婚約〜promise to marry
遂に、最終日がやってきた。
今日は俺にとって、とても大事な日。
由紀を教会へと連れ出した俺は、後ろ手で隠していた箱を取り出し、彼女の手の平にトンっと載せた。
「開けてみてよ。」
急な事に驚いて唖然としていた彼女は、その言葉に我に返り、小さな正方形の箱のリボンを解く。
中身は――もちろん指輪。
彼女からは反応がない。
(やば……。)
※
こんなサプライズを全く予想していなかった私は、しばし呆然とし、
「…これ、私に……?だよね……。」
と何とも間抜けな質問をしてしまいそうになり、慌てて首を振る。
そんな私に、彼は追い打ちをかけるように言った。
「由紀、日本に帰ったら、結婚しよう……。」
誰よりも愛しい彼から受け取った小さな箱。
その箱の中にはとても高級そうな指輪が入っていた。
でも、これじゃあまるで、婚約指輪みたいだよ……そうなの?
「もしかして、婚約指輪……?」
「あぁ。気に入らなかった……かな。」
見る見る肩を落とす彼。
ヤバいヤバい。勘違いされてるじゃない!
しっかりして!私!!
「違うの……、嬉しくて……あ、あの……わたしで良いの?」
やだ!こんな事言ってやっぱり止めるなんて言われたらどうするのよ!
でも考える必要なんて無かったみたい。
彼は秒速で、
「当たり前だろ?由紀以外に考えられないよ。」
と言って笑ってくれた。
「嬉しい……ありがと!」
そう言って彼に抱き着いた私。
拓斗君の手が彼の頬をかく。
実は彼が照れているときのこの仕草が、いつもかっこいい彼に似合わず可愛いくって、大好きだったりする。
教会の天窓から、ガラスで分散された光がキラキラと舞い降りていた。
私の目にはその光景がしっかりと焼き付き、拓斗とずっと一緒にいたい、神様……どうかこの幸せを永遠に……。
そう、心から祈った瞬間だったの。
本当に嬉しくて、涙が止まらなくて。
私なんかを選んでくれた、彼が凄く愛しくて。
彼との出逢いから、彼と過ごした今までの光景がフラッシュバックする。
始めは友達に誘われ、ただ仕方なくついて行ったあの日、ガラス細工のように美しい、一つ下の彼に一瞬で恋に落ちた。
彼から声を掛けられた時は本当に心臓が止まるんじゃないかと思う程緊張した。
初めてのデートの時……。
彼は私に
「蝶が好きだ」と言って笑っていた。
「由紀さんが、蝶に見えたんです。」
って。
彼と私は、デートを重ねる度にお互いの事を何よりも大切に思うようになり、彼は私の卒業と共に大学を出て、父の会社に勤めるつもりだと告げた。
一通りの学力がついた今、彼の父親も現場で実際に学んだ方が良い、と判断しているらしい。
「だから、由紀が居ない大学なんて行く意味無いんだ。
親父、最近体調良くないしね……。」
と苦笑いしていた彼が妙に印象に残っている。
※
そしていつまでも抱き合っていた俺達は、誰かが教会のドアを開くと同時に離れ、顔を見合わせて笑い合う。
「由紀、幸せにするから」
凄く照れてる由紀に、もっと照れてる俺が囁く。
真っ赤な顔をした由紀は俺に、そっと口づけし腕を絡ませ、そのまま下を向いてしまった。
彼女からキスしてくるなんて珍しくて、俺は驚いてしまったけど、しっかりと隣にいる彼女を目に焼き付けて木漏れ日の下を進み、日本に帰るために汽車へと向かった。
街路樹達からこぼれ落ちてくる光がとても暖かかった。