対抗策
時が経つのは早いものだ。俺がこの国に来てから2ヶ月が経った。
しかし相変わらず反乱は小康状態を保っており、時々局所的な攻勢はあるものの、軍事的に劣る農民兵は正規兵に勝つことが出来ずその度に退却しているという。しかし、そろそろ動きが出てくるはずである。保守派がクーデターを起こすつもりなら、前線から公国軍を剝がされては困る。そうならないように、無謀だとしても攻勢をかけてくるだろう。
「失礼します」
「おお、テレノか。おはよう」
「おはようございます殿下。兄様からの手紙をお持ちしました」
「ご苦労」
執務室でそんなことを思案していると、休暇から帰ってきたテレノが一通の手紙を携え部屋に入ってきた。俺はそれを受け取り、封を開き中身を見る。
『ご無沙汰しております殿下。一つ、大きな動きがあったのでご報告を。軍事統括庁から我々――いえ、我々評議会が保有する戦力について前線へと送るようにと命令が届きました。名目上は反乱鎮圧を支援するためとありますか……軍事統括庁の長官は保守派に属しています。そろそろ彼らが動くかもしれません。ご留意ください』
俺はその手紙を見て、ふぅっとため息を吐いた。動き出すべきタイミングが来たようだ。
「テレノ、ついてきてくれないか。少し資料を取りに行く」
「かしこまりました」
俺は衛兵に断りを入れてから、執務室を出て地下にある書斎に向かう。
「えーと、宮殿の見取り図は……」
「こちらに」
「おわっ!?」
驚きながら振り返ると、テレノが目的の書物を持って立っていた。相変わらず仕事が早い。見た目はおっとりしてそうなのに、メイドとして彼女はめちゃくちゃ優秀だ。
「ありがとう。助かる」
俺は礼を言ってその書物――この宮殿の見取り図、というよりもどのように建築されたのかが描かれた本を受け取る。かなり昔に築かれたらしく、読めない古代文字がかなりあったが分かりづらいながらも図が付いていたので読み解くのにさほど苦労はしなかった。
元はこの辺りを統一していた帝政国家の城砦として築かれていたが、帝国が崩壊し各地に小公国が乱立、そしてチザーレ公国がこの辺りの支配権を握った際に宮殿として再利用され、その際にかなりの増改築が施された。しかし、予算の都合上なのか、軍事要塞として備えられた機能は殆ど破棄されずそのまま残っており、現に現在のチザーレ公国軍総司令部は宮殿の出城を使用している。
そして――軍事要塞というものは、往々にして非正規の脱出路を設けるものである。
「……あった」
そしてそれは、案外あっさりと見つかった。かなり図が見えにくくなっているが、この書斎の隣に存在する部屋から、さらに地下――そして宮殿の外に脱出するための道だ。
今思い描いている計画では、この道を使うことが必要不可欠になるであろう。
「よし、欲しいものは見つかった。取り敢えず戻ろうか」
「了解しました」
俺はその図面を頭に叩き込むと、本を元の場所に戻しテレノと一緒に執務室に戻った。
――――――――――
一方、公国中央部ルベーノにある公国軍臨時司令部では、ガルベスが部下と共に作戦を練っていた。主な内容は、投降してきた農民兵たちの処遇である。
「大公殿下が行ったときは正直半信半疑だったが、まさかここまで効果があるとはな……」
「水呑みに対し土地をタダでくれてやると言えば、そりゃ心変わりもしたくなるものですよ、大尉」
「そんなもんかね」
ガルベスの傍らにいるのは副官のコルドー少尉。ガルベスと同じで兵卒から叩き上げで士官まで成り上がった実力派の軍人であり、ガルベスが最も信頼を置く人物である。
「少なくとも農民出身の小官はそう思います」
「ほぉ」
コルドーが言うと、農民出身が多い帝国兵たちが同調するようにうなずく。商家の末っ子として軍隊に入ったガルベスにはいまいちわからない感覚だったが。
「しかし指導者――というより貴族が農民たちと一緒に投降してきたときには眼を疑いましたね」
「敵さんも、相当統率が取れてないようだな。大公殿下への反発心というより、飼い主に首を絞められたくないから従っていると言ったところか」
「このまま時が経てば、勝手に反乱軍は自壊していくでしょう。まさか殿下が農民に対して全面的に譲歩するような政策を打ち出すとは予想できなかったでしょうから」
「ま、そうだな。そうなれば確かに保守派がクーデターという強硬手段に踏み出すってのは分かる話だが……」
「それを逆手に取ろうとする殿下の考えもぶっ飛んでいると言わざるを得ませんね」
全くだ、とガルベスはコルドーの言葉に同意する。それを聞いたときは必死に止めた。首都を密かに脱出して保守派に肩透かしを食らわせる方がいいという諫言にも彼は耳を貸さなかった。曰く、『彼らに自信を持ってクーデターを起こさせるためには、大公というカードを握らせないといけないのさ』というわけらしい。
「ま、殿下の作戦がうまくいくことを信じよう。我々はその間この戦線を維持することが仕事だ」
「万が一殿下が亡くなられたりしたら、私たちも全員仲良く後を追うことになりますよ……」
そん時はそん時だ、とガルベスは窘めるように言う。仕事のたびに死ぬ危険が出てくる軍人という職業は、人の死生観を多分に狂わせる。そして、この大陸に生きる人間の中でもトップクラスにそんな死線を潜り抜けてきたこの古強者は、恐らくかなり死に対してあっけらかんとした人物の中の一人である。
そんな境地に至っていない部下からすれば勘弁してくれという話だが。そんな気持ちを場にいた人間が言外に共有していると、彼らがいる司令部室の扉が勢いよく放たれた。
「お話し中失礼いたします!」
「どうした」
「反乱軍が、全地点で一斉に攻勢を開始いたしました!」
「……遂に来たか」
ガルベスは静かにそう言い、立ち上がる。
「しばらくぶりの大仕事だ。帝国の兵は大陸に敵なしというその前評判に恥じぬ戦いを心掛けよ」
「「はっ」」
「いい返事だ、では、行くぞ」
ガルベスたちは小銃を携え、前線に向かった。




