儀礼では飯が食えぬが名誉がもらえる
クレア公女がメインヒロイン(予定)なので出番を増やしていきたい今日この頃
即位記念式典は、俺とクレアを乗せた馬車とそれを護衛する騎兵との隊列が宮殿を出て、そのままメディオルム市街を進むという形で行われる。沿道には多くの人々が詰めかけ(予想)、パレードを見守るというわけだ。ちなみにその間俺とクレアは笑顔で手を振らないといけない。
「はぁぁ……執務室に戻りたい」
「……私もです。正装で民の前に出ることも久しぶりですし……」
ボソッと呟くと、傍らでクレアが同意した。彼女は正装である純白のドレスに身を包み、長い銀髪を結い上げて、頭の上にティアラを載せている。一方の俺はというと、黒を基調とした詰襟の軍服姿だ。
あまり華美な服装は合わない、さりとて無難すぎるのも良くないという判断で――公国軍総司令官を(名目上とはいえ)大公が務めるという点に目を付け比較的華美さを抑えながらもフォーマルな印象を与える軍服と相成った。
「……大公殿下、公女殿下。よろしいでしょうか?」
「ああ」
「承知しました」
俺の侍従官として同乗するテレノが言った。彼女もいつものメイド姿ではなく、白を基調としたフォーマルな服装に着替えていた。
「メディオルム市街においてはお二方には基本的にお立ち頂き、沿道に集った市民に手を振っていただければよろしいです」
「簡単に言ってくれる……」
俺は溜息混じりに言った。傍から見ればただ手を振ってるだけに見えても、実際はかなり気を張っているのだ。暗殺の危険性とか、そうでなくとも視線の圧力によるストレスが凄まじいのは容易に想像される。
だが、曲がりにも君主となった以上多分こういうことには慣れていかないといけない。儀礼で名誉が買えるのだ、それくらい安いものだと考えないといけない。
「両殿下とも、ご用意は宜しいですか? では、出発しますね」
少佐に昇進し、大公護衛隊長となったガルベスが言う。俺たちは揃って首肯した。隊列はゆっくりと動き出す。俺はクレアと顔を見合わせ、そして民衆に向かって手を振り始める。
『大公殿下万歳!
『公女殿下万歳!』
『公国万歳!』
沿道に集った市民たちは、水色と白色の横二色旗に、フォルニカ家の紋章である鳩をあしらった公国旗を誇らしげに掲げながら声援を送ってきた。俺はそれに笑顔で応える。
『公女様ー!』
沿道から稚い声が聞こえる。そちらを見やると、小さな男の子や女の子が花束を持ってこちらに手を振る姿が見えた。クレアはそれを見ると、パァっと顔が明るくなる。クレアは嬉しそうな表情を浮かべ、両手を振り返して歓声に応えた。
クレアは警備の騎兵に小さく何かを耳打ちする。そして彼女はその子供たちに対して手を伸ばすと――花束を受け取った。
「ありがとう。大切にしますね」
優しい笑みと共にクレアが言う。子供らは顔を赤らめながら、こくりとうなずいた。微笑ましい光景に思わず口元が緩んでしまいそうになるが、慌てて引き締める。この時代に置いて慈愛を見せるのはそれこそクレアのような高貴な女性の役割であり、曲がりなりにも君主である俺には威厳が求められるのだ。
やがてパレードはメディオルム市郊外に差し掛かる。次第に人の姿は少なくなっていき、城門に辿り着く頃にはすっかり人気はなくなっていた。
門の前で一旦列を止めさせ、小休止する。
「お疲れ様でした、大公殿下、公女殿下。しかしこれで終わりではございません」
「え?」
「これより殿下は我が国の最東部にある『沿海特区』へと赴き、そこで挨拶をしていただかねばいきませぬので。つきましては、こちらを」
テレノがどこからか取り出した大量の資料に、俺はげんなりした。馬車の中ですら仕事をしないといけない。君主という職業はやるべきじゃないよ、ホントに。
――――――――――
「そういえば、クレア」
「なんでしょうか」
「さっきの子どもたちは一体……?」
書類に目を通しながら、俺はクレアに話しかけた。一々『殿下』と呼び合うのも煩わしいので、彼女と話し合った結果フォーマルな場所以外ではファーストネームで呼び合う、と決めたのである。
「先程の子たちですか?あぁ、彼らは私が訪れていた修道院で育てられていた子どもたちです」
「孤児院みたいなものか」
「えぇ、まぁ。そういうことですね。幾度か訪れていたので、あの子たちも私のことを覚えていてくれたのでしょう」
絶世の美少女と言っても過言ではないクレアは多分誰もが一目見ただけで瞼の裏にその容姿を刻み付けるだろ……と思ったが多分そういう話ではないので何も言わないでおく。
しかし――孤児院か。福祉政策についてもいずれは考えなくてはならなくなるだろう。夜警国家でもない限り福祉政策というのは金がかかる。恐らく近代国家にとって軍備と一二を争う金食い虫と言ってもいいほどだ。あぁまた憂鬱になってきた……
「……」
ふと、視線を感じて顔を上げる。クレアが俺のことをじっと見つめていた。
「どうしたんだ、クレア」
「いえ、大公殿……ハンスさんは確か16歳でしたよね?私と一つしか変わらないのに、その……年齢不相応なほどしっかりしておられるのだなと思いまして」
「と、いうと」
「私は、その、言ってしまえば甘やかされた人生を送ってましたので。同じような年なのに大公という大任を背負って真面目に職務をこなしてるのは凄いな……って」
クレアにそういわれ、俺は何とも言えない気分になった。彼女が知る由はないだろうが、俺は二周目の人生、そしてその前職は純粋な職務の量だけなら多分大公の仕事にも比肩しうる現代日本の企業戦士である。
言わば(メンタル的な意味で)『強くてニューゲーム』をやってるわけで、とても褒められたものではないのだ。
「俺はそんなに大層な人間じゃないさ。人は要されればそれに適応しようと努力する。俺は大公を任された以上その職責を果たすために努力している、それだけだよ」
「……そんなものでしょうか」
「そんなものだ」
それっぽいことを言ったものの、実際中身はただの社畜根性である。なんで異世界に来て十数年経ってもこれ残ってるんだろうね。
「俺だって帝国の宮廷にいたころなんて何も考えずに毎日遊んでたもんさ」
皇位継承者に数えられてはいるものの、順位的に絶対席が回ってくることがない庶流の皇族なんてそんなもんだ。
皇太子やその兄弟なんかの有力候補は幼い頃から熾烈な宮廷闘争に放り込まれ、当代では特に皇位継承第一位の皇太子と彼よりもかなり継承順は劣るが聡明で知られる第三皇子がお互いに有力貴族を取り込んで派閥を形成しているそうな。
庶流の次男坊という影響力も血統も薄い俺は当然その政争に巻き込まれることなく自由に生きてきたし、実際に今に至るまで好き勝手にやってきたというわけだ。ほんの数ヶ月前にその生活は終わりを告げたわけだが。
「そうなんですか。でも、やっぱり凄いと思いますよ」
「それはどうも……」
俺は苦笑いを浮かべつつ、再び書類に目を戻す。書類には、沿海特区についての概要や、財務状況について記されていた。
沿海特区――正式名称を、ラグーナ港湾都市。前大公であるベランゼ・フォルニカによってケルキラ海に面する地域に築かれた200maほどの面積を持つ特別行政区域であり、その統治は大公によって任じられる港湾統領によって行われており、帝国の承認を得た上で特別税制が適用され、認可状を持っていれば外国人商人でも自由な商取引が保障される。
おかげでラグーナはケルキラ海だけではなくさらに南にあるセントレア海沿岸諸国との貿易なども活発で、海洋交易の中継地点として栄えている。それ故、低税率地域とはいえ公国が得る利益は莫大――
「は?」
「どうかなさいましたか?」
思わず頓狂な声を上げた俺に、テレノが訊ねる。クレアと喋ってる時は音も立てずに佇んでいて、いきなり話しかけてくるもんだからちょっとビクッとなったのは内緒である。
「いや……なんでこんなに利益が少ないんだ?」
「と、仰いますと」
「低税率地域なのは分かるんだが……それにしたって上がってくる税が少なすぎる。というか補助金の方が上回る勢いだ」
利益が莫大どころか赤字ギリギリである。低税率地域、貿易特区、それなのに上がってくる利益が少ない――うーんこれは汚職か脱税の匂いがする。……また仕事が増えそうな予感がするぞ。
テレノに加えてクレアも資料をのぞき込んでくる。美少女二人に囲まれて実に眼福なんだけど、胃は痛くなる一方である。
「前大公肝煎りの事業だったはずなのに、ここまで収支が悪いはずがない」
「……税が正しく納められていない、のでしょうか」
「断定はできないけどな。しかし……まぁ、この資料を見る限りだと何かあるのは間違いなさそうだ」
クレアの言葉にうなずく。特権には汚い話がつきものなのだ。そして――そういう話は大体政治的な陰謀とセットだったりする。
「取り敢えず、現地に行ってみないことには何も分からないな。テレノ、あとどれくらいかかるんだ?」
「そうですね……多少急いで2日ほどかと」
「げぇ……結構遠いな」
普通に乗ってるだけならいいのだが――この馬車、懸架装置がついていないせいでよく揺れるのである。職人ギルドあたりに何とか頼んで改良してもらおうかな……
そんな俺の思いを他所に、隊列はラグーナへ向けて進み続けるのであった。




