第06話 無理
モモゲに手を引かれ、数日ぶりの望まぬ外出である。
先頭を走っていたチャゲの姿はもう見えない。一足先に現場に向かったのだろう。
周りの家からは大きな音がする。家財道具を運び出している家は見当たらなかったので、恐らく戦闘準備をしているのだろう。
どこの家も一斉に戦闘準備を始める……かなり不味くない? よくあることなのか?
村から出ると、ある程度の隊列が組まれていた。
正面には銀色の全身鎧を纏った騎士が、台の上で身振り手振りを交えながら指示を出している。
台の横にはおじ様と、見張りのおっちゃんがいる。
俺たちよりも遅れて到着した戦闘準備を整えた住民たちも、各々が指示された部隊に合流していく。
周囲の様子を伺っているとチャゲがこちらを見つけ、合流することができた。
チャゲとモモゲが何かを話し合い、俺の方に視線を向けた。
いや、わからん。
今この場にいるのは村人約三十人と、騎士っぽい人たちが十数人といったところか。
俺も頭数に入ってるなんてことはないよね?
周りを見渡していると、少し地面が揺れたような気がした。
他にも気づいた人がいたのか周囲に緊張が走る。
揺れはどんどん大きくなり、もう気のせいとは言えないレベルではっきりと感じられるようになった。
人込みが邪魔で、前方は見えないが、何かがこちらに向かってきているのは間違いないようだ。
徐々に地鳴りのような音が近づいてくる。
その音に紛れて獣の遠吠えのようなものも聞こえてきた。
盗賊とかではなく、獣の軍勢が攻めてきたといった感じとわかり、対人戦ではないことに少しホッとするが、問題は何も解決していない。
モンスターを倒すゲームは数多くクリアしてきたが、ゲーム中の出来事と肌で感じる戦場の緊張感は全く違うものであった。
集まっていた人たちがそれぞれ配置につく。
前線は騎士団が受け持ち、後方に村の住民を配置している。
剣を握りしめたおじ様は何故か前線にいた。違和感がないのが不思議である。
俺はチャゲとモモゲが最後方に移動するのでそれについていくことにした。むしろついていくしかなかった。
チャゲとモモゲは村の入り口に二つ備え付けられている見張り台のようなところの一つに登る。俺もその後に続く。
見張り台は乗るだけなら五人は乗れそうだったが、遠距離射撃をするとしたら半分以下の人数で使うのが丁度いいといった感じか。
現在この見張り台にはチャゲ、モモゲ、俺の他に弓を持った男が一人いる。
横一列になり、高い場所から状況を確認しているので、襲撃の全体像が見えてきた。
まず、敵の先頭は狼のような生き物が走っていて、少し後方になると狼の集団に混ざって、見たことがない緑色の気持ち悪い人型の生き物がいた。ゴブリンと表現するのが一番近そうな生き物だ。
グォォォォ
ドドドドドドドドド
グゲボォォォアァァァァ
うるさい。狼の鳴き声、迫りくる地鳴り、ゴブリンが発しているのであろう台所の排水溝みたいな鳴き声。
この世界でまともに聞き取れた声が狼とゴブリンの声ってのは俺の心にダメージを与えるのには十分であった。
ショックを受けている間に、お互いの前衛同士の距離が縮まり、騎士団と狼の戦いが始まった。
始まったのだが、さすが騎士団といったところか。前線でほとんどの狼を食い止めている。
わずかに出る討ち漏らしも、後方に控えている住民たちの手により仕留められている。
騎士団に紛れて中心部で無双しているおじ様は本当に何者なのだろう。
状況的に不利と悟ったのか、ゴブリンたちはこちらに背を向け逃げ出した。
……ように見えたのだが、そうではなかった。
一度後方に下がり、石を投げてきた。
恐ろしいことに騎士団が支えている前線を越え、住民が控えている後方まで飛ばしてくる。
大きさは遠目にははっきりとはわからないが、直撃したら軽いケガでは済まないくらいのサイズはありそうである。
ゴブリンの投石を確認した見張り台チームは、チャゲと弓使いの男が一歩前に出て、弓を打つ準備を始める。
「【ニ………ラメ……リ】」
何かが聞こえたような気がするが、戦闘音ではっきりとは聞こえなかった。
見張り台部隊の一斉掃射が始まった。
……俺から言う事は何もないと思う。
チャゲを含め、弓部隊の射撃精度は恐ろしいほど高かった。
一矢一殺とでもいうのだろうか。矢を射る度に後方のゴブリンはバタバタと倒れていく。弾道も放物線を描くというよりも、敵に向かって一直線に飛んで行っている。
隣の見張り台部隊も弾道は同じような感じではあるが、精度に関してはそこまででもないように見える。
こちらの見張り台はエリート部隊が集まった感じなのかな。
ある程度後方のゴブリンを倒した頃、前線もひと段落ついていた。
残るは散り散りになっている敵の掃討かと思ったころ、遠くからこちらをめがけて火の玉が飛んできた。
火の玉は後方に陣取っている村の住民のすぐ側に落ちたが、幸いなことに直撃者はでていないようだ。
それでも火の玉が落下した衝撃と熱風はすさまじかったようで、何人かが落下地点付近に倒れている。
騎士の一人が身振り手振りで何か指示を出している。
それを受け、住人が負傷者を担ぎ、村の中に避難していく。
俺は火の玉の発生源を確認しようと前方を確認すると、先ほどまで戦っていた狼とゴブリンよりも、その体躯が一回り大きい狼が十数匹、ゴブリンが二匹いた。
これが本陣なのであろう。
敵本陣の狼部隊十匹が物凄い速度でこちらに走ってくる。
前線で騎士団が食い止めてはいるが、三匹食い止めきれなかったようで、まだ避難が完了していない住民に襲い掛かろうとしている。
あ、これはマズイと思った瞬間、一匹の狼が宙を舞った。
他の二匹は急ブレーキ。
避難している住民を守るように、おじ様が狼と住民の間に割り込んだ。
おじ様はまだ余裕があるのか首を鳴らすような仕草をし、剣を構えた。
と、同時におじ様の姿が消え、一匹の狼が吹き飛んだ。
残された最後の狼も即座に首を刎ねられ、住民の避難は滞りなく進んでいった。
もうおじ様ひとりでいいんじゃないかな?
俺がおじ様の戦いに見惚れている間も、見張り台の弓部隊は魔法を放ったゴブリンに矢を放ち続けている。
牽制になっているのか、あの一発以外の火の玉は飛んできていない。
前線の騎士団も、突っ込んできた狼の討伐が終わり、残りは狼二匹とゴブリン二匹となった。
ゴブリン二匹は矢から逃げ、何とか火の玉を放とうとしているが、こちらの遠距離射撃に妨害されているのでなかなか放てないでいる。
騎士団が隊列を整え、残りの敵に近づくとなんと狼二匹は背を向け逃げ出したではないか。
ゴブリンを牽制し続けていた弓部隊が、ターゲットを狼に変えるが、すでに狼との射程圏外となっており、狼二匹に逃走を許してしまった。
狼にターゲットが移り、矢の集中砲火から抜け出せたゴブリン二匹の頭上にはそれぞれ火の玉と大きな岩が浮かんでいた。
これを飛ばしてくるのはまずいんじゃないかと思っていた時期が俺にもありました。
結果的に火の玉と岩が飛んでくることはなかった。
おじ様と銀色の鎧の騎士が上空に飛び上がり、落下する勢いのまま剣を振り下ろすと、火の玉と岩は消滅し、ゴブリンは真っ二つになった。
こうしてこの世界で初めての戦闘は終了した。
結局俺は何のためにいたのかわからなかったけど、この世界がどんな感じかを肌で感じることができたのは収穫……といえるのか。
帰りたい……無理ゲーでしょこれ。