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第02話 危機一髪

 草原の中心に佇む一本の木を中心とし、対峙する俺と二人の少女。


 茶髪でショートカットの少女は薄桃色の髪の少女をかばう様に先頭に立っている。

 本来なら女の子が増えた! と喜ぶべきところだけど、状況が状況だし……。


「―――――!」


 弓をこちらに向けて構え、いつでも発射できる態勢で俺の方を威嚇する茶髪の少女。

 臨戦態勢である。


 もしかして……。

 

 恐る恐る後ろを振り返る。


 当然、誰もいない。

 野生動物でも後ろにいたらこの状況に納得できたけど、後方に広がるのは自然豊かな森のみ。


 どうやら警戒の対象は俺で間違いないようだ。


 何を求めているのかも理解できないので、俺はとりあえず両手を頭の後ろに当て、敵意がないことを示す。

 念のため、凶器を所持していないアピールとしてゆっくり一回転してみる。


 一人ファッションショーが終わり、改めて二人の様子を確認するが、茶髪の少女はこちらに向け弓を構えたまま。

 薄桃色の髪の少女は茶髪の少女の後ろに隠れるようにして様子を見ている。


「――――――――――」


 いや、マジで日本語で頼む……。


「ちょっとその武器こっちに向けるのやめないか? 他人に凶器を向けてはいけませんって教わらなかったか?」


 弓をこっちに向けて威嚇されたら普段は温厚な俺でも怒るよ?


 どれだけ時間が経っただろうか?

 三十秒、いや、一分か。お互いにらみ合ったまま膠着状態が続く。


 茶髪の少女がチラリと俺の横に視線を移す。

 俺もつられてその方向を確認するが、特に何も見当たらない。

 そして視線を戻すと目の前には薄桃色の髪の少女のみ。


 ――え?


 茶髪はどこだ?

 と、思考を巡らるとほぼ同時。


 俺の両手は後ろにまわされ、そのまま拘束された。

 首を後ろに回すと、そこには消えた茶髪の無表情な顔がある。


 何が起きたかは理解できないが、状況から考えるとこの茶髪はあの一瞬で俺の後ろに移動したことになる。


 夢の世界の住人は時を止める能力があるらしい。


 「――――――――――」


 耳元で何かを囁かれた。と、思う。

 本当に日本語でお願いします。

 

 俺に抵抗の意志がないのを確認した茶髪は、俺の両手首を後ろで縛る。

 縄のチクチク感が手首を刺激する。

 胴回りにも縄を巻かれ、あっという間に連行スタイルの完成である。


 残念ながら、俺はこの痛みとシチュエーションに性的興奮を覚えるレベルに達していない。

 何をされるのか、いつまで拘束されるのかといった不安で思考が埋め尽くされるのであった。

 


 ◆



 薄桃色の髪の()少女を先頭に、茶髪、俺の並びで森を抜けると目の前に広がるのは畑だった。

 畑はまだ苗を植えたばかりなのだろう。湿った濃い茶色の土が大部分を占めている。


のどかな風景だが、周りを気にするよりも別のことで思考の九割が埋め尽くされている。


 連行される際、茶髪に引っ張られるように歩かされたのだが、部屋着のままだったので、俺は当然裸足だった。

森を抜けるため獣道のような細い道を通るのだが、舗装されている訳もなく一歩足を踏み出した瞬間、痛みで声を上げたのは仕方ないと思う。


 うずくまる俺を無理やり引っ張り、そのまま歩かせようとした茶髪は悪魔に違いない。

 一向に動かない俺を、片付けるのが少し面倒なゴミをどう処理しようかと考えているような表情で見ていたし。

 

 茶髪と薄桃色の髪の少女が会話らしきものを少し交わし、薄桃色の髪の少女は俺の前にしゃがみこんだ。

 その後、肩掛けポーチから布を取り出し、なんと俺の足に巻いてくれたではないか。


 相手を思いやれるこちらの薄桃色の髪の()少女は天使に違いない。

 手のかかるペットに仕方ないなぁ、と言いながらも世話をする母親のような温もりのある表情で布を巻きつけてくれている。

 

 靴もどきを装着させてもらった俺は、歩きにくいものの 茶髪(悪魔)に無理やり歩かされることもなく、無事に森を抜けた。


 久しく見ていなかったのどかな風景を視界に収めながら歩いているが、俺は激しい尿意と戦っている。

 素足で獣道に一歩踏み出した瞬間、痛みを感じると同時に密かにチビりそうになっていた。

 一度気になると、もう気づかないふりをするのは不可能である。


 森の中で足を止め、用を足すという選択肢も当然あった。むしろ普通はそうするだろう。

 

 だが少し考えてほしい。

 

 夢の中でこの尿意を解放したとしよう。

 万が一、目が覚めた時布団が濡れていたらどうなるか?


 シーツ、タオルケットは洗濯するとして、毛布と敷布団、掛布団をどうするか。

 ベランダで干すだけで解決する問題だとは思えない。

 すぐに思い浮か手間だけでも嫌になる。

 さらに精神的な被害を考えると……十七歳になってオネショは……。

 

 大丈夫、まだ慌てる時間じゃない。そう、俺は我慢できる子だ。



 ◆



 畑地帯を抜けると柵に囲まれた村が見えてきた。

 少しずつ近づくにつれ、入口には見張りなのだろうか。槍を持ったどこにでもいる、普段着姿のおっちゃんが一人立っているのが確認できた。


 向こうもこちらを発見したのか、まだ距離はあるが茶髪と会話のやりとりを行っている。


 入口の前に到着し、見張りのおっちゃんと茶髪は本格的に会話のやりとりを開始した。

 おっちゃんは茶髪との会話中も俺の正体を探るような、不審な点がないかを探すような鋭い目で俺を見ている。

 

 これが出来る門番なのかと考えているうちに、茶髪が村の中に向かって歩き始めた。

 俺の縄を茶髪が握ったままなところからすると、俺の身柄は茶髪預かりになるようだ。

 引っ張られる感じで俺もその後をついていく。

 

 しばらく歩いていると、目的地に到着したのだろう。茶髪は足を止めた。

 目的地の敷地内には平屋の家屋が一軒と、農作業道具などを保管するのであろう納屋のような建物と、庭があった。

 

 茶髪は家屋を指さし、中に入るように促してくる。


 正直これから取り調べが待っていると考えると憂鬱ではあるが、牢屋のようなものも近くには見当たらなかったし、それ程酷い扱いは受けないのではないかと予想している。

 ……拘束されるまでの一連の流れは十分酷い扱いだった気がするが。


 薄桃色の髪の少女が家のドアを開け、まず家の中に入る。その間、俺と茶髪は外で待機。

 少し間を置いて今度は茶髪がドアを開け、俺と家の中に入る。


 玄関には靴を脱ぐスペースがあった。

 薄桃色の髪の少女が先に家に入ったのは靴を脱ぐ隙に俺に襲われないようにするためなのだろうか。それとも家の人に状況を説明するためなのだろうか。

 きっと後者だろう。


 家に上がり、茶髪が引戸を開けると居間であった。

 チラっと居間の様子が見えたが薄桃色の髪の少女の隣に、少し日焼けしていて腕組をしているタンクトップ姿の筋骨隆々なおじ様がいたような気がする。

 

 ……まだ確定した訳ではない。

 そんなおじ様は存在していない可能性もある。


 無常にも居間の前で待機なんていう事はなく、茶髪は居間に入っていく。

 当然俺もその後ろをついていく。


 居間に入るとやはり筋骨隆々なおじ様は存在していた。

 

 その風貌から格闘家を連想したのは仕方ない事だろう。

 茶髪で逆立った短髪に、ワイルドな顔立ち。白のタンクトップと作りはシンプルな茶色のズボン姿。腕組をすることで、より腕の筋肉が強調されている。


 表情からは特に警戒している様子は見られないのが少しだけ俺を安心させてくれる。


 茶髪は自分が手に持っている縄を確認しながらどうしようか思案しているのだろう。動きが止まる。


「―――――――――」

「―――――――――──────」

「──────」

「─────────────────」


 おじ様と茶髪が何かを話し合っている。


 話し合いの最中におじ様がチラっと後ろに視線を移しながら、親指を立てた手で壁を指す。壁には剣が飾ってある。

 なるほど。何かあっても問題ないと。

 ……ところでその剣は飾ってあるんですよね? 新品未使用ですよね?


 茶髪も納得したのか縄を床に放り投げ、薄桃色の髪の少女の隣に立った。


 これから話し合いが始まるのだろう。

 だがその前に、二点解決しなければならない問題がある。


 まず一つは言語の壁。正直なところどうにもならない程致命的な問題だと思う。


 そしてもう一点。こっちの問題の方は場合によっては致命傷に至る可能性があり、早急に解決しなけばならない問題である。


 オシッコがしたい──。


 正直ヤバイ。もう限界です。これ以上の先送りは不可能です。決壊しそうです。一瞬でも気を緩めたら試合終了です。


 意を決して俺は動くことにした。

 

 現在俺の向かいに位置する三人はなにやら会話している。


 俺はまずスッっと滑らかに右手を上げる。

 三人の表情が驚きと緊張を含んだものに変わる。


 そして俺は両手を股間に当て、脚を内股にする。


 一拍おいて、股間に添えていた右手で優しく地面に向かって放物線を描く。


 ──伝われ! 俺のこの想い!


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔に変化している三人に伝わるよう、俺は必死にボディーランゲージを続ける。

 俺の右手が三度目の放物線を描いたとき、おじ様の表情が大きく変化した。ワイルドな笑顔に。


「──────。───────────────。──────」


 恐らく俺の状況を察知してくれたのだろう。

 おじ様は「ついて来い」と受け取れるジェスチャーと共に、居間を後にした。

 細心の注意を払いながら、俺もゆっくりと、そして慎重に後をついていくのだった。

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