メディオルム奪還
「それで、宰相らはまだ宮殿に閉じ籠っていると」
「ええ、そのようですね。何度か降伏を促しましたが……」
「彼らに応じる気はなし、というわけか」
クレアとの面談……というより気まずい時間を過ごしたのち、俺はレルテスを小突き、そのまま作戦会議へと入った。
「取り敢えず、公国軍司令部から脱走してきた軍幹部の協力を得て作成した作戦案がこちらになります」
「……見せられても理解できるかは怪しいが、一応拝見しよう」
俺は机の上に広げられた作戦図を見る。そこには、敵味方の配置や移動ルートなどが詳細に書かれていた。
「……ふむ」
分からないなりに読み取った結果で言うと、右岸地区の殆どはこちら側が確保済み、左岸地区は依然保守派が維持しているが、一方こちらには地下道を保持している。評議会警備隊や一部の軍人らで結成した特殊部隊を地下道から宮殿に突入させ不意を突いた後に、軽武装の市民らと共に宮殿になだれ込む。安直だが、確実な作戦案だ。
「この作戦案は採用するとして……問題はどれだけ損害が出るか、ということだな」
「殿下、よろしいでしょうか?」
「構わん」
「以前評議会にお出で下さった際からずっと思っておりましたが……殿下はちと優しすぎるように思います」
「……ほう」
レルテスの言葉に、俺は内心首を傾げる。
「一貴族に過ぎない私が殿下に帝王学を教授するのは恐れ多いのですが……」
「構わん、何でも言ってくれ」
「……君主は、時に非情さを持ち合わさなければやっていけませぬ。全ての君主が殿下のようならばともかく、残念ながら世はそうではありませぬ。非情さを持ち合わせぬ君主は、自らの国を滅ぼし、結果として民に対し最大の不利益をもたらすことにも繋がります」
「なるほど」
しかし――非情さと優しさか。マキャベリだかがそんなことを言っていたような気がするな。
「つまり――あまりに損害を考えておちおちしていては好機を仕留め損ねます。今すぐに攻撃を仕掛けましょう」
「……分かった」
俺は静かに首肯する。
「子爵の言う通りだ。直ちに攻撃を開始する。総員に通達しろ」
「はっ!」
――――――――――――
「報告です!宮殿内に敵が侵入しました!」
「何だと!?」
コルテド少佐は突然の報を受け、驚愕した。散発的な交戦こそあれど未だ大公派が積極的に攻撃を仕掛けてくる動きは見せなかった。勿論、入り口も破られていない。
それなのに、敵が侵入!?
「……どこからだ」
「地下から侵入した模様です。現在、宮殿内で戦闘が発生しています」
「……ちぃッ!!」
コルテドは思わず舌打ちする。大公殿下や公女殿下もそこからか!
「……改革派の連中は気に食わんが、同志の兵を撃つのはそれ以上に気に食わん。こうなるくらいなら、計画から降りればよかったな!」
「どうされますか?」
「宰相殿の狂気に付き合わされるのはもうごめんだ。行くぞ中尉、あのイカれた野郎を捕まえてこんな茶番劇を終わらせる」
「……了解しました」
コルテドは十数名の部下を連れると、そのまま宰相執務室へと向かった。
―――――――――――
結論から言うと――宮殿奪還作戦は呆気なく完了した。
まず地下道から侵入した部隊がそのまま宮殿内部を強襲して宰相護衛隊と交戦。そしてその後に本隊が正面突破――となる予定だったのだが、そうはならなかった。何故なら――
「……最後の最後で、子飼いの部下に裏切られるなんて、間抜けですよ。宰相閣下」
「……」
俺の目の前で膝をついている人物――チザーレ公国宰相のヘレナス・ドミトリー伯爵は、宰相護衛隊の裏切りによってお縄につき、それに伴って戦意を喪失した保守派が俺たちに対して降伏したからだ。
「……別に俺はあんたにされた仕打ちを恨んでいるわけではない。と、言うよりも俺が帝国から乗っ取りのために送られたという主張には、少なからず共感できる部分がある」
「……」
「だが性急すぎたな」
俺はため息を吐いた。帝国へ従属をしたくはないという意味で言えば、彼と相容れることは出来たかもしれないのだ。しかし、そのやり方は余りに強引過ぎた。……結果的に反帝国派を始末する好機になったとはいえ――あまり愉快な手段ではなかったな。
「殿下、宰相閣下をどうなさいますか」
「離宮監獄にお連れしろ。処遇は追って決める」
「はっ、かしこまりました」
ドミトリー伯は意気消沈したまま、評議会警備隊の兵士たちに連行されていった。――俺はふと、窓の外を見る。既に日は落ちており、外は既に闇に包まれている。
「子爵」
「はっ。どうしましたか殿下」
「最後の仕上げだ。評議会警備隊と市民義勇軍を連れて、前線に向かうぞ」
「分かりました、ではまた後程」
敬礼をしてから去っていくレルテスらを見送ってから、俺は一連の出来事でかなり損壊した宮殿を見て、ため息を吐いた。
「修理費も計上しないといけないな……」




