国王大権の、あるいは官僚機構の名における中央集権
タイトルが長いって?気にしないでくれ
内乱終結から早いもので1ヶ月が経った。諸手続もようやく落ち着き、本格的に公国の運営を始めることが出来る体制が整ってきた。
「……大公の権限が強すぎないか?」
宰相による妨害がなくなり、改めて諸権限の見直しを行うと――あまりにも大公の裁決権が広いことが分かった。要は宰相は権限濫用をしてたというわけだ。財務や軍事などの専門的な事項に関してはそれぞれ財務府と軍事統括庁という所管官庁があり、この二つに関しては大公は事後承認権しか有していないのだが……それ以外に関しては最終的な裁決権が大公に帰属している。
これはまずい。ワンオペは大事故の元である、しかもそれがこと国家運営ならなおさらである。というかそんな職務捌ける自信がない。
「前大公は非常に精力的な方でしたからね。尤も、私どもへ諮問することも多かったですが」
「申し訳ないが俺は前大公ほどの政治能力はないぞ」
俺は傍らに控えるレルテスに言った。彼は内乱鎮圧の功によって伯爵に陞爵され、暫定で宰相となっている。テレノも正式に侍従官となったそうな。
「決めたぞ伯爵。俺は行政改革をする」
「と、仰いますと」
「財務府や軍事統括庁みたいな専門的な行政機関を増やす。ついでに言えば政府の職員も増員する」
「帝国でそのような試みがなされていることは聞き及んでおりますし、仰っておられることは分かりますが、殿下ご自身が確約なさった税の減免政策のせいで国庫は火の車――とは言えませんがかつかつですよ」
「うぐっ」
痛いところを突かれる。農地配分と税の減免の成果もあって農民からの支持はそこそこ取り付けることに成功したが、おかげで国庫はすっからかんである。クレアの同意のもとで公室財産を大幅に削り、一部の国有地を商人に売却したりした臨時収入で今は賄っているが、とてもではないが健全な財政状況ではない。一応対策は用意しているのだが……これは根回しとかをちゃんとしないと多方面から反発を生む可能性が高いのでまだ使えない。
しかし、数年後には多分財政は黒字化しているはずである、多分。それまでに、公国の運営体制をしっかりと整備しないといけないわけだ。国家な健全な運営体制というのは、分かりやすく言えば代替可能なこと――そして多少の不慮の事態に強いことである。要は現代国家のような官僚に支えられた行政機構である。この時代だと……財務・内務・外務・軍務・農商務あたりだろうか。まあ基本はこの五つだな。教育とか衛生とかその辺りは一通り改革を終えてから考えよう。
「大幅な増員は無理かもしれないが、財務府と掛け合って外交や内政、あとは農業商業に関する専門の行政機関を新設する方向で進めたい」
「……またえらく大胆なことを仰りますね」
「逆にこれを全部ひとりでやってた前大公ってどんな化け物だったんだよ……」
俺はげんなりしながら呟いた。しかもクレア曰く家庭を犠牲にして仕事をするとかそういうタイプでもなかったらしい。完璧超人過ぎて凄いと思う。
が、それは国家運営において害になる。良く『世襲企業は二代目で傾く』と言われるが、あまりに出来た専制君主は自分に合わせて国家機構を組み立ててしまう。そうすると何が起きるかというと――次代の君主の才能ガチャで国が傾きかねない、という事態になる。
現代国家を見回してみよう。君主制国家といえども、君主の権能は多くの場合儀礼的、もしくは事後決裁のような形に留まっている。そうでない国は独裁国家と謗られ、そしてその多くは国家がうまくたちいっていないだろう。そして君主が本来持っていた独裁権は官僚機構が分掌し、それぞれが権能を持ちすぎないように牽制し合いながら国家を運営している。……財務と軍務の発言権が強くなるのは古今東西変わらないけど。
ともかく、俺が目指すべきはそれなのだ。君主がバカでも成り立つ国家。国家を存続させるために必要なのは名君じゃない。ある程度有能な人材に支えられた官僚機構なのである。君主は彼らの報告を理解する程度の能力があれば足りる、そうあるべきだ。
「幾人の補佐官だけを付けて、全て専決事項として処理なされてましたからね」
「その結果がこの大公の絶対的な権限、というわけか……恐ろしい人だよ全く」
その時だった。コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。『入れ』というと、テレノが書類を携えて入ってきた。
「お話し中失礼いたします、殿下。そろそろお時間です」
「え?」
テレノに言われ、俺は呆気に取られる。そんな俺を見て、彼女は表情一つ変えることなく淡々と告げた。
「今日は長らく延期されてきた、殿下の即位記念式典ですよ。宮殿の外には市民が集まっておりますし、護衛の兵などの手配も既に完了しております」
「あ……」
普通に忘れてた。というかやりたくなくて意識から締め出していたと言った方がいい。金がかかって面倒臭くて恥ずかしいの嫌な要素三点セット、しかし『儀礼』の二文字の前には合理性は砕け散る。そういう時代なので仕方ない。
「既に公女殿下は準備を済ませてでおられます。殿下がこの類の催しを好かないのは了承しておりますが……今回ばかりはきちんとしていただかなければ困ります」
「……分かった、すぐに向かおう」
俺は諦めて言う。こういう式典は、さっさと終わらせるに限る。
現代の官僚機構はよくできている(白目)




