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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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10/6 ☆キンカンの純真

 我が家の裏庭には、キンカンの木が植えられている。

 この家に引っ越してきた時に、いの一番に植えた木である。


 ……アパート住まいから一軒家に引っ越すことになった時、私はわりとずいぶんかなりはっちゃけてしまったのだ。


 引っ越した当時は、空前の風水ブーム真っただ中であった。

 車のラジオをつければ今日の風水占いが流れて来たし、晩御飯時には風水家相診断スペシャルが放送され、休みの日に本屋に行けばレジ前に風水の本がこれでもかと積まれていた。


 ……新しい物好きの好奇心旺盛な私が、影響されないわけがなかったのだ。


 初心者向けの薄っぺらい風水指南本を手に入れた私は、家相診断やら運気を呼び込むテクニック、その他もろもろの知識を得た。


 家の中心から見て、西にあたる場所にキンカンの木を植えた。

 家の中心から見て、東にあたる場所にグミの木を植えた。


 ……幸いなことに。


 家の中心から見て、北にあたる場所にクチナシの木が生えていた。

 家の中心から見て、南にあたる場所にドクダミがわんさか生えていた。


 西に黄色、東に赤色、北に白色、南に緑色。それが幸運を呼ぶ配置なのだと学ばせていただいた。

 やれることはすべてやった、これで我が家はどんどん繁栄していくに違いない!!


 ……ところが。


「グぬぬ…全然大きくならない、なんでや……。」


 西隣に立つ隣家には、大きな柿の木があった。


 まだ幼い若木であるキンカンに届けたい日光を、ことごとく遮ってしまう、憎き木である。

 まだずいぶん心もとないか細いキンカンの上に、落ち葉やら熟れた実やら無遠慮に落としまくる、許すまじ木である。


 塀を隔ててはいるものの、地中深く?では土を共有しているわけで、養分という養分をすべて根こそぎ持って行かれてしまっているのかも知れない。

 なかなか育っていかない、健気なキンカンが気の毒でならなかった。


 植えて一年目になろうという頃、100を超える実をつける柿の横で、小さなキンカンの苗木は、たった3つの実をつけた。


 ありがたく収穫させていただき、砂糖で煮てホットケーキにトッピングしたのだなあ。


「君がんばりなさいね、応援してる、柿の木に負けないでね、今日もいい葉っぱついてるよ、この調子!!そのうち実もたくさんつけてくださるとうれしいな!」


 洗濯物を干すたびに、私は貧弱なキンカンの木を励まし続けた。


 もう育たないんじゃないか、実をつけないんじゃないかと気が気じゃなかったのだ。

 実がつかないという事は、金運も呼び込んでくれないんじゃないかと気が気じゃなかったのだ。


 東に植えたグミの木は、周りに養分を競合する敵もいないというのに一粒も実を付けてはくれなかった。しかも育つにつれてやけに凶暴な棘を蓄えるようになり、うかつに近づくことができなくなってしまった。

 北で次から次へと咲き誇るクチナシの花は、すぐに茶色く萎れてしまった。

 南でわっさわっさと繁殖するドクダミは、西へ東へと陣地を広げ、手に負えなくなった。


 クチナシにたむろう芋虫の駆除に追われ、ドクダミの除草作業に追われ、なんだか非常に慌ただしい毎日が続いた。


 ……ばっちり風水を取り入れたはずなのに、この、なんとも言えないやらかしてる感はどうだ。


 へらへらしながら暮らしていくうちにすっかり風水ブームも鳴りを潜め、引っ越し時に何度も読んだ本もどこかに行ってしまった。元々のいいかげんな性格もあいまって、いろいろと全部なあなあになってしまったという…。


 気が付けば実をつけないグミの木は電線にかかるほどに背丈をのばし、キンカンの木は庭をはみ出し道路の方にまで枝を広げるようになっていた。


 グミの木は相変わらず実をつけることがなかったが、キンカンの方は300を超える実をつけるようになった。


 ……西に黄色い実の成る木を植えたら金運アップって書いてあったはずなんだけどな。一向に我が家が裕福になってこないのは、なんでだ……。むしろ、子供たちが成長するにしたがって食費がかさんでかさんで…いつまでたっても圧し掛かる、エンゲル係数の高さよ……。


「うググ、取っても取っても減っていかない!!」


「大収穫。」

「ねーねー、あたしコンフィチュールが食べたーい!」

「近所に配る?森田さんが欲しいって言ってたよー!」


 金運を呼んでくれるはずのキンカンの木は、実をつけることに精いっぱいらしい。


 ……そうだなあ、昔いっぱい実をつけてねってお願いしたもんなあ。

 今更お願いを返上するわけにもいくまい、キンカンは健気に私のお願いに応えてくれているわけで…。


「今年もいっぱい実をつけてくれてありがとね!!」


 実を収穫し終え、ついでに剪定もしてスッキリしたキンカンに、一言お礼を申し上げる。


 なんというか、もうお礼を言うのがこう、身に付いちゃってるというか。

 二十年も一緒に、この家で暮らしている、大事な家族だし、ね。


 ……キンカンは何も返事はしないけれども。


 おそらく、来年も再来年も。


 私の声に応えてくれる、はずなのだ……。

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