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アイヌの伝説

翌日、修一は いろは の住むアパートに訪ねるため明大前駅に降りた。


履歴書に書かれた住所をたどって来たものの、いきなり自分などが訪ねて行っていいものかどうか迷っていた。


鉄の外階段を音が鳴らないようにそっと登る。


心臓がバクバクして実は逃げ出してしまおうかと思うくらいに緊張していた。


ドアのネーム入れに『貝沢』と書かれた紙が入れられている。


コンコンと少し軽めにドアを叩いてみた。


すると水道を停めるキュっという音がする。

台所にいるのだ。


「はぁい。どちら様ですか? 」


それは間違いなく いろは の声だ。


「あ、あの修一だけど.... あのごめん。急に訪ねて」


するとすぐに鍵を開ける音がして、ドアが開く。


「青井君.... 」

「やぁ。ごめんね。急に 」


修一の顔の傷に気が付くと いろは はすぐに察してしまった。


そして指でやさしく修一の傷ついた唇にふれると目に涙を浮かべる。


開けたドアから明かりが届くと、長かったカーリーヘアーを無造作に肩まで切ってしまった いろは がそこにいた。


「ごめんね。青井君。迷惑ばっかりかけて」

「そんなことないよ。俺は...... 」


「いま、部屋がどうしようもないくらい荒れてて ..とても青井君に見せられないから」

「じゃ、外に行こう。今日は比較的暖かいから」


「うん」


いろは はいつものグラムロック風ではなく、大きめのダッフルコートに深々とフードを被って部屋から出て来た。


「ごめんね。こんなあり合わせの服装で」

「そんなことないよ」


彼女はなるべくグラムロック風じゃない服を選んできたようだった。


日の当たる暖かい道を選んで、他愛(たわい)もない言葉をかわしながら歩く。

いつのまにか代田橋駅が見えてきた。


自動販売機で缶コーヒーを買い、近くの公園のベンチに腰を掛ける。



『あったかいね』と言いながら『ふぅ』と息を吐く いろは

そんな彼女を見ながら修一は『そうだね』とひと言返す。



「なんか上手くいかないなぁ。北海道から吉祥寺のおじさんを頼りに東京に出て来たけど、東京って忙しいところだなって、今は思っちゃう」

「北海道出身なの?」


「うん。16歳の時にこっちの高校に通わせてもらって、もともとクラシックギターやってたんだけど、おじさんにJAZZギターリストに改造されちゃった」

「へぇ、凄い」


「でも今度はグラムロックのギターリストになって.... 東京と同じで私も忙しいよね」

「......」


「でも今回はショックだったなぁ.... 浮気していた子をバンドのメンバーにするなんてさ。あの子、もともと違うバンドのギターだったんだけど、何となく怪しかったんだ.... 私、こんなのばっかりだ。やっぱり男運がないのかも」


そういうと いろは は自虐的な笑みを浮かべていた。


「青井君、北海道にはこんなお伽話があるんだよ。訳あって誰もいない湖畔で会う事しか許されない2人。少女イロハと青年アッパは恋人同士。ある日、アッパはイロハに会うため湖に舟をだす。すると急に湖面が荒れはじめて突風に舟は転覆。アッパはイロハを想いながら泳ぐけれど波にのまれて力尽きてしまう。湖畔にて愛おしい人に早く会いたいと願うイロハのもとに残酷にも冷たくなったアッパが流れ着く。イロハは悲しみの中、アッパの体と自分を固く紐で結び、湖に身を投げてしまうの。その湖畔にはイロハの想いに応えるようにシロツメクサの花が咲く。そよ風に揺れて触れ合う花はまるで2人の姿のようでした。

青井君、シロツメクサってクローバーの事なんだよ。クローバーの花冠(はなかんむり)を作るのは茎を結びつけて2度と離れることはないという意味があるんだって」


「なんか尊いお話だね」


「尊い? ありがとう。どこまでもやさしいんだね。悲しいって言葉を使わない人初めて。でも、私の名前、なんで『いろは』って付けたんだろうって、こんなことがあるとついつい思っちゃう。ごめんね、なんかみっともないかな。ははは」


「でも、俺はその話凄く好きだよ。2度と離れたくないっていう想いを貫いたイロハが本当に健気で尊く感じたよ」


「そう言ってもらえると少しだけうれしいかな」



いろは は『年が明けたら一度お店に行く』と約束してくれた。



そして、その夜から修一の原稿用紙と睨めっこする日々が始まるのだった。

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