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もうひとつのお話

いろは は正月の間、叔父さんの元で過ごした。

何といっても食費は浮くし、正月から営業している『JAZZ喫茶グリーン』で働けば、気分も紛れる。


だが、すでに いろは の心の中には少しだけ『修一という存在』が大きくなり始めていた。

ふと考え事をしていても元カレの一輝の事よりも青葉書店や修一の事を考えているのだ。


それでも、無造作に切られた髪の毛を整理するところまで心の整理が出来てはいない。

いろは は白いニット帽を深くかぶりながら喫茶店の手伝いをするのだった。


新年が始まり6日目になると、散らかっている部屋の片づけや青葉書店の出勤が近いため、いろは は明大前のアパートに帰ることにした。


これは実にニアミスだった。


明大前から新宿行きの電車に修一が乗るのと時を同じく、いろは は明大前駅の改札口を通過していたのだ。


スーパー丸壱で昼ごはんを購入し、アパートに帰る。

鉄の階段を登ると、自分の部屋の前に鉢植えがひとつ置いてある。


「四つ葉のクローバー?」


そしてドアに差し込まれた封筒。

封筒には『花の咲いた四つ葉のクローバー』がボールペンで書かれていた。


いろは はすぐに誰からのものかわかった。


少し甘めの紅茶を入れ、心を落ち着かせながら封筒の中身を見る。


この時、もしかしたら いろは は中身がラブレターだと思っていたのかもしれない。


しかしその中身は便せんではなく少しヨレヨレになっている原稿用紙数枚が入っていた。

字はお世辞にも綺麗とは言えなくて、ところどころ消しゴムでかすれて読みづらい箇所もあった。

だけど妙なあたたかさがある。


そして、そこにはこう書いてあったのだ。


◇◇◇◇


僕なりにイロハとアップのもうひとつの物語を書いたよ。



——アップと固く紐で結ばれてイロハは湖に身を投げてしまった。


目の前が暗くなり何も聞こえない。


しかし徐々に鳥のさえずりと湖の波の音が聞こえて来た。

イロハは、なんと幼い女の子になっていた。

どうやらイロハは不思議な国に転生したようだ。

名は いろは という森の妖精。

前世の記憶は残っていない。


やがて時がたち幼い妖精は19歳のレディになる。

妖精いろは は森の中でギターを奏でるのが大好き。


ある日、片腕に本を抱えた男が森で右往左往していた。

どうやらその情けない困り顔から迷っている様子だった。

妖精いろは は森の出口付近でギターを優しく奏でてあげる。

すると、男はその音を頼りに森の出口までたどり着くことが出来た。

森を出る瞬間、男は木々の間からそこに美しく可愛らしい女性を見た。


おかげで男は注文された本を届け、家に帰ることができた。

男の家は本屋さんなのだ。


男は日を改めて森にお礼を言いに行った。

実はお礼を口実に男はもう一度あの可愛らしい女性に会いたいと思っていたのだ。


一方、その真摯な男に心を動かされる いろは。

だが相手は人間の男。

妖精の自分とは......


「お礼はいりません。その代わり私の可愛い植物たちを大切にしてください」

いろは は姿を見せず、男に言葉を伝えると去ってしまった。


男は約束通り植物を大切にした。

今までお店の周りに生える雑草刈りもするのをやめた。


しかし、男はどうしてもあの美しくも可愛い女性、いろは に会いたかったのだ。


男は再び湖畔の森に行くため、舟に乗り(かい)を漕いだ。


舟が真ん中辺りに来ると急に天気が悪くなり、突風は舟を転覆させてしまう。


森の中からその様子を見ていた いろは に前世の悲しい記憶が蘇る。


しかし湖の上に男がプカプカ浮いているのが見えた。

なんと男は浮袋をその身に着けて、何てことない顔をして見せた。

男は無事に岸に泳ぎ着くと、過去の悲しみに涙している いろは を強く抱きしめ言った。


「イロハ、長いこと待たせてごめんよ。もう二度と君と別れることがないよう僕はいっぱい本を読んで学んだんだ。そして作ったのがこの浮袋さ」


男はいろはを森で見かけた時に、アップとしての記憶を蘇らせていたのだ。


「もう君を決して離さないよ」


いろは のうれし涙が湖に落ちると、二度と荒れることがない美しい湖となった。


いろは は男と一緒に本屋で幸せに暮らしました。


本屋の周りには男が大切にしたクローバーがたくさんの花をつけていました。


おしまい


◇◇◇◇


いろは はもう止まることがないのではないかと思うほど涙した。

それは悲しい涙ではない。


..そう、これはうれしい涙だ。


1月8日の朝、髪をショートに整え、ナチュラルメイクにしたとても可愛らしい いろは が青葉書店に入っていった。


そして......

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