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鳥籠からの脱出

「……やけに寂しくなったじゃないか」


 慌ただしく外へと出ていく宰相護衛隊の兵士の姿を窓から見ながら、俺はボソッと呟く。四六時中兵士に監視されるのは気に食わなかったのでせめて外で見張ってくれと要望を出すと、なんと通ってしまった。


「ま、多分評議会の貴族たちがうまくやってるってことだろう」


 俺は一人納得する。俺が軟禁されている部屋――というか応接室は宮殿の中でも比較的奥まった場所にあり、兵士たちが出入りする様子は見られないが、代わりに宮殿内のあちこちで兵士が走り回っている。おそらく彼らは俺の監視ではなく、宮殿内外を見張っているのだろう。執務室にいたら『そこは本来大公殿下のおられる場所です、来賓の方はこちらへ』とか言われてここまで引っ張ってこられた時はジョークのセンスを誉めたくなった。


「しかし暇だなぁ……」


 人間は退屈に耐えられぬ生き物だとはよく言うが、マジで耐えられなくなる。たった1日で暇を持て余している現状を見ると、これを何十年も続ける受刑者って逆に凄いんじゃね?という感想すら出てきた。


「……地下道、どう使うかな」


 俺は思案する。そう時間が経たないうちに救出部隊は来るだろうが、トチ狂ったドミトリー伯がナイフ片手に応接間に来て刺し違えるなんて事態があり得るかもしれない。追い詰められた人間は、何をしでかすのか分からないのだ。


ドカン!


「は?」


 その時だった。突然扉の向こうから爆発音が響き渡る。高級そうな質感を伴っていたドアは当然耐えられるわけもなく吹き飛ばされ、煙の中に人影が見える。


「えっいやっ……えっ?」


 もしかして予想以上に保守派が追い詰められてて、頭いかれた奴が俺を殺しに来たのか?とも思ったが、その考えはすぐに否定される。


「お待たせしました、大公殿下。遅れてしまい、申し訳ありません」


 聞き覚えのある、透き通ったような声。そして、煙の中から現れたのは――


「……一体今までどこにいたんだ?テレノ」

「兄様の伝手を頼っておりまして。詳しいことは聞かないでくださいまし」

「……分かった」


 そこに現れたのは、テレノだった。クーデター時に宮殿内のどこにも居らず、宰相護衛隊が血眼になって探したが見つけられていない――という話は聞いていたが、多分口ぶりを見るに市井に紛れていたらしい。


「それと、お土産です。こちらへ」

「……?」


 そういうと、テレノの後ろから少女が歩み寄ってきた。もう一人いるようだ。俺はそちらにも視線を向ける。――それは、どこか懐かしさを感じる顔立ちの少女だった。艶のある銀色の髪に、雪のように白い肌。そして彼女は高貴さを感じさせながら、同時に儚げな雰囲気をまとっている。


「まさか――」

「えっと……大公殿下、お初にお目にかかります。前大公ベランゼ・フォルニカが娘、クレア・フォルニカでございます。以前ご足労いただいた際は粗相をいたし、申し訳ありませんでした」

「……というわけです。殿下、取り敢えず逃げましょう。例の地下道を使いますよ」


 俺は目の前で起きた出来事に頭がついていかない。確かに脱出しないといけないとは考えていたが――


「……ちょっと待って、それ俺言ってたっけ?」

「あの時やたらと殿下が地下道に興味を示されていたので、覚えておきました」


 有能過ぎるこのメイド。そう思いながら俺はテレノに手を引っ張られ応接室から出る。


 せっかく外へ出てきてくれたクレア公女と初対面の挨拶すら碌に済ませることが出来ないまま、俺たちは逃避行としゃれこむ羽目になった。


――――――――――


「はぁ……はぁ……」

「ここまでくれば多分大丈夫でしょう」

「……」


 俺たち3人は、宮殿から地下道に出ることに成功していた。応接間と前に見つけた書斎から行ける秘密の地下道との距離が近くて助かった。


「あー疲れた……」

「久しぶりに全力疾走した気がします」

「……」


 俺とテレノはまだ余裕があるが、問題はクレアである。長い間離宮に幽閉――される前から引き籠っていたせいか体力がないらしく、息切れが激しい。


「公女殿下、大丈夫でしょうか?」

「はい……なんとか……」


 とは言っているものの、とてもじゃないが動けそうには見えない。それにここは長く使われていないらしく、埃が酷いどころの話ではない。鼠だのなんだの、小動物がそこかしこを走り回っていて落ち着かなかった。いや――前世でこういう場所を秘密基地に見立てて遊んでたりしたジェネリック王族の俺は問題ないのだが――


「仕方ない、少し休もう」

「賛成です」

「す、すみません……お手を煩わせてばかりで……」


 想像通り、純然たる王族(公国だが)であるクレアは震えたまま力なく謝る。半ば誘拐のような形で連れてきたのはテレノだし、多分それは俺の意思を()んでのことだし、そもそもこんなことになったのは宰相以下保守派の責任なので、彼女に非は一切ない。むしろ悪いのはこの環境だ。


「しかしどうやって脱出するつもりだ?出口までまだ結構距離があるが」

「そうですね、もう少し待てば、同志と合流できますよ」

「同志?」


 テレノの言葉に疑問符を浮かべた直後だった。どこからともなく声が響く。


「テレノお嬢様、ご無事でしたか!」

「見えましたわね」


 声がする方向に見えたのは、十数人の武装した兵士――というより民兵のような男たちだった。


「……彼らは?」

「彼らはバロンドゥ商会の()()()ですわ」

「……なるほどな」


 バロンドゥは彼女、そしてレルテスの家名。要するに彼の私兵ということだろう。十数人とはいえ護衛の兵士が付くのは心強い。


「テレノお嬢様、その方が殿下ですか!?」

「えぇ、こちらが公女殿下です。そして――こちらが大公殿下です。丁重にお願い致します」

「了解しました。おいお前ら、殿下をお守りしろ」


 隊長格らしき男が号令をかけると、全員が一斉に敬礼をする。そして俺たちの方へ歩み寄ってくる。


「さぁ殿下、こちらへ」

「そうだな、案内してくれ」


 俺たち一行はそのまま地下道を進み脱出を果たした。


――――――――――


 ハンスらが鮮やか(?)な脱走を果たしている頃、保守派司令部は混乱を通り越して悲惨と言いたくなるほどの状況に陥っていた。宮殿内で爆発が起きたかと思えば、大公と公女の姿が忽然と消えた。しかし、宮殿の入り口を警備していた兵士たち曰く大公や公女はおろか兵士以外に出た者すらいないという。


「閣下、どういたしますか」

「……」


 想定外の事態が続きすぎたせいか、ヘレナスはもはや怒ることすらしなかった。


 というか、そんな気力が残っていなかった。


「……」


 同席する保守派の貴族たちは互いに目を合わせる。まるで誰かが言い出すことを期待しているかのように。


「宰相閣下、僭越ながら申し上げてもよろしいでしょうか」


 そんな中、一人の貴族が手を挙げる。ヘレナスと共に保守派の中心人物と目されていたドルンテ子爵であった。


「……構わん」


 ヘレナスから、かすれた声が出る。かつて公国の宰相として、大公と対立しながらも辣腕(らつわん)を振るったとは思えないほど憔悴(しょうすい)した声であった。


「では失礼して……閣下、我々の負けです」

「何だと?」


 思わず聞き返す。負けた、という言葉が理解できなかった。いや、頭では理解していたのだが、それを受け入れることは、彼にはできなかった。


「首都の攻略には失敗し、作り出した軍事的空白も今や埋められようとしてます。そして――最後の交渉材料である大公殿下と公女殿下を失ったとあっては、民心と帝国を敵に回した我々に未来はありません」

「……」


 誰も賛同の声は上げない。しかし、その場にいる誰もが彼と同じような考えを胸の内に抱いていた。


「閣下、どうか降伏を」

「……出来ぬ」

「何故ですか!この期に及んでまだ抵抗を続けるおつもりですか!?」

「違う。私は最後まで公国のために戦う。例えここで私が討たれようとも、決して帝国の従僕になるわけにはいかないのだ」

「勝てぬ戦をする意味はありませぬ!」

「それでもだ。それが私の最後の役目なのだ」

「……」


 ヘレナスは静かに言う。あくまでも独立した公国としての未来を追い求める彼にとって、それは譲れない一線だった。


 貴族たちの間に、困惑する空気が流れる。もし仮にここで彼らがいくら抗弁したとて、クーデター部隊の主力を占める宰相護衛隊の指揮権を握るのはヘレナス。彼らの言葉など届かないだろう。


「……今ここで降りるという輩がいるならば名乗り出るがいい。私は止めん。しかし、謀議に参加したのは事実だ」

「……」


 沈黙が場を支配する。誰一人として立ち上がるものはいなかった。


「さぁ早くいけ、尤も、その先にあるのは破滅だろうがな」


 もはや彼らに選択肢はなかった。

テレノ嬢有能すぎ問題。どこぞの瀟洒なメイドを彷彿とさせますねこれは……

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