牛の首
牛の首がどーん!
わあっ! と声を上げて、駒形三四郎は後ろへ飛び退いた。
「な……、なぜ、こんなところに牛の首が落ちて来たんだ?」
上空を見るも、雲ひとつありはしない。
「なぜ……牛の首なんだ?」
よく整備された公園の芝生の上で、牛の首は三四郎の目の前でみるみる骨だけになると、語り出した。
「ここは今は町だが、その昔は砂漠だったのだ。草ひとつ生えぬ荒れ果てた大地が、どうやって人の住める町になったと思う? それを詳しく語り出すと数巻の書物になるほど長大だ」
三四郎が何かの気配を感じで振り返ると、背後に墓地があった。土葬がされていそうな西洋の墓地だ。しかし彫りつけられてある名前はすべて漢字で、しかも読めなかった。ひとつ拾って読もうとしてみたが、『奧斯飆囊』をどう読めばいいのかわからなかった。
「肉だ」
牛の首は語った。
「夥しい肉が砂漠の上に積もった。その上に草が生え、水が湧き、樹木が伸び、肥沃な平野となった。俺達は働いたよ。正確に言えば働かされたんだがね。人間達はみるみるこの地が砂漠だったことを忘れていった」
「あ。つまり、この町の下には夥しいほどの人の死体が埋まってるってこと?」
どうせ返答はないだろう、牛の首だし、と思い、三四郎は早口で言った。
「別に俺は怖がらないよ? 昔話だろ。でも教えてくれてありがとう。スッキリした」
牛の首は語り続けた。
「それは今も続いていて、死んだ人間は皆、町の土台として利用されている。数百年に渡ってそれが分厚い大地となり、俺はそれを耕して来た。畑には豆が撒かれ、空へ蔓を伸ばした」
「なんで俺にそんな話すんの?」
三四郎は泣きそうになりながら、言った。
「俺が自分が誰だかわかってないこととそれ、関係あるの?」
「人の歴史は砂漠の上の死体の上に花開き、俺達牛の糞で固められて来た。それだけのことだった。怪談などはどこにもなく、ただ意味もなく、それらは続けられて来た単なる事実だ。牛は死に、また産まれる。骨は風に散り、いつか消える。それだけのことだった。幽霊などいない。牛の首はただの牛の首。それだけのことが、人間にとっては世界一恐ろしいらしい」
牛の首は語り終えると、ハリセンのような風に横からはたかれ、白い粉になって消えた。
後に残された町には、誰もいなかった。