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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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6/18 ☆攻防戦

 毎週土曜の朝は、焼き立てパン屋のモーニングバイキングに出かけることにしている。


 前日の残りや成型ミス商品、少し焼き過ぎたパンなどを食べやすいサイズにカットされたものが食べ放題で、しかもドリンク飲み放題もついて、600円。

 リーズナブルで、もともと人気のパン屋という事もあり、平日でも人気を呼んでいたりする。


 入店し、レジでバイキングのお願いをすると、清算後にフリードリンク用のコップとお皿、退席時間の書かれたカードを渡される。

 客は、自分の好きな席に皿とコップとカードを持って移動し、およそ一時間の食べ放題飲み放題をスタートさせるシステムだ。バイキング中は、カードをテーブルの上に掲示しておかなければいけない。


 カウンター席が五つに、二人掛けのテーブルが四つ、四人掛けのテーブルが四つ、テラス席が二つ。

 焼き立てパン販売コーナーとは完全に隔離されている、決して広くないイートインコーナーには制限時間一時間をフルに楽しもうとする客がぼちぼちいる。

 まだオープンして間もない時間帯なので、空いている席も少しだけある。


 私は、いつもカウンター席の左端を陣取ることにしている。

 この場所は、非常に見晴らしがよく、店内で繰り広げられる攻防戦を楽しめるので、お気に入りなのだ。


 席からほど近いフリードリンクコーナー横には大きめのバスケットが三つ並び、その中にカットされたパンたちが置かれている。

 バスケットの中には、四種類ほどのパンが各々四分割された状態で並んでおり、客はそれをトングで自分のお皿にとって自分の席に持ち帰り、いただくのだ。


 パンのかごの横にはトースターが二台並んでおり、焼いて食べることも可能だ。

 焼き立てパンではあるけれど、焼き立てである時間というのは短いものだ。

 かごの中に並んでいるカット済みのパンたちはどれも冷たいので、温めたいと願う客は、多い。


 チーン。


 トースターで、パンが焼けたことを知らせる音が、時折聞こえる。

 パタパタと足音がして、香ばしく焼けたパンを皿に盛る、客。


 チーン。


 パタパタと足音がして、焼け過ぎたパンを皿に盛る、客。

 パンを入れて、焼いて、取り出して、また入れて。


 パンが焼けるまで、およそ3~4分といったところか。

 立って待つ客、席に戻って待つ客、家族の分を一気に焼く客……。


 大人気のトースターは、休まる暇がない。

 いつまでたっても空かないトースターに業を煮やし、焼かずに食べる客もわりといる。


 だが、せっかく食べるのであればうまい状態で口に入れたいと願い、トースターが空くその一瞬を狙う客の目が、光っている。


 この、緊張感が、たまらなく…、食欲をそそるのだ。


 我先にと願うものの、いつまでたっても空かないトースターに焦れる飢餓者。

 ようやく空いたと席を立った瞬間に、誰かにスウとパンを投入されてしまう無念さ。

 ようやく焼けたとトースターのふたを開けて、黒焦げと対面した時の悲しみ。


 実に、実に……良い。


 だが、トースターばかりに夢中になっているのは、よろしくない。

 ともすれば、バスケットの中のパンの追加に間に合わなくなってしまうのだ。


 パンはバスケットの中身が減れば随時追加されるのだが、何が投入されるかは完全にランダムである。

 人気のチョコデニッシュが入ることもあれば、あまり人気のないプレーンベーグルが入ることもある。

 総菜系のパンと、生クリーム系のパンは人気で、出てすぐに取られてしまうことがしばしばある。

 食べ放題のパンコーナーには、パンを取るトングが二つしか置いてないのだ。

 そのトングを、食いしん坊の客が握ってしまえば、全て持って行かれてしまう可能性が高い。


 とりわけ、客に、体格のいいものがいると緊張感が走りがちだ。

 あいつは、新しく出てきたパンを根こそぎ奪っていくかもしれない、そういう緊張した空気が、確実に、店内に、流れる。


 今日の客に……体格のいいものは、いないが。


 若い女性グループが、いる。

 ガタイの良い、色黒男性が、いる。

 騒がしいおば様グループに、小さな子供を連れたファミリー、ご年配の夫婦……。


 皆、それとなく、パンの補充されるタイミングを、伺っている。


 今、パンの入っているバスケットの中には、ほとんど美味しそうなものが、並んでいない。

 先ほどまでに、めぼしいパンはすべて捕獲されてしまい、皆、追投入待ちなのだ。


 ……今取りに行ったら、美味しいものがない。

 ……今取りに行ったら、ソーセージなしの端っこ部分や、明太子が少ししかついていないフランスパンを取る羽目になる。

 ……今取りに行ったら、あとから出てくるおいしいものを食べる余力がなくなる。


 さく、さくっ、ザクッ、ザクッ……。


 ああ、この、音は。

 今、店員さんが、新しく出すパンを、カットしている、音。


 おしゃべりをしていては気付けない、非常に聞き取りにくい、しかし聞き分けることは可能な、聞き逃してはいけない、音色。


 私は、一人、カウンター席から立ち上がり……ほとんど魅力を感じない、パン軍の並ぶバスケットを見やった。

 トングを片手に、さも、取ろうかな、やめておこうかな、そういう雰囲気を、醸し出す。


 そこに、店員さんが新しいバスケットを持って、やってきた。


 そ こ に は 。


 ヒャッホーい!!!


 生クリームパン、キタ――(゜∀゜)――!!!

 キノコグラタンパン、キタ――(゜∀゜)――!!!

 生チョコフランスに、アップルパイ!!!


 うっひょ―!

 全部取ったろ!!!

 あれもこれもそれも!


 私はお皿いっぱいに、出てきたばっかのおいしいパンを盛って盛って盛りまくり―♪


「あ!新しいの出てきたみたいだよ!!」


 私の耳に聞こえてくるのは、客のつぶやき。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


 私はてんこ盛りになった皿を持って、自分の席へ向かう。


「わあ、美味しいところが全部ない!!」


 私の耳に聞こえてくるのは、客の嘆き。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


 私はてんこ盛りになった皿のパンを、自分の口に運ぶ。


 チーン!


 私の耳に聞こえてくるのは、パンが焼けたことを知らせる音。


「とりあえず端っこ食べとこっか……」


 私の耳に聞こえてくるのは、客の諦め。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


 チーン!


 私の耳に聞こえてくるのは、パンが焼けたことを知らせる音。


「これ焼くとおいしいと思うよ!」


 私の耳に聞こえてくるのは、客の提案。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


 さく、さくっ、ザクッ、ザクッ……。


 私の耳に聞こえてくるのは、新しく出すパンを、カットしている、音。


 ……よし、行くか。


 空になった皿を持ち、バスケットの前で物色している、空気を醸し出す。

 そこに、店員さんが新しいバスケットを持って、やってきた。


 そ こ に は 。


 ……うそーん。


 アン食パン……。

 塩パン……。

 黒糖コッペ……。

 卵サンドイッチ……。

 ブルーベリーベーグル……。

 カレーパンと、タラもパン。


 ……こういう、ことも、ある。


「あ!新しいの出てきたみたいだよ!!」


 私の耳に聞こえてくるのは、客のつぶやき。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


 私は、カレーパンとタラもパンを根こそぎ皿に移して、席に戻った。


「わあ、美味しそうなのいっぱいある!!」


 私の耳に聞こえてくるのは、客の喜び。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


 私はてんこ盛りになった皿のパンを、自分の口に運ぶ。


 チーン!


 私の耳に聞こえてくるのは、パンが焼けたことを知らせる音。


「あ!まだ卵パンある、よかった!!」


 私の耳に聞こえてくるのは、客の喜び。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


「アン食パン大好きなんだよ、いっぱい食べていこう!!」


 私の耳に聞こえてくるのは、客の喜び。

 私の耳に聞こえてくるのは、客の足音。


 さく、さくっ、ザクッ、ザクッ……。


 私の耳に聞こえてくるのは、新しく出すパンを、カットしている、音。


 ……よし、行くか。


 パタ、パタパタ……。


 私の耳に聞こえてくるのは??


「お客様、もうお時間ですので、退席準備お願いします。」


 ……なんだ、残念。


 私は炭酸の抜けきったコーラを一気に飲み干して。


 どっすどっすと、足音を響かせながら、店を後に、した。

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