チャゲの憂鬱
チャゲ視点です。
茶髪のスレンダーな少女、セレイナは同い年の親友であるミリーリアがいつかとんでもない事をしでかすのではないかと危惧している。
二人が通っている学園は現在春休みで、学生として最後の一年で与えられる課題をクリアする準備のため、セレイナの実家に帰ってきている。
セレイナの実家とはいっても、ミリーリアも幼少期よりこの家で育っているのでお客様というわけではない。
幼い頃に両親を亡くしたミリーリアを、かつて冒険者仲間であったセレイナの両親が引き取り、現在まで共に過ごしている。
セレイナにとってミリーリアは親友であると同時に手のかかる妹のような存在でもある。
つい先日もミリーリアが「召喚魔法を覚えたよ!」嬉しそうに報告してきたので、少し興味があったセレイナは彼女が召喚魔法を使う所を見てみようと、その日は行動を共にした。
ミリーリアが地面に両手を当て、呪文のようなものを唱え、魔力を込めると魔法陣が浮かび上がる。
さらに魔力を込め続けると魔法陣の光が輝きを増す。
魔法陣の輝きがピークに達した頃、ミリーリアは一度魔法陣から離れ、再び呪文を唱えた。
セレイナには魔法の適性がなく、魔法について詳しくはないが、ミリーリアが使える魔法は一般に知られている魔法と異なるということは、長い付き合いなので理解している。
初めて見る召喚魔法に興味を示すセレイナであったが、彼女の表情は徐々に曇っていく。
地面に描かれた魔法陣から、召喚されようとしているモノが徐々に姿を現す。
紫色の人型の脚と思われるものが魔法陣から徐々に生えてくる。脚から召喚された影響か、この召喚物はジタバタと動いている。すね毛のようなものがおぞましさをより引き立てている。
セレイナは迷わずこの召喚物に矢を放つ。
すると召喚物はピンと脚の関節という関節を全てを伸ばし、そのまま魔法陣ごと霧散した。
「で? 何か言うべきことがあるんじゃない?」
「んー、あれはちょっとムリかな。でも何でだろう? ちゃんとこの本の通りにやったのになー」
「召喚魔法禁止ね」
「えー!! 一度の失敗で諦めるなんて勿体ないよ。ちゃんと召喚はできてたし、練習すればきっとうまくいくよ!」
「ちゃんと、ね……。ミリーはアレが良かったと。ちょっと今後の付き合い方を考えたくなってきたわね」
「うっ……。正直失敗したなぁって思ってます。ごめんなさい」
セレイナとしては、ミリーリアが新たな力を手に入れる事に反対する理由はない。
しかし、何が出てくるか分からないあの召喚魔法はあまりにも危険すぎるため、普段よりも小言が多くなる。
「そもそもアタシがいなかったらどうするつもりだったわけ? あの紫色の物体を常に連れて行動するつもりだったの? そもそもアレはミリーの命令を聞くの?」
「……ごめんなさい」
客観的に見て、ミリーリアの容姿は整っている。
腰まで伸びた綺麗な薄桃色の髪。
出るべきところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいるプロポーション。
明るく、前向きな性格は長い間一緒に過ごしてきたセレイナにとっても非常に好感が持てるものだった。
(アタシがいたから良かったものの、万が一ミリーに何かあったら一生後悔したでしょうね)
十分反省の色も見えるし、追及しすぎて新しいことに挑戦しなくなるのはよくないと判断したセレイナは、これ以上追及することはなかった。
「もうすぐ学園に戻るのだし、いい加減準備しておきなさいよ」
「わかってるってー。セッちゃんは心配性だなー。でも課題の前に私も少しでも強くなれたらなーって思って召喚魔法を試してみたけど、さすがにそう甘くはなかったね」
少し落ち込んでいるミリーリアだが、彼女にとって失敗は日常茶飯事であり、毎回失敗を乗り越えここまで来ている。
なので今考えていることは何故失敗したのか。次はどうすれば成功するのか。この二点である。
「はぁ……。ならいいのだけど。さ、帰りましょうか。何かこの場所にいると寒気が……」
「そう? 気持ちいい風は吹いてると思うけど、寒かった? ごめんね付き合わせて。今度埋め合わせするね!」
(別に気にしなくていいのに。愛いやつめ)
そんな事件があったこともあり、最近のセレイナはミリーリアの動向にいつも以上に気を配っていた。
しかしいくら仲がいいとはいえ、常に行動を共にするわけにもいかない。
学園に戻る準備もある程度目途が立ち、後は移動の数日前にいくつか済ませれば準備万端といった状態になったので、セレイナは弓使いとしての腕が衰えないよう久しぶりに森を探索する。
森の奥にはモンスターが時々出没するが、村の近くのこの辺りに出るのは野生動物がほとんどだ。
探索の勘を取り戻し、あわよくば食糧になる動物でも仕留められれば御の字と思いながらセレイナは一人探索を続ける。
元々狩りが目的というよりも、実家でのんびり過ごしすぎていた自分の状態を確認するための探索だったので、程よいところで切り上げた。
自宅に戻り、風呂場で水を浴びているとセレイナはふと思う。
(やっば、もしかして太ったかも……)
自分の二の腕を軽く握りながらセレイナはため息をつく。
一度自分のスタイルが気になると止まらない。
比べるものではないとはわかっていても、どうしても親友のミリーリアのプロポーションがうらやましくなる。
(ここにはつかないのよね……)
人並のサイズはあるが、女性にしては身長が高めなセレイナにとって、自身のスタイルが少しコンプレックスだったりする。
(動くのに邪魔って話も聞くし、これくらいが丁度いいのかしら? でももう少し成長してもいいと思うのよね)
両親の姿、特に母の姿を思い浮かべながら、遺伝しなかった自分の胸元に目を向ける。
そしてそっと目をそらし、風呂場を後にした。
風呂から上がり、自室で弓の手入れをしていたセレイナの部屋まで聞こえる大きな声で、自分を呼ぶ声が響いた。
声の主はミリリアだとすぐにわかったが、その声の大きさは異常を知らせるには十分だった。
「セッちゃーん! た、大変かも!! 何か勝手に召喚魔法が発動して、召喚に成功しちゃった!!」
ミリーリアが何を言っているのかよく理解できなかったが、言葉の意味を理解するにつれてどんどん嫌な予感がしてくる。
「行くよ! 案内して! 早く!!」
セレイナとミリーリアは目的地である、先日召喚魔法を試した場所を目指す。
「で、何で一人で召喚魔法なんて使ったの!?」
「それが……わかんないんだよ。気づいたら本が光りだして、そのまま魔法陣が現れて、男の子が横になってた」
移動しながらの会話だから要領を得ないのか、あるいは事実そのままなのかはっきりしないが、セレイナはすでに何かが召喚されていることを確信する。
(できれば私一人で対処できる相手であってほしいけど)
一般的な召喚魔法で召喚できる使い魔は、その強さにバラつきがある。
対価の質と本人の力量。この二つのバランスで決まるというのが通説だ。
(穏便にお引き取り願いえないかしらね)
万が一、セレイナ一人で対処できなかったとしても、ミリーリアだけは逃がそうと心に決めている。
そしてセレイナの父であり、この村の村長もあり、元トップクラスの冒険者であったシュルーケルを探してもらい、状況を伝えたら解決してくれるだろうと思っている。
二人だけで現場に向かうのはリスクが高い。
しかし、先日の召喚の際は失敗を自覚していたミリーリアが、「成功した」と言っていたのでそこまで危険な状況ではないと判断し、先ずは二人で現場に向かうことにしたのだった。
セレイナを先頭に、二人は目的地の森の中にある草原に到着した。
草原の中心に佇む一本の木の側には召喚されたと思われる黒髪の男が何をするでもなく立ちすくんでいた。
セレイナは弓に矢を番え、いつでも射ることができる態勢でミリーリアを己の背後に隠すように男に近づいていく。
この辺りの立ち位置調整は、長年パーティーを組んできた二人は言葉を交わさずとも滞りなく済ませることができる。
「動くな! お前が召喚された者か!?」
セレイナの問いかけに、男は答えない。
それどころか自分には全く関係ないと言わんばかりに後ろを気にしている様子。
「答える気は無いと。ならばこちらにも考えがある」
「××××××××××××××××××××××××××××××」
聞いたことがない言語で何かを話す男を目にしたセレイナに緊張が走る。
そして召喚魔法は今回も失敗であったことを悟る。
(さて、どうするか。すでに召喚も済んでしまっているし、このままコイツを倒した場合、ミリーにどんな悪影響が出るかわからないわね)
言葉が通じないと判断した時点で、セレイナはこの男を「送還する」から「拘束する」という方針に変更する。
セレイナの持つスキルの一つに『裏取り』というものがある。
対象の背後に高速で移動するというスキルだ。一見万能のようにも思えるが、本人の技量と背後を取る相手の力量によっては見破られ、対策を取られる可能性がある。
彼女は父のシュルーケルから学んだこのスキルに絶対の自信をもっており、また目の前の男に破られるとも思えなかったので、背後から拘束する作戦を実行すると決めた。
目線で相手の動きをある程度読むことができるよう、シュルーケルに指導されたこともあり、セレイナは決して男から目線を外すような真似はしなかった。
しかし、男をいくら観察しても手練れには見えなかった。
相手の気をそらす事で、『裏取り』の成功率・安全性が高まること、また、召喚された男から攻撃を加える気配を一切感じないので、一度視線をズラすことにした。
具体的にはよそ見である。
視界には収まっているが、直視はしていない。そんな絶妙な加減で視線をズラしたセレイナに釣られるように、男は視線の先が気になるのか彼女から目を離した。
男が目を離した一瞬の隙を突き、セレイナは『裏取り』で背後から拘束することに成功した。
拘束はしたが、彼女は決して油断することはなかった。
「変な気を起こさなければ、こちらも危害は加えない」
召喚したのはミリーリアであり、男は被害者ともいえるので、拘束したはいいが、若干の罪悪感を覚えながらもセレイナは男の拘束をより一層強固なものにしていった。