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第04話 おもてなし

 振り返ると、何とも言えない表情をしたおじ様がいた。


 「それはちょっと見過ごせねーな」と、でも言いたそうではあるが、その表情は呆れの色合いが濃い。

 

 そして判明したのはこの世界では一瞬で人の背後に回り込む技能は別に珍しくはないということだ。

 チャゲでも出来ていたし、おじ様も出来たとしても不思議ではない。

 そう考えるとモモゲもできるのかな? 何となくだけどモモゲには無理そうなんだよな。

 一瞬で背後に回り込むモモゲが想像できない。


 抵抗する気もないのでおとなしく拘束を受け入れ、再び前を向く。


 いつの間にか、少し離れたところに正座したモモゲがいた。

 モモゲの正面には仁王立ちしたチャゲがいる。


 どうやらモモゲはチャゲに説教されているらしい。


 モモゲは先ほどの恥ずかしさと色っぽさが混ざり合った表情から一変して、シュンとした表情をしている。そして徐々に俯き始めた。


 グゥルゥギュゥゥゥ


 本日二度目の俺の腹の虫が鳴いたところでお説教は切り上げるようだ。

 チャゲはモモゲの手を取り、どこかへ向かった。おそらく台所で夕飯の準備をするのだろう。


 二人が去ってから拘束を解かれた俺は、色々な事があり過ぎてしばらくボーっとしていたが、おじ様に手招きされたので、近づいていく。

 テーブルとイスを元の場所に戻すようなジェスチャーをしていたので、その手伝いをする事にした。


 テーブルを戻し終え、イスを配置している最中に台所と思われる方からモモゲだけが出てきた。

 そしてそのままおじ様と一言二言会話を交わし、玄関から外へ出て行った。


 今から買い出しに行くのだろうか。


 チャゲがいる台所の方からいい音がするので、少しだけ食材が不足していて追加の買い物に行くといった感じだろうか。


 テーブルとイスの配置を戻し終えた男二人は、特にやることも会話もなく、お互い見つめ合っていた。

 どうせならモモゲと見つめ合いたかった。そして大人の階段を上りたかった。


 お互いに会話の手段がなく、沈黙が続いていたが、何かを思いついたのかおじ様が立ち上がり、少し大きな声でチャゲに何かを伝えたのだと思う。

 少しするとチャゲが居間にやってきて、一言二言交わした後おじ様は居間から出て行った。


 チャゲと二人きりになってしまい、この気まずい時間をどうしたらいいのか考える。

 チャゲは俺の一挙手一投足を見逃すまいとジッとこちらを見ている。


 長いようで短い時間が経った頃、誰かが玄関を開けた音がした。

 そして居間に入ってきたのは真っ赤な液体が入った、瓶ビールサイズの瓶を持ったモモゲだった。


 モモゲはそのまま優勝トロフィーを掲げるかのように瓶を天高く持ち上げ、満足顔だ。カワイイ。


 チャゲはどこか呆れたような表情を浮かべながら台所に戻っていった。


 入れ替わりにおじ様も戻ってきた。

 おじ様の手には本と折りたたまれた紙が見える。


 おじ様とモモゲが会話を交わし、それぞれが席についた。

 おじ様が席に着き、そのままテーブルの方側にモモゲが座る。俺はおじ様の正面の席に座るよう指差しで促された。

 三人が席に着くと、おじ様はまず本を開き、俺に確認を求めてきた。


 当然見慣れた日本語で書かれた本ではなく、今まで見たことのない文字だった。

 何ページかめくってみても、書いてある文字に見覚えはない。

 俺が首を横に振り、わからない意思表示をすると、おじ様は当然そうだよなあとでも言いたげな表情を浮かべ、本を閉じた。

 

 そして次に折りたたまれた紙を広げた。

 紙に描かれているのはいるのは地図だった。


 おじ様は地図に指を当て、俺の方を見た。

 おそらく現在地が指を当てているところなのだろう。

 だが、一部の地方を拡大したような、一部しか表示されていないような地図を見せられても何もわからない。

 陸地の形から場所を推測しようにも、この地図からは何もわからなかった。


 そもそも同じ条件で日本地図を見せられても正解の都道府県にたどり着く自信はない。


 首を横に振ろうと思うと同時に地図はおじ様の手によって折りたたまれた。

 この世界の識字率は不明だが、言葉が通じず文字が読めない時点でこの近辺の地図を見せても得られる情報はないと察したのだろう。

 

 本当にここはどこなのか。


 目にしたもので珍しいものと言えば壁に飾ってある(・・・・・)剣くらいか。

 逆に足りないものは、周囲をよく見たらいくつも思いつく。

 まず家電製品が見当たらない。

 居間なのにテレビがない。

 しかしゼロかといえばそうではなく、天井には蛍光灯のような光源がついている。


 しばらく周りを見渡すが、気になるのは天井についている蛍光灯だ。使えるなら電気が通っていることになる。

 

 モモゲは何か思いついたのか、不敵な笑みを浮かべながら席を立ち、カーテンを閉め始めた。


 外はそろそろ夕方過ぎになりそうな雰囲気だったこともあり、室内は物の位置はわかるが文字は読めない程度の暗さになった。

 モモゲはそのまま居間の入り口の方に移動し、壁のスイッチを入れると蛍光灯に明かりが灯り、室内が一気に明るくなった。


 なぜかドヤ顔のモモゲがこちらを見ていた。


 しばしの間、見つめ合う俺とモモゲ。悪くないシチュエーションである。


 しかし段々モモゲの表情が変わっていく。「あれ? おっかしーなー」とでも言いたげな表情をしながら元の席についた。終始首をかしげっぱなしだった。


 微妙な空気になったこの部屋に、完成した料理皿を手にしたチャゲが入ってきた。

 

 変な空気を感じ取ったのか、チャゲが不思議そうな表情をしていると、おじ様がニヤりと笑みを浮かべ、チャゲに何かを話し始めた。そしてモモゲが少し焦りながら会話に参加する。


 状況を理解したのかチャゲは足を止めることなく台所に戻り、配膳を続ける。


 四人分の配膳が終わった。

 最後にチャゲが俺に木製のカップを手渡してきた。


 俺が首をかしげると、チャゲはテーブルの上に置かれている赤い液体が入った瓶を指差した。


 他の三人はカップを手にしていないことから、この瓶に入った液体は俺専用の飲み物らしい。


 ……飲んでも大丈夫なのだろうか? 買って帰ってきたモモゲのテンションからは毒物とは思えないが、俺だけが飲むのはいささか不安である。

 

 俺が飲み物と三人の様子を伺っていることに気づいたおじ様が席を立ち、台所に消えていった。


 台所から戻ってきたおじ様の手には木製のカップが三つ。

 どうやら俺が警戒しているのを察したおじ様は、安全を証明するために全員同じものを口にするように計らってくれたようだ。

 これが気遣いのできる大人というものか。俺も将来はこうなりたいものである。


 しかし、チャゲとモモゲの表情は引きつっている。

 そして抗議しているのだろうか。二人は一斉におじ様に向かって何かを言っている。

 しかしおじ様は一切気にする様子もなく、全員の目の前にカップを並べ、瓶の口を開けた。


 まずはおじ様が自分のカップに液体を注ぎ、その後チャゲ、モモゲと注ぎ、最後に俺のカップに液体が注がれた。

 

 赤い液体は少しドロっとしていた。匂いはどこかで嗅いだことがある。

 最近は飲んでいなかったが思い出した。トマトジュースか野菜ジュースの匂いだ。色合いからみてもトマトジュースなのだろう。

 なぜ飲み物がトマトジュースで、俺専用扱いだったのかは不明だが、そういう文化だと思い納得することにした。

 お客様をもてなす飲み物はトマトジュース。そんな文化があっても不思議ではないか。


 おじ様がカップを掲げ、何かしらの口上を述べている。

 そしてチャゲとモモゲがカップを掲げたのを見て俺も真似して自分のカップを掲げてみる。


 乾杯。


 そして夕食が始まった。

 赤い液体は、トマトジュースだった。

 濃厚だがしつこさはなく、程よい酸味とほのかな甘みが同居した飲みやすい一品でした。

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