第07話 行先
村に戻り、少し進むと一軒の建物の前に人だかりができていた。
建物の中から人だかりをかき分け、白衣を身にまとった女性が飛び出してくる。
そしてそのまま村の外の方へ駆け出して行った。
チャゲとモモゲが不安そうな顔をしているので、恐らく先ほどのケガ人が収容されているのだろう。
家に帰ってきた俺たち三人に流れる空気は重い。
今回のような襲撃はよくあることなのか聞いてみたが、どんな答えが返ってきたのかはわからない。
そんな重苦しい空気に包まれている中、おじ様が帰宅した。
おじ様の表情も硬いが、俺たち三人の顔を見て何かを察したのだろう。心配するなとでもいわんばかりのいい笑顔に変わる。
戦闘の汗を流すべく、普段より早い入浴を済ませてから、夕食の時間となった。
疲れもあるし、普段より簡単な料理で済ませると思っていたが、逆にいつもより豪華な夕飯になっている。
夕飯中、いつもより三人の視線が俺に集まる機会が多かった。
突然の戦闘で、俺に何か変った事がないか心配してくれているのだろう。
夕食も終わり、俺を除く三人はなにやら話し合いを続けている。今日の襲撃の原因などであろうか。
話し合いの最中、おじ様は時々腕を軽く回してみたり、腰を伸ばしたり、普段は見ることのない動きをしていた。
そりゃ戦闘中あんな動きをしたら疲れもしますよ。
そんな普段とは違う動きをするおじ様を見たモモゲは、居間に置いてある俺たちが使っている布団を敷き、おじ様に横になるように促している。
おじ様が布団の上にうつ伏せになり、モモゲが側に寄る。
「【イ……ノイ…………………ケ】」
──え?
「【イタ…ノ……………ンデ…ケ】」
たまたま? ではないと思う。日本語が聞こえてきた。
「【イタイノイ…イ…デ…デケデ】」
徐々にはっきり聞き取れるようになってきた。
「【イターノイタイノデンデケデー】」
「【イタイノイタイノデンデデデ】」
「【イタイノイタイノドンデケデー】」
何を言いたいのかは何となくわかった。
俺は口をはさむ。
「なぁ、【痛いの痛いの飛んでいけ】じゃないか?」
全員の視線が俺に集まる。
そんな驚いた顔でこっち見ないでほしい。俺も驚いてるのだから。
モモゲが手招きして呼び寄せるので俺は隣に座った。
「【イタイノイタイノデンデイケ】」
違う、そうじゃない。
「【痛いの痛いの飛んでいけ】」
「【イタイノイタイノトンデケデ】」
惜しい。もう少しだ。
「【痛いの痛いの飛んでいけ】」
「【イタイノイタイノトンデイケ】」
そう! そうだ!
モモゲの手が少し輝いたと思ったら、その輝きはおじ様の身体に吸い込まれていった。
静寂が訪れる。
布団に横になっているおじ様は一瞬身じろぎ、そして起き上がってから全身の状態を確認している。
一通り身体の動きを確認した後、おじ様はモモゲに向かっていい笑顔でサムズアップ。
モモゲはようやく状況を理解したのか飛び上がり、全身で喜びを表現し、チャゲの方に駆け寄り抱き着いていた。
先ほどまでの暗い空気が嘘のように三人は盛り上がっている。
「【イタイノイタイノトンデイケ】」
今度はチャゲに向かって【痛いの痛いの飛んでいけ】を使っている。
チャゲも効果を実感したのか、モモゲと二人でワイワイ盛り上がっている。
さぁ、次は俺の番かな? いつでもウェルカム!
と、思っていたが俺の番が来ることはなかった。
モモゲはチャゲと喜びを分かちあった後、急に疲れた表情になりイスに座り込んだ。
異変を察知したチャゲは、モモゲに肩を貸し、そのまま居間を後にした。
大丈夫なのだろうか?
俺は不安な気持ちで二人を見送ったが、おじ様は気にした様子もなく、終始ハイテンションだった。
灯りを消して、布団に入った後もまだ俺に向かって何か話しかけていたが、俺も緊張の糸が切れたのか、気づけば深い眠りに落ちていた。
◆
翌朝、何事もなかったかのように四人で朝食を済ませた。
朝食の最中、やはりモモゲが俺の方を見る回数が多かった。
【痛いの痛いの飛んでいけ】が通じた事で、何か変化があったのかもしれない。いい傾向である。
朝食後、普段なら各自思い思いの時間を過ごすのだが、今日は全員が一斉に外出の準備を始めた。
ここでお世話になってから、全員同時に外出の準備をするというのは初めての出来事である。
俺たち四人が移動した先は、少し大きな建物だった。
入り口に立っている騎士に案内され、建物の中に入るとそこは「ロ」の字型に机が配置された会議室。
一番奥の席には、昨日の銀色の鎧を着た騎士が座っており、その後ろには他の騎士が並んで直立不動の姿勢を保っている。
他の席にはポツポツとこの村の住民と思われる人たちがすでに座っていた。
これから昨日の襲撃の状況確認が行われるのだろう。
おじ様は、奥に座る銀色の鎧の騎士に軽くてを上げ挨拶を交わした後、その騎士の隣の席にドカっと座った。
そしてそのまま親しげに騎士と会話を交わしている。
知り合いなのだろうか? それとも共に戦った戦友だからこその気安さなのだろうか。
どちらだとしても不思議だとは思わない。
残された俺たち三人は、会議室の入り口近くの空いている席に座ることにした。
席が全て埋まり、話し合いが始まった。
銀色の鎧の騎士が立ち上がり、何かを話したと思ったら、頭を深々と下げた。
それに続いて後ろに控えている他の騎士たちも一糸乱れぬ動きで頭を下げる。ここまで綺麗に動きが揃うとかなり迫力がある。
おそらく騎士団でなんらかの不手際があり、今回の襲撃が起こったのであろう。
だが、そう考えると騎士団が先回りして隊列を組んでいたというのが納得がいかない。
この村に連れて来られた時、騎士団の姿は見当たらなかった。村の入り口にはおっちゃんしかいなかったし。
その辺も含めて状況のすり合わせの会議なのだと思う事にした。
◆
会議も無事に終わり、住民も各々会議室を後にする。
最後まで残ったのは俺たち四人と騎士団だった。
そろそろ外に出るだろうと思い、俺は出口の方に向かって歩き出しが、モモゲに腕をつかまれ、部屋の奥のドアを指差された。あの部屋に何かあるのだろうか。
おじ様と銀色の鎧の騎士が先に部屋に入り、俺たち三人はその後に続く。俺はモモゲに腕を掴まれたままだ。
部屋の中には会議には参加していなかったシスター服を身にまとった女性がいた。
そして部屋の中心部には淡く発光している魔法陣。
これは……帰れる!! そうとしか思えない!!
心臓の鼓動が早くなる。足が少し震える。
魔法陣に向かって数歩足を進めたが、モモゲに腕を掴まれているのを思い出す。
そういえばまだ別れも告げていなかったな。
入り口に並ぶ三人に向かって俺は話しかける。
「何か色々あったけど、今までありがとう。正直なんでこの世界に迷い込んだのかわからないけど、いい経験ができたよ。これからも大変だろうけど頑張って」
百の内の一も伝わってはいないだろうが、区切りの意味を込めて俺は別れの言葉を告げる。
おじ様とチャゲはわかってるといった表情だが、モモゲだけは悲しそうな顔をしている。
モモゲがなぜそんな表情をしているのか一瞬理解できなかったが、昨夜の出来事を思い出し、少し納得する。
【痛いの痛いの飛んでいけ】の発声に手間取っていたが、俺が手本を見せることで効果が表れたので、何かしら思うところがあるのかもしれない。
それでも俺は帰る事を選ぶ。
改めて三人に向き直り、一礼して俺は魔法陣の上に移動する。
俺が位置に着いたのを確認したシスターが、後ろの三人の方を向き、頷いたのを確認した後、祈りを捧げる体勢になる。
魔法陣の光が徐々に強くなる。
そして目を開けるのも困難になるほど光り輝いたとき、気づけば俺は真っ白な、何もない空間に佇んでいた。