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老博士、鉄帽貴族

少し短いです

「これは大公殿下、お目にかかれて光栄でございます」


 バルトリーニ博士は、上品な雰囲気をまとった白髪の老紳士だった。帝都にいたころですら名前を聞いたことがある超大物だ。何せ貴族主義が大手を振って歩いているような帝国において、平民出身でありながら財政改善のために招聘され、その功績によって皇帝直々に叙勲までされたというのだから、その名声は推して知るべしだろう。


「こちらこそ、高名な博士とお会いできて、そして招聘に応じてくれたことをとてもうれしく思っている。帝都での待遇を捨てさせてまで招聘したのだから、本来ならばもっと手厚くもてなすべきなのだろうが……」

「いえ、殿下。そのようなお気遣いは不要にございます。祖国の、それも若い大公殿下が私めのような老人の助けが欲しいと申されれば、老体に鞭打ってでも馳せ参じるのが老人の義務でございます故」


 ……なんという使命感だろうか。まさに老害の対極に存在している人物と言えよう。こういう人材こそ公国の未来に必要になるものだ。俺は、内心で彼を呼び寄せられたことに感謝しつつ話を続ける。


「……さて、本題に入らせてもらいたい」

「ほう。それはどのような?」


 俺は少し声色を落とし、彼に告げる。


「博士は、『ラグーナ港湾都市』について話を聞いたことはあるか?」

「『ラグーナ港湾都市』、でございますか」


 さっきまでにこやかな表情だった彼は、俺がそう言った途端に目を細めた。長らく公国を離れていた彼でさえこの反応である。誰も彼もこの名前を出すと、露骨に顔をしかめるのだ。


 やはり――あの場所には何かがある。恐らく――単なる脱税や汚職を越えた、”触れてはいけない(アンタッチャブル)”何かが。


 農商務府最初の大仕事として、このきな臭い都市の調査を任せようと思っていたが……これは、相当厄介なことになってきたな。俺は心の内でため息を吐いた。


「あぁいや、話したくないなら別にいいんだ。忘れてくれ」

「い、いえ。殿下……まさかあの場所を調査なさるお積もりですか」

「……あぁ、まぁ、そうだ」


 俺は敢えて何でもないことのように、軽い口調で肯定する。


「……申し訳ありませんが、私はあの土地には関わらないようにしております。なので申し上げることはないのです」


 しかし、返ってきたのはそれに対する拒否の言葉。……やっぱりそうくるか。まぁ仕方ないと言えばそれまでだが。


「……理由を聞いても?」

「殿下がどうしてもと仰るのならば申し上げますが、如何せんここでは……」

「……わかった、農商務府でその話は聞くとしよう」

「これは大公殿下に農商務卿閣下。ご歓談中のところを失礼致します」


 俺とバルトリーニ博士が会話しているところに背の高い、いかにも軍人といった感じの男が割り込んできた。新軍務卿となる、ボルジア伯だ。


「つい先ほどまで内務卿や外務卿と話していたんですが、いやはやあの二人が口論を始めてしまいましてな。収拾が付く様子もないので、こちらへ」

「なるほど、それは大変だ」


 俺は相槌を打ちながら、レルテスに言われたアドバイスを思い出し、それが当たっていたことに内心安堵した。


『殿下、各長官を決める際には、一つや二つでいいので火種を作っておいてください』

『火種?』

『ええ。当然ながら、長官は公国の各権力を委任されることになります。今は内乱で保守派を排除した直後ですし、ないとは思いますが――権力を握った各長官が結託し、殿下に反旗を翻す可能性もないとは言えません。それを防ぐためにも、いくつか彼らの間で多少の不和が生じる程度の火種を』

『なるほどな……』


 まぁある意味で言えば目の前にいるバルトリーニ博士も、平民と貴族という長きにわたる不和を利用した人材登用と言えるのだが……


 元々内務卿リッツィ子爵と外務卿ライネーリ子爵は自らの商会で扱っている商品が被る部分が多い商売敵というべき関係性らしく、互いに気に食わない相手との話が多かった。


「いやはや、貴族の面倒な矜持(プライド)というのは全く面倒なものですな。戦場に立っていると、貴族の子弟だろうが、平民の子だろうが、死の前には等しく平等であるということが身に染みてわかるものなのですが……」

「ほう。俺の護衛(ガルベス)も似たようなことを常々言っているが、やはり軍人というのはそういった考えなのか」

「ええ、シルパス大尉……いえ、今は少佐になられておられたのでしたな。彼とはいくつかの戦場でご一緒したことがありましてね。それはもう見事な戦いぶりだったものでしたよ。その彼が申していたのですよ、『貴族だろうが、王族だろうが、死ねばただの死体に過ぎない。それに違いはない』と」


 そう語る彼の瞳は、どこか懐かしいものを見ているかのように細められていた。


「……つまらん思い出話をしてしまいましたな。どうかお許しください」

「いや、構わんさ」

「私の弟も一人、軍にいましたな。今頃どうしているのやら」

「あぁそうだ。博士、私的な話になるのだが……少し、相談に乗ってもらいたい話があってな」

「私にできることならば、何でもいたしますぞ」

「では少し席を外させていただきます、大公殿下」


 ボルジア伯はそう言うとバルトリーニ博士と共に退室していった。


「殿下、失礼します」

「ん?テレノか」


 そして入れ代わりにテレノがやってきて、ペコリと一礼する。普段の執務の際は割と楽な格好で言ってしまえば気儘に仕事をしている彼女だが、こういった公式の場においてはカチッとした服装をしている。


「殿下とお話をしたいという方があちらに集まっておられます。もしお手空きでしたら、すぐにお越しください」

「わかった。すぐに行く」


 彼女の指さす方を見ると、そこには各国の高官が集まっていた。胸元に付けている勲章や肩の国章を見る限り、帝国や諸邦連盟のほか、主に帝国の友好国の高官たちのようだ。


 内心ため息を吐きながらも、俺は彼らの待つ場所へと向かったのであった。

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