君主としての使命
3ヶ月近くお待たせしてすみません……
色々ごたごたしていたのと完全にスランプに陥っておりまして、こんなに更新が遅れてしまいました
これから少しずつ更新ペースを戻していこうと考えているので、よろしくお願いします!
ラグーナでの会談の後、俺達はすぐに公都へと戻った。執務室に戻ると、財務府の役人から頼んでいたものが届いていた。
「殿下、失礼いたします。財務卿より殿下に、と書類が届いております」
「早いな。見させてもらおう」
どうやらすぐに仕事をしてくれたらしい。俺は早速書類を手に取り、その内容を確認する。そこに書かれていたのは、俺が提案したこと――具体的に言えば、内務・外務・軍務・農商務の四府を新設するにあたり、その組織構成と予想される人員と予算要求額について書かれていた。大雑把に言えば前世でいう大臣にあたる卿をトップに、それを補佐する政務官とそれぞれ専門的な局を置いてそこに人員を配置するという割と簡素なもので、現代官僚機構が担う行政機能というよりも君主の諮問機関としての機能がまだまだ強い構造だ。
内務府はその名の通り内政を司る機関であり、主に警察業務を始めとする治安活動や衛生、土木作業などを所管する。外務府と軍務府は……言わなくてもいいだろう。この三つはまだそこまで多くの要員を増員する必要はない。軍務府は旧軍事統括庁の要員を流用できるし、外務府は前大公時代に外交を担っていた補佐官とやらに続投してもらうことになった。
問題は、農商務府である。前大公は商業に対して積極的に補助こそしていたようだが、彼自身がそれを学んできていたのもあってか、補佐官も置いてなかったらしい。農業については……言うまでもないだろう。さらにそもそも二大基幹産業であるという以上、農商務府に必要な予算と人員は相当なものとなっていた。
「うーん……」
俺が言い出したこととはいえ、やはり痛みを覚悟せざるを得ない。農業か商業かのどちらかを切り捨てれば予算は何とかなりそうなもんだが、この国の性質上どちらかをおざなりにすればまた内乱コースなのは多分確定事項。
しかし現状ない袖を振れないのもまた事実である。帝国から財政支援をしてもらう──というのが最も手っ取り早い解決策だろうが、財政を依存するのは最も不味いことだ。特にこの国の場合、帝国に頼りすぎることはそのまま帝国の属国に成り下がることを意味する。それは絶対に避けなければならない。いや、皇帝陛下の意向的にはその方がいいのかもしれないが、傀儡政権の長は大体碌な末路を辿らないのが歴史の常である。つまり――どっちにしろ自力でどうにかしなければならないのだ。
「うむむむむ……」
俺は腕を組んで考え込む。すると、その様子を見ていたテレノが声をかけてきた。
「殿下、いかがなされました?」
「ああ、ちょっとな……。明日、財務卿と会いたい」
「かしこまりました。では手配して参ります」
「頼む」
「お任せください、では失礼します」
そう言って一礼したテレノが部屋を退出していく。その後ろ姿を見送ってから、俺は改めて思考の海に身を投げ出すのだった。
――――――――――
「これは大公殿下、ご機嫌麗しゅう」
「執務中に呼び寄せるような真似をしてすまないな」
「いえいえ……滅相もございません」
翌日、俺は財務府の主である財務卿を務めるロベルト・リーグ伯爵を迎えた。本当なら財務府まで出向きたいところだが、それをすると護衛の兵士やらなんやらに負担をかけることになるため、こうしてご足労願ったわけである。
彼が当主とするリーグ伯爵家は旧大公家であるフォルニカ家に次ぐ力を持つことで知られ、分家にすら爵位が認められているほか代々財務卿を務める一族なのだそう。貴族としてだけではなく商人としての力も相当なものらしく、チザーレ国内を越えて東の隣国シェーン諸邦連盟にまでその商業網を広げてるらしい。
先の内乱時はそれこそシェーンに出向いており、内乱を勃発を知って改革派に裏から兵員や物資の提供をしていたそうな。サンキュー伯爵。
「それで殿下、使者に持たせた書状は届きましたかな?」
「あぁ。ちょうどその話をしに来たところだ」
「左様でございますか。何か問題でもありましたかな?」
「いや、逆に無理な仕事を押し付けてしまってこちらが謝りたいほどだ」
俺は頭を下げそうになったが、すんでのところで抑える。君主が臣下に頭を下げるというのは本来とんでもない行為なのだが……自分が能力不足すぎて、毎日頭を下げたくなるからどうしようもない。君主の権能は分掌した方がいいとはいえ、現代みたいな象徴君主じゃないんだからある程度の政治的能力は求められるわけで、しかし俺は全くそれが足りてない。レルテスらの補佐がないと基本的な書類仕事すらできない有様である。
「殿下……我らは殿下の手足となり働くことを喜びとしております故、そのように気遣っていただけるとむしろ恐縮してしまいます」
「そう、か。分かった、本題に入ろう。まず昨日届いた各行政府の創設案だが、短い期間であれほどまで仕上げてもらって感謝している」
「ありがたき幸せ。そう言っていただくと部下も喜びます」
「うむ。よろしく伝えておいてくれ。それと伯爵、一つ注文を付けさせていただきたい」
「ええ、何なりとお申し付けください」
俺は慎重に言葉を選んでから、口を開く。その言葉は、リーグ伯を驚かせるのに十分なものだった。
「農商務府のトップに関しては、平民から選出していただきたい」
「なっ……殿下は、国の中枢部に平民を登用なさるというのですか!?」
「その通りだ。農商務府は、農業や商業に関する政策決定を行ってもらう。だからこそ、その――言わば『現場の意見』を理解できる人間がトップにいなければならないと俺は考えている」
現場を知らない人間が考える机上の空論だけで行政を行うとどうなるかは、大体前世のいろんな国が証明してくれている。そしてそれは、この世界においても大して変わらない。農業や商業に関する知識と経験を持った人間をトップに据えることによって、より現実に沿った施策を立案できるはずだ。現実に拠り過ぎた政策はそれはそれで別の問題があるのだが……それは一旦置いておこう。
そして、もう一つ農商務府の長を平民にしておかないといけない理由がある。それは利権だ。農業はともかく、商業は営業許可などを含めて大いに役所の権限が振るわれ――そして同時に癒着や贈収賄といった不祥事が絶えない分野だ。そんな分野で、特定の貴族が絶対的な権限を得る、なんて事態になれば、どういう事態が起きるのかは想像に難くない。
しかし、この手法には一つ大きな問題がある。それは、貴族が、平民が自分たちの権益を侵すような事態を快く受け入れるはずはないことである。
俺は、リーグ伯の表情を窺う。彼は、顎に手を当てながら考え込んでいた。俺は、彼の反応をじっと見守る。やがて――リーグ伯が顔を上げた。
「……確かに、殿下の仰ることも一理あります。しかし、殿下もご存じの通りこの国は――いえ、少なくともこの大陸において貴族が持つ影響力というものは絶対です。それは帝国の皇子であった殿下が最も良くお分かりのはず」
「……」
俺はしばらく黙りこくる。リーグ伯の言うことはもっともであった。俺の出身地である帝国――アルマニア帝国と呼ばれるその国では、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・士爵・騎士、そして皇帝一族から構成される貴族が全ての政治権力を握っており、『貴族に非ずんば人に非ず』というどこかで聞いたことがあるような言葉すらあるほどの絶対的な身分制社会である。
そんなことは百も承知である。いや――だからこそ、俺はこの小さな公国で改革を起こそうとしているのだ。この国で自由と平等の灯を熾し、そして少しでもそれを大陸に広めるために。
「確かに、確かにそうかもしれない。俺の言っていることは無茶苦茶な、それこそ机上の空論に過ぎないかもしれない。しかし、それでも俺はこの意思を変えることは出来ない。もちろん――少なくない反発を受けることは覚悟の上だ」
「殿下……」
「伯爵、これは俺の我儘だ。貴公らにとってみれば、ただの迷惑にしかならないだろう。だが、どうか頼む。民のため、そして未来のために、今一度力を貸してほしい」
俺は頭を下げる。しばらく、さっき俺がそうしたように沈黙が部屋を支配した。やがて、頭上からため息が聞こえてくる。
「頭をお上げください殿下。一国の主が臣下に頭を下げるなど、あってはならぬことでございます」
「伯爵……」
「流石に私の一存では出来かねますが――宰相のバロンドゥ伯と話し合い、評議会で採決を取りましょう。そうすれば文句も出にくくなりましょうぞ」
「ありがとう、伯爵。感謝する」
「礼には及びませぬ。私は財務卿として、殿下の政務を補佐するのが役目でございます故。ではこれで、私は失礼いたします」
俺は心の底から感謝の気持ちをリーグ伯に伝え、退出する彼を見送った。彼がいなくなった後、主のみを残した執務室で、俺は一人呟いた。
「自由と平等の国を、俺は作り上げて見せる」
現代日本に生き、平民だの貴族だのと言った煩わしい身分制度に囚われることなく生きてきたハンス。だからこそ、その良き時代を知る彼はこの世界でそれを広めることをその使命に選びます。
君主の使命は民の生活を保障し、それをより良いものとすること。絶対君主制の世界に置いて異色ともいえる政治思想を抱く彼の改革は、果たしてどのような道筋を辿るのでしょうか。




