二人の『宝物』
夜、10時。
部屋に戻るとすぐに由紀はベッドにストン、と体を預けた。
「疲れちゃったね……。」
「そうだな。」
ジュリーを早く母親の元に行かせてやりたい、と一番必死に探していたのは由紀だったからな……。それに何より、今日は海までの道をたくさん歩かせてしまったから。
「疲れたろ……もう寝ようか?」
優しく問うと、彼女はコクん、と頷いて枕を抱え、トコトコと俺のベッドに潜り込んできた。
そんな彼女の身体を抱きかかえ、
「お休み、由紀。」
と額にキスをして、俺達はすぐに眠りに落ちた。
翌朝、良く寝た俺達はすっかり元気になり、目を覚ました。
オスロで朝焼けを浴びるのは2度目だ。
その日はムンク美術館と旧オペラ座を楽しんだのだが、その日の夕方、夕飯の席で事件は起こった。
「…拓斗…君…」
「どうした!由紀っ!?」
急に由紀が吐き気を催したのだ。
しばらくすると治ったのだが、まだ時間が早かった事もあり、念のため、とホテルマンに街から一番近い病院へ連れていって貰った。
送り迎えを申し出てくれた彼にチップを多めに渡し、病院のドアをくぐる。
人の良さそうな白髪のドクターはまず、由紀に簡単に症状を質問した。それをその後の診察結果と照らし合わせたドクターはすぐに笑顔を見せ、由紀にこう聞いた。
『お嬢さん、最近食べ物を見て、さっきのような吐き気を感じたことはなかったかな?』
由紀は戸惑いながらも、
『そういえば……。』と肯定の意を示した。
『そうでしょうとも……。ならば、貴方が来る病院はここではなさそうだ。
近くの産婦人科を紹介してやらねばの。
今日はもう遅いから、明日にでもいっておいで。
あぁ主よ……この若い恋人たちに神の御加護を』
その言葉を聞き、心当たりもあった俺は涙が出る程喜んだ。
「もう!拓斗君……!」
俺は、優しい顔をしたドクターの前だったが、彼女が恥ずかしいよ……と呟くのも構わずに、抱きしめてしまっていた。
それくらい、俺にとって、いや二人にとっては、嬉しい事だったから。
翌日の昼過ぎ、俺と由紀はあのドクターに教えられた産婦人科へと向かっていた。
昨日の親切なホテルマンの車の中ずっと、子供の名前をああだこうだと言い合って笑っている二人を、苦笑いして見ていたホテルマンに
『ありがとう。』
と告げた俺達は、車から降り、建物の中へと入っていく。
一通りの診察を受けたあと、ナースに明後日の帰国を告げると、俺達は簡単な注意を受け、またホテルへと帰っていった。
その日は二人共早めに用事を済ませ、ゆっくりと体を休めたのだった。