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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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3/23 ☆あれ、順一先生じゃない?

 ずいぶん寒さの和らいだ休日の午前。たまには疲労困憊しておかねば重量が一向に減っていかぬという事で、長めの散歩に出かけることになった。


 幹線道路沿いの大きな公園から伸びる歩行者専用散策路を、家族総出でのっしのっしと踏みしめる。


「なんかめっちゃ暑くない!!もう夏だよ!!」

「まだ冬だよ」


 風は冷たいが、日のあたる場所はずいぶん暖かさを感じる。

 影の部分は肌寒さを感じるものの、日の当たる場所ばかり歩いていると汗がにじんでくる。

 一時間ばかり歩いて脂肪がいい感じに燃え上がってきた子供たちは、上着を脱いで半そでになっている。


「ああ、なんか咲いてる、アレは梅か桃か桜か…。」


「ふひー!ちょっと休憩…!!!」


 時折散策路横の木々を眺めては立ち止まり、写真を撮って喜んでいる私の横で…旦那がずしんとベンチに座り込んだ。


「座ると立ち上がるのきつくなるよ!!」

「いや、この辺で膝と足の裏を重力から解放しておかないと擦り潰れるから!!!」


 なら仕方がない、…ちょっと休憩して差し上げるか。

 私もベンチに腰を下ろして…と。


 頭の上にはちょうど木々の切れ目があって、青空が良く見える。

 春先に咲く花がちらほら咲き始めていて、実にコントラストのバランスが良くて…スマホでまた、一枚写真をば。


 この散策路は大きな公園三つを繋いでおり、全ての公園を巡ってスタート地点に帰るとちょうど10キロの距離になるという、非常に使い勝手のいいスポットだ。

 高低差がないので移動しやすく、所々にトイレやベンチがあって、主要道路と交差する箇所には下にトンネルが設けられていて信号で止まる必要がなくてで、ウオーキングやジョギング愛好者に人気の場所でしてね。さくらや梅、桃やどんぐりの木、紅葉…その他季節感を楽しめる木々がたくさん植えられている事もあって実に見目も麗しく、近隣住民たちにも愛されておりましてですね。


 今も目の前をランナーが駆け抜けていったし…自転車も何台か通り過ぎて行っている。

 少し離れたところにはおばあちゃんの軍団が闊歩しているし、遠くにはベビーカーのお母さんが見える。


「あ、あれ順一先生じゃない?」


 ベビーカーの向こう側に、こちらに向かってくる一台の自転車を発見し、旦那に声をかける。

 順一先生というのは、この前教職を退職された近所に住む人で、町内会やらPTAやらいろいろとお世話になっている人でしてね。


「ええ…?違うよ、よくみてみ!!!」


 ええ、そうかな、あのずんぐりむっくりした感じと昔ながらの眼鏡、黒っぽいジャージに背筋を伸ばして自転車に乗ってるフォルム、風に微妙になびかないヘアスタイル、でかい口・・・。


 自転車が目の前を通った時、別人だと分かった。


よく見ると微妙に若いような気がする。…そうだ、白髪がないんだ、ふうん、なるほどねえ…。


「ほら!!全然違ったじゃん!!!」

「むう、ホントだ、あんた目がいいな…」


 似顔絵を書かせたら全員同じ顔になってしまう旦那ではあるが。


 …実にひとの顔を覚えるのが早いというか、瞬時に特徴を捉えて身につけるというか。

 一回でも会ったことがある人は、ばっちり顔を覚えているという謎の能力があってですね。


「お母さんが注意力散漫なだけじゃん!!この前も加藤さんと柴田さん間違えたしさあ、おじいちゃんだったら全員加藤さんだと思ってるでしょ!!」

「いや…だっておじいちゃんってみんな同じ顔してるじゃん!」


 私なんかもう十年付き合いのある人の顔でさえ微妙に覚えていないというのに、この得意不得意の差よ…。だが、私は似顔絵をかかせたら抱腹絶倒の腕前を見せつけることができてですね。


「あはは!!!お母さんは適当すぎるんだよ!!」

「適当すぎる」


 ムム、子供たちまで!!


 この前、ショッピングセンターで娘の担任に会った時に分からなかったことを言っているのか。

 この前、創くんのママに会った時に分からなかったことを言っているのか。


 ……うん、まあ、しょっちゅう人の顔を忘れるのは否めませんがね!!

 だって人のツラなんてそんなに覚える必要性ないっていうかさ、あんまり見ないっていうかさ!!


 見なくてもなんとかなるじゃん、覚えてなくてもなんとかなるじゃん、そういう世の中だし、仕方ないじゃん…。そんなことを思いつつ、ぽてぽてと散策路を進んでいるとですね。


 ……どうにもこうにも、順一先生そっくりな人が…やけに通りかかるじゃありませんか。


「あのベンチに座ってるの順一先生じゃない?!」

「髪の毛黒すぎるよ、違う違う。」


「あそこで写真撮ってる人こそ順一先生だって!!」

「順一先生はタブレットなんか持ってないし使わないよ!!」


「あの信号待ちしてる自転車!!今度こそ順一先生だ!!!」

「先生おじいちゃんなんだよ?!あんなカッコイイ信号待ちのポーズ取るわけないじゃん!!」


 足の裏をガードの上に乗せ、遠くを見るずんぐりむっくり…どう見ても順一先生にしか見えないぞ。


「目が悪すぎるんだってお母さんは!!コンタクト作り直せば!!!」

「作った方がいい」


 娘と息子がニコニコしながらこちらを向く。

 ……くそう、完全に面白がっているな!!!


「コンタクトの度を上げると手元が見えないから無理なんだってば!!老眼舐めんなよ!!」


 プンプンしながら、帰宅をしたわけですよ!!!




「お母さん、ごめん、これちょっと順一先生の家に持ってってくれる!!」


 さんざん散策をし、体中の血液が巡ったらしい旦那はやけにヤル気を出したようで、やりっ放し出しっ放し放りっぱなし使いっ放しとりあえず置いておきっ放しで足の踏み場もないガレージの掃除をし始めていらっしゃる。

 常日頃から貯めに貯めまくった荷物やらゴミやら…勝手に捨てると怒るので、私は手出しができなくてですね。ようやく着手してくれたのはうれしいことなのだけども……。


「え、何!!忙しいから無理だけど!!!」


 本格叉焼を仕込もうと思って材料を用意し始めた私には、旦那の手伝いをする余裕など存在しないのだ。今日はいっぱい歩いたから、うまいものをたらふく喰らうと決めている!!


「ちょっとだけ!!これ三冊持ってくだけだから!!というか、今持って行かないとまた埋もれるから!!」


 キッチンの窓からウッドデッキをのぞき込むと…庭先にガラクタの山が三つほどできており、玄関前には何やら箱モノが積まれている。

 …くそう、どうしてこの人の掃除は毎回毎回規模がでかくて被害が甚大なんだ。なぜ毎日少しづつの掃除を心がけない…。一気にやろうとするから時間もかかるし広げなきゃなんないし!!こんなんじゃ車が出せないぞ、なんてこった。グぬぬ、手伝ってやるか……。分厚い肉をフォークで突き刺す手をとめ、ゴミのもとへ。


 でかい体を荷物の隙間からちらつかせ、旦那が差し出したのは…アルバム?


「これ借りっぱなしになってたやつだからさ、一刻も早く返却しないとヤバい!俺今ホコリまるけでとても行けないからさあ、ねえ、お願い!!頼んだ!!よろちく!!」


旦那はゴミの山の向こうに消えてしまった。

 これ、今日中に終わるんでしょうね。こうなったら子どもたちにも手伝ってもらうしか…って、二人とも旦那の後ろでネジの仕分けをしとるがな。なんていい人たちなんだ、私に似て出来がいいな!!!




「こんにちはー!!」

「はぁい!」


 歩いて三分、順一先生のお宅へと赴くと、いつもながらの穏やかな声がインターフォン越しに聞こえてきた。すぐに玄関ドアが開いて、人懐こそうな、穏やかそうな、おじいちゃんが顔を出す…本物の順一先生である。


「あのう、借りっぱなしになってたというアルバムをお持ちしました、すみません。」


 なぜ私が謝らねばならないのか。そもそもこれ何時借りたやつなんだ、まさか一年スパンじゃあるまいな。おそるおそる顔色を窺う……。


「アア!!貸したの忘れてたよ、ありがとう。」


 記憶の彼方に消えてしまうほど、長期間にわたり借りていたというのか。


「長々とすみません。あ、袋このままよかったら使ってね。」


 手作りエコバックに入れたアルバムを手渡す…。しまったなあ、手土産かなんか一緒に入れとけばよかったかも。


「いいの?このエコバック使い勝手が良くてさあ…ありがとう!」


 ほくほく顔でバックを玄関に持って行くその後ろ姿は…うーん、このずんぐりむっくりした感じ…、やっぱり今日いっぱい見たような気がする。


「ねえねえ!ところで先生って今日出かけたりしなかった?朝から散策路行ってきたんだけど、先生そっくりな人がわんさかいてさあ…」

「わんさかって。僕は一人しかいないよ?」


 聞けば今日は一歩も外に出ていないらしい。ずっと庭の畑仕事してたんだって…。


「だっていつもみたいにさっそうと自転車にまたがってこの世の行く末を見守らんと遠くを見る眼差しがー!!!」

「いつもって!僕自転車捨てたの3年前だよ、もう4年くらい乗ってないの!!お母ちゃん何時のこと言ってるの!!」


 めちゃめちゃ笑われてるぞ…。うそーん、私の記憶に残る順一先生は、三年前のものなのか…!!!


「ついこの前だと思ってたのに…」


 そういわれてみればなんか…、確かにはつらつと自転車に乗っていたころに比べると…若干全体的にしおれたような感じもするぞ。不躾ながら、いい機会なのでじっくりとその姿を拝見させて頂いたりして…。


「あのね、いいこと教えてあげる。年をとるとね、『ついこの前』が、『年単位』になっちゃうんだよ。僕なんか、ついこの前って言って話したら十年前だったことなんかざらだからね?」

「うへえ、マジですか…。」


 己の加齢をずいぶん年上の人にそれとなく指摘されて、テンションが下がってきたぞ…。


「それ!そんな若者言葉使っててもね、加齢は止められないの、きちんと美しい大人の言葉をね?」


 しまったー!


 順一先生はですね、実はそれはそれはまじめで頭の固い、文学好きの国語教師としてですね、長くお勤めになっていらしてですね?!

 こうしてたびたび私はですね、口の悪さを指摘されてこっぴどく怒られることがですね、うん、いい年して何やってんだってね?!


「はは!!スミマセンではこの辺で」


 何やら空気の流れが変わったぞ!!!

 これはヤバイ、一刻も早く立ち去らねば、そう思って一歩下がると!!!


「ちょっと待って、この前の短編の誤字と、比喩表現について言いたいことがね?あとね、救いがないのはいただけないかな、若者も見てるんだよ?」


 ひいー!!!

 老いてなお非常に意欲的に文字を読む、心から文学を愛する国語教師の指導キタ――(゜∀゜)――!!


 つい先日ひょんなことで物語を書いていることがバレ、己の未熟さを露呈する羽目になり、恥をかきつつ文字を書いている私、私―!!!


 先日?

 …もう数年前の事か!!!

 一つバレ二つバレ三つバレで芋づる式にずるずると書いた話書いた話全部読まれて―!!


 そうだ、細かく突っ込まれるのが嫌で最近順一先生には近づかないようにしてたんだった、くそう、なぜ私はそういう重要なことを忘れるのか。

 そうか、近づかないようにしてたから順一先生の記憶が遠くなって…ぼんやりして混乱したに違いない。ああもう駄目だ、記憶が恐ろしくポンコツ方面に進化を遂げている。


「普段から落ち着いて言葉を選びなさいと助言したでしょう。急に話を方向転換する癖は相変わらずだね、逃げ出しても未熟さは追いかけてくるんだよ。帰る前に一言聞いていって、ね?」


 あーかーんー!!!


 これ、 逃 げ ら れ な い や つ や ! ! !


「あ、お母さん!お茶入れたから上がってってね!!!」


 順一先生の奥さんのお茶まで入った――(゜∀゜;)――!!



 私は本格叉焼を作ることを…あきらめて。


 靴を脱いだという、お話ですよ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 連載版100話目ですね〜♪  (´∀`) 人の顔を覚えるのが苦手だったり、ローガンだったりキョー感ががが  (^o^; 
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