して、明日本番でしょ?!ムリムリムリムリムリムリ(ヾノ・∀・`)
「こんにちはー!ええと、こちらが助けてくれる方?」
「どーもー!助けに来ましたー!みなさんよろしくー!」
「あの、この人合唱無理なんです、やめといたほうが、」
「大丈夫よぉー!みんなで声を合わせれば、おのずと麗しいハーモニーが生まれるの、安心して!」
ダメだ!!平和な有閑マダムも…人のいう事なんか聞きゃあしない!!!
「はいはい!!じゃあね、まず一回通しましょう、で、そのあとパート別に分かれて練習ね」
♪もーろーびーとーこぞりいて~♪
ああ、なんかクリスマス会で聞いたことある曲だ。ふうん、こういう歌詞なのか。やけに煌びやかな声の人が多いな。…そうか、ソプラノが多いんだ、なるほどねえ。
「じゃあ、会長入って!一回聞いたからわかるでしょ!!」
「うん、わかったー!」
でかい体を揺らしながらテケテケと…壇上に上がってゆく旦那!!!
あのへらへらした顔は…絶対に分かってないやつだ!!!!
お嬢さんの演奏が始まり、ピアノが心地良く、鳴り響き…。
≪≪≪ぼーえ――――!!!≫≫≫
厳かな雰囲気をなぎ倒す、恐ろしいまでの不協和音が!!!
クリスマスという年に一度の大舞台に心地良く耳に届かねばならない歌声が、たった一人のだみ声でここまで穢されようとは!!!
正直、歌い終わるまで聞き続ける気力、気力がああアアあ!!!
……針のむしろとはこのことか。
困惑するおばさまがたの顔!!おかしな表情の指揮者!!ピアノを弾く女子も顔が引きつってるじゃん!!!
アアア、言わんこっちゃない……。
「……わかった、会長は声が低すぎるんだ!!ごめんね、会長は無理だわ。うちはバス要員は必要としてないっていうか…」
「ええー!せっかく来たのにー!」
はりきって練習会場にのこのことやってきた旦那は、戦力外通告を受けてやや憮然としている。
どう考えても妥当だ、むしろお前はここにいてはならん!!
一刻も早くこの場を立ち去ろうと、旦那の方に一歩踏み出した、その瞬間!
「ね、奥さんちょっと入ってみてよ!!声低いよね、アルト?テノールパート歌えるんじゃない?」
ギョ――――――エ――――――――――!!!
ちょっとまて、なんかこっちに飛び火がっ!
「無理、無理ですよ、わたしゃ歌なんか歌いたくない、無理無理!!」
「そんなこと言って―!市民祭りでアニソン歌ってたの見ましたよー!!」
「あ!あれ奥さんだったの?!見た見た!!オタ芸打ってた人がいたやつでしょ!!!」
ちょ!!!
なんかいろいろ…バレてる!!
「奥さん、まさかこの空気このままにして帰るつもりじゃないですよね、入ってください♡」
「は、はい?!無理、ちょ、ちょっと!!」
無理やり、壇上に引き込まれた私、私ぃイイイイ!!!
……クリスマスイベント当日。
駅前商店街の広場に設営された会場には、大きなクリスマスツリーとステージ、出店がたくさん並んでいる。
美味しそうなフードやかわいいおもちゃ、フェイスペイントのお店など、いつになく賑やかで華やかで…実に混み合っている、いるよ?!
「ねーねー!お母さん歌うの?ウケる!!動画とっちゃお!!」
「かっこいい。」
白いポンチョと、派手なクリスマスハットを被されて、私はステージ、ステージに上がることに…。くそう、どうしてこうなった、何でこうなった。どうして私が、なんでいつも私ばっかりぃいいいいぃ!!
「ねーねー!あっちでターキー売ってるよ!!」
「マジで!!あたし食べたい!!!」
「僕も欲しい。」
「ずるい!!私の分も!!」
「奥さーん、こっちこっち!!!」
ああ、私はターキーすら食べることができないというのか。
……まあいいや、歌い終わったら即刻衣装を脱いでいの一番にターキーの列に並ぼう。
かくして舞台に上がり、ガツガツと肉を食い千切る旦那と娘、息子をステージの上から見つつ、出番を終えた私だったんですけども。
「あ、奥さん、これ参加賞ね、もらって!」
「はあ、ありがとうございます…。」
小さなケーキをもらって、私は旦那と子供たちの元へ。
「お疲れ〜、あ、いいな!!なにかもらってる!!」
「ずるい!あたしにも分けてね!」
「ずるいってなんだ!!これは私の出演料だよ!!!」
「おつかれさま。」
息子には分けてもいい!!!だが、娘と旦那にはやらん!!!
ターキーを買い、クリスマスケーキを買い、美味しそうなクリスマスプレートを買い、クリスマスアイスケーキを買い、クリスマスちらしずしを買い、家に帰ってようやく落ち着いて、一息…。
「ねーねー、これめっちゃうまい!!」
「うーん美味い、バクバク!!!」
「ずいぶんおいしい。」
「お姉ちゃんエビだけ食べないでよ!お父さんも食べたいのに!」
「お父さんこそチョコプレートあたしが食べるやつなのに食べたじゃん!却下却下!」
「いちごだけ食べていい?」
ここで一息ついたら、今夜も晩御飯がなくなる事必至だ!!!
一息なんか、つけるかあ!!
私はとっ散らかった食卓の上のごちそうに、勢い良く手を伸ばしたのであった。




