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港湾都市ラグーナ

また投稿間隔が空いて申し訳ありません

新作とか色々用意していたら遅れてしまいました(汗)

 チザーレ公国で最も人口が多いのは勿論公都メディオルムであるが、人の出入りという観点においてメディオルムを遥かに凌駕するのが港湾都市ラグーナである。以前歩いたメディオルムの街も商魂逞しい人々で賑わっていたが、ラグーナはその比ではない。


 何よりもの特徴は、行きかう人が多種多様なことであろうか。南方からやってくる褐色肌の異国人、そして――――多分極東から来たと思われる見覚えがあるような人々の姿もちらほら。


「……どう見ても繁盛してるようにしか見えないな」

「私にもそう見えますね」

「うーん……取り敢えず、挨拶?するんだっけ」

「えぇ、当代の港湾統領(ドージェ)であるダルクス男爵と――"ラグーナ港湾独立商業組合"の代表を務めるロレッタ氏のお二方に大公殿下、公女殿下それぞれから挨拶申し上げていただきたいとのことです」

「分かった」


 俺は馬車から目の前の光景を見渡す。港町特有の潮風が香る中、大小様々な船が停泊し、それを目当てにやってきたらしい人々の喧騒(けんそう)が辺りを埋め尽くしている。港で働く人々は活気に満ち溢れ、船の上で積荷の上げ下ろしをする水夫達は皆忙しく動き回っている。如何にも貿易港といった感じだ。


「会談場所まではもうしばしでございます。ご準備くださいませ」

「あぁ、分かったよ」


 それから程なくして、俺たちは会談場所に設定された統領官邸に辿り着いた。格式的には港湾統領職は男爵もしくは子爵相当の地位であり、特別地域とはいえ一自治体の長という扱いなのだが――


「……宮殿だろこれ」

「……宮殿ですね」


 俺とクレアの声が重なった。邸宅というよりは宮殿と言った方が適切なレベルの建物を前に、俺は思わずため息をつく。いや、統領府とか言うならまだ理解できるけど、これ公邸だからね?いや、公邸がある程度の政治機能があるのは認めるけどさ。


「はぁ……緊張してきた……」

「大丈夫です、殿下が憂慮なさることは何もございません」

「そうは言ってもな……」


 テレノの言葉に、俺は肩を落とす。こういう場にはそろそろ慣れてきたつもりだが、それでもやはり貴族や王族、豪商やらなんやらと顔を合わせるのは気が重い。彼らのこちらを値踏みするような視線が苦手というのもあるが、それ以上にここでへまをすると国家の威信にかかわるという責任感が重いのだ。


 そうこうしていると、連絡役として先に統領公邸に入っていたガルベスが戻ってきた。傍らには長い黒髪の秘書のような格好をした女性を伴っている。


「殿下、ただいま戻りました」

「うむ、ご苦労であった。……そちらは?」

「は、私はラグーナ港湾統領秘書官のルチア・アモーレと申します。お目に掛かれて光栄であります、大公殿下、そして公女殿下。統領閣下は中におられます、どうぞこちらへ」


 秘書の女性――アモーレ秘書官は丁寧に礼をしてみせた後、踵を返して歩き出した。流石に護衛を大勢連れて乗り込むわけにはいかないので、俺とクレア、そして侍従官であるテレノの3人と、ガルベスと彼の副官であるコルドー中尉の武官2人だけで邸宅の中に入る。それ以外の護衛たちは公邸の外で待機である。


 公邸に入ると、まず驚いたのはその内装の豪華さだ。これでもかというほど至る場所に煌びやかな装飾が施されており、壁には絵画が所狭しと飾られている。貿易都市らしく、多種多様な文化が入り混じったような芸術品の数々。もはや美術館の類だと言われても信じてしまいそうな勢いである。


 宮殿も多少の調度品や絵画などは(見栄のために)あったものの、それをはるかに上回ってると言わざるを得ない。うーん、何でこうも面倒臭い金の匂いがプンプンするのか……。


「統領閣下、大公殿下と公女殿下をお連れ致しました」

「うむ、ご苦労であった。……ようこそお出で下さいました大公殿下、それに公女殿下も。私、ラグーナ港湾統領のルチャーノ・ダルクスと申します」

「これはどうもご丁寧に」


 公邸の奥にある執務室で俺たちを出迎えたのは、眼鏡をかけた細身の男だった。彼は立ち上がると恭しく頭を下げ、その様子は領主というよりもむしろ執事のような印象を受ける。統領と言えば、通常はもっと年配の男性を想像していたのだが――どう見ても30代になるかならないくらいの若さに見える。


 ダルクス統領は腕時計のようなものを確認し、傍らに控えるアモーレ秘書官に何かを耳打ちする。すると、彼女はこちらに一礼してから執務室を出ていった。


「失礼、"組合"の連中が来るまでもう少しかかるものですから、それまでお寛ぎください」

「そうか……では、少しだけ待たせていただこう」

「えぇ、是非とも。お茶と菓子を用意させますので、暫しお待ちを。あぁ、お掛けください」


 ダルクス統領に促されるまま、俺たちはソファに腰掛ける。それを見たダルクス統領は再び立ち上がり、部屋の隅に置かれていたベルを手に取るとそれを鳴らした。


 チリンチリンと、小気味良い音が響く。すると、扉の向こう側からノックの音が聞こえてきた。ダルクス統領が『入れ』と一言告げると、ゆっくりと扉が開かれる。そこにはいつものテレノのような恰好をした小柄な少女の姿があった。


 彼女はお盆を片手に持ち、優雅な動作でこちらに歩み寄ってくる。そしてテーブルの上に紅茶とクッキーを置くと、また一礼して部屋から出ていこうとする――が、そこで何故か立ち止まり、こちらをじっと見つめてきた。


「どうした、ラピス」

「……いえ、何でもありません」

「なら早く退出しなさい。大公殿下と公女殿下のお邪魔をしてはいけませんよ」

「……かしこまりました、統領閣下」


 ダルクス統領の鋭い声色に対し、ラピスと呼ばれた少女は特に表情を変えることなく淡々と返事をすると、退出していった。


「失礼いたしました。彼女は公邸付けの給仕なのですが、少々その……不思議というか変わった娘なものですから」

「いや、構わない。気を遣わせてしまったようですまなかったな」


 俺は苦笑しながらそう答えたが、正直なところあの娘のことが少し気にかかっていた。何故ならば、彼女の瞳が俺のことをジッと見据えていたからだ。別に睨まれていたというわけではないが、何というか妙な雰囲気を感じたのである。


 あれは何だろう……?まるで値踏みするような、あるいは観察しているような……。


「ほっほ、待たせたの」

「お待ちしておりました、ロレッタ様」


 そんなことを考えていると、今度は老人の声とともに扉が開かれた。そこに立っていたのは白髪頭の小柄な老爺であった。どうやら彼が"ラグーナ港湾独立商業組合"の代表らしい。


「そちらに掛けられておられるのは……新しい大公殿下と――公女殿下でございますな?噂には聞いておりましたが……随分とお若いですな」

「如何にも。ハンス・ロレンス=ウェアルス、ウェアルス皇帝家に連なる者であり――この度チザーレ大公の位を継いだ者である」

「これはご丁寧に。私は"組合"の会長をしております、ロレッタ・ファルツォーネと申します。以後お見知りおきを」

「うむ、よろしく頼む」


 俺が名乗ると、老人――ファルツォーネ会長は恭しく頭を垂れてみせた。しかし、すぐに顔を上げると、どこか含みのある視線をこちらに向けてくる。……ここでもしっかり値踏みするような目つきで見られるのは変わらないようだ。


「改めて、チザーレ大公位への御即位を心よりお祝い申し上げます。大公殿下の御代が良きものになりように微力ながら我々も尽力させていただきたいと思います」


 ファルツォーネ会長とダルクス統領が揃って恭しく頭を下げた。


「つきましては殿下。我々より一つ、お伺いしたいことがございます」

「……なんだ?申してみよ」

「殿下は先の動乱の折、農民どもに多くの補償を確約したとか」


 ファルツォーネ会長の目が鋭いものになる。嫌な予感がする。


「そうだが、それが何か?」

「いえ、少し小耳にはさんだことがありまして。曰く、『大公殿下は農民の歓心を、そして旧保守派の連中の反目を封じるために商人への圧力をかけるつもり』……というものですな」

「……」


 ファルツォーネ会長の言葉からは、言外に『もしそうならばこちらにも用意がある』とでも言いたげな響きを感じられた。残念ながら、その噂は部分的に当たっていると言わざるを得ないのだが――それを正直に言う義理はない。俺は首を傾げて見せ、しばらくした後に口を開く。


「とんでもない。もちろんこの国は前大公であるベランゼ公の時から商人によって支えられている国家であったと聞き及んでいる。国家と商人、その蜜月の関係を壊すつもりは毛頭ない。それに――俺は帝国出身だ。帝国の意向が商業の推進である以上、俺もそれを継承するつもりである」

「左様でございますか。いや、失礼いたしました」


 俺が答えると、ファルツォーネ会長はホッとしたような表情を浮かべると再び深々と頭を下げる。しかし、その眼は依然としてその鋭さを失ってはいなかった。こいつは相当老獪と見た。


 その後も会談(?)は特に滞りなく進み、およそ1時間後に俺たちは統領公邸を出て、帰路に就くのだった。

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