1
1
僕と彼女が出会ったのは、おそらく信じてはもらえないだろうが、僕がこの世に生を受けてすぐの事だ。何物にも代え難い喜びと、ありとあらゆる希望がいっぱいに詰まった新生児室にいた時だ。
彼女は小首を傾げた猫のように組んだ手首に細い顎を乗せ、ガラスに額を当てて前髪が潰れたままでも気にする様子も見せずに、ニコリとも微笑まず、ただ黒くて大きな瞳の焦点を僕の顔に合わせていると言った感があった。ゆっくりとまばたきをし、しばらくして思い出したように長い髪をなでつける。まるで黒髪の中に白い顔が沈み込むように豊かな髪がガラスを覆い、そしてまた彼女がガラスに額を押し付けてぼんやりとした視線を僕に向ける。
黒い髪。真っ直ぐな髪。艶やかな髪。とにかく彼女の髪の毛が印象深かった。
僕はまだ産まれたばかりで、やっと目が開いて世界を見つめ始めた頃なので、もちろん彼女が何者なのか、見つめると言う事にどういう意味があるのか、そもそも僕が見ているアレが何で在るのか理解できているはずもなかった。理解と言う行為すらなかったはずだ。ただ、顔を向けた所に黒い二つの点があったに過ぎない。動物的本能と言う訳だ。バランスよく並んだ二つの黒い点が眼に見える。それを見ていただけだ。
それでも僕は彼女を覚えている。彼女の黒髪をよく覚えている。僕は新生児室から彼女を見つめ、彼女も新生児室のガラスの向こう側から僕を見つめていた。
彼女はまるで一枚の絵画のように、ガラスの枠の中で微笑みも見せず、長く真っ黒なストレートヘアを真っ直ぐ地球の重力にゆだねて、ただそこに佇んでいたのだ。
きっと誰にも信じてもらえないだろう。
産まれて間も無い目が開いたばかりの新生児が、新生児室の窓ガラスにへばりついていた母でもない無関係の女を覚えているだなんて。美しい黒髪が印象的な女だったと記憶に留めているだなんて。
僕だって信じられない。しかし、はっきりと覚えている。僕は彼女を見つめ、彼女は僕を見つめていた。