5-1.謁見
泡の出るビール缶買ってみたんですけどイマイチ違いが分かりません
「さあ、見えてきたぞ、あれこそ、我らの王都。人口千五百万を擁するアルモライヘル王国の首都、ジルフェルナンだ!」
「なんと美しい……」
三月二十二日、早朝。
ついにトーリアス一行は王都へと着いた。彼は馬上で安堵と誇らしさが混ざった様な声色で言い、放浪者もそれを素直に認めた。
なぜなら王都は神秘的な外観をしていたからだ。というのも、この都市はかつて世界が邪悪な存在に汚される前の、光輝ある正しい四季が巡っていた時代に創造されたもので城壁は思わずため息が出るほど高く金剛不壊にて白銀に輝き、たとえこの世の終わりを告げる魔王に攻められることがあろうとも中で一人でも勇を鼓して立ち上がる者がいる限り、決して滅ぼされることはないと言われていた。この都市を守ろうとするものは老若男女問わず勇者なのだ。
「うーん……おはようございます。ここははどこですの?」
「もうすぐ王都に着きます」
放浪者の前に乗っているフーリナイアが眠たそうに眼をこすり、大きく伸びをしながらながら言った。
「フロイもおはよう」
フーリナイアはフロイに朝の挨拶をすると肩を軽く叩く。するとフロイはそれに答えるかのように小さく嘶いた。
最初こそフーリナイアは一方的にフロイに敵対心を持っていたものの、放浪者と彼女二人を乗せながらもフロイは力強く走り、またその穏やかさと大胆さに絆されたのか今ではすっかり仲良くなっていた。
それから一時間後、一行は王都の城門に着いたがすんなり都に入るということにはならなかった。
いくら王命であり、騎士団長トーリアスの連れであり、フェルナイアの紹介状があろうと身元不明の男が王都に武器を持ち込むことに城門の守備兵長は難色を示したからだ。
噛んで含めるように説明を何度も行い、ようやく物理的な身体確認と魔法使いによる検査を入念に受けることでなんとか入門を許可されたころには正午をたっぷりと二時間は過ぎていた。
最後に守備兵長はこう付け加えた。
「それから放浪者殿、承知ではあると思いますがあなたは現時点では我が国の正式な身分はない。もし王の定めた法に背くことがあれば裁判を受けることもなく厳罰に処される可能性もあるということは覚悟しておいてください」
王都に入るとトーリアスは今後の予定について放浪者に伝えた。
まずトーリアスは今回の任務についてエンドリア王に報告を行い、その後放浪者を謁見させるという流れらしい。そのため実際に放浪者が王城に行くのは早くて明日ということになる。その間は近くの宿に泊まるということになった。
トーリアスの名前で宿を取ると、彼らは暫しの別れとなった。
「では、王との謁見の段取りが決まればこちらから連絡する。すまないがそれまではこの宿からなるべく出ないようにしてくれ」
「わかった」
「では放浪者様。私は先に部屋に行って荷物を解いて置きますね」
当然のごとく放浪者と一緒の宿に入って行こうとするフーリナイアをナウリーズが止めた。しかし慌てため襟を掴む形になってしまい首が絞められた彼女は小さく「ぐえっ」とえずいた。
「何するのですか!」
「申し訳ありません、しかしあなたは私たちと一緒に来てもらいます。王への挨拶があるので」
「えー、放浪者様と一緒でいいのではないですか?」
「駄目です、あなたはフェルナイア様からの紹介状だけではなく王への手紙も預かっているでしょう。そもそもですね、当然のように男性と同じ部屋に泊まろうとしないでください」
フーリナイアは文句を言いながらも渋々トーリアス達に連れられて行った。
――――
あっという間に一晩が明け、日の出と共にトグルスが宿にやってきた。謁見の準備が整ったことの報告だった。二人はすぐに宿を出発した。
王都内では非常事態でもないのに軍用馬を走らせることは禁じられていたので王城に着いた頃にはすでに昼の三時を過ぎていた。
王都は先述の通り素晴らしい景観だったが王城はさらに一際変わった造りをしていた。
まず最初に通る城門は銀と鉄で作られており西を向いていた。
次に通る門は金と黒い鋼で造られており、東を向ていた。
最後に通る北を向いている門はなんと木材だけで造られていたのだ。そしてその門はいかなる魔法を用いたのかカリンやチーク、ブナなど木材としては一般的なもので造られているにも関わらず第一門、第二門よりも固く丈夫なのだった。
三つの門を通過し、さらに馬を進めるとようやく王宮の正門が見えてくる。手前の広場には東に噴水が、西に名前のわからない二本の木が生えていて、それぞれに六名ずつ青白く輝く鎧と榛色の布地に金の糸で王家の花であるキングサリが描かれたマントをした庭園騎士が警備をしていた。
放浪者はトグルスにフロイを預けると別れ、守衛の一人に声をかけた。そして自分の杖と剣、それと弓矢を彼に渡した。いかなる理由があろうとも近衛騎士以外の者が武器を帯びて王の御前に出ることは許されていないとトーリアスに聞いていたからだ。
「お待ちください放浪者殿。念のためにその外套と指輪も預けていただきたい」
守衛はそう言うと放浪者から外套と指輪を受け取った。それから彼は王に謁見する際の注意事項を伝えた。と言っても基本的に放浪者から口を開いてはならないということと、常に掌を開いて動かさないでおくということだけだったが。どうやら放浪者が魔法や呪術を使うことを警戒しているらしかった。
「王に招かれた客人を警戒するのは無礼だと承知しております。しかし我らの任務は王のために万全を期すこと。どうかわかっていただきたい」
「いや、こちらこそ気が回らなくて申し訳ない」
放浪者はついに王の広間にやってきた。玉座に座っていたのはこの下級王朝の正統な後継者。美しくも穏やかな表情の中に確かな王者の風格を備えたエンドリア王だった。
玉座の隣には闇夜に月影を受けて輝く雪のように美しい王妃サスフールが、さらにその隣には若々しくもその目に情熱の炎を湛えた王子グアドリア二世が座っていた。
さらにその玉座の両側には雪花石膏色の騎士装束になんの模様描かれていない不気味で無機質な仮面を着け、恐ろしく長い槍と刃の薄い曲剣で武装した近衛騎士が四人ずつ計八人、まるで石像のように身じろぎ一つせず直立していた。
玉座の間にいるのはそれだけにとどまらない、右側にはトーリアス達武官たちが、左側には文官たちが控えており、放浪者が入ってきた扉のすぐ近くには王を監視するための役目を担っている元老院議員達が、やはり物珍し気な表情をしながら放浪者を見ていた。
そしてもう一人、王の近くには巫女装束に身を包んだ女性が立っていた。事前にトーリアスから聞いていた話では彼女が英雄召喚の儀式を行ったという巫女で名前はトウコクホウノフキノヒメと言うらしい。短く切り揃えた青磁色の髪に卯花色の瞳が妖しくも美しい。
放浪者は言われた通りエンドリア王の数メートル前まで歩くと礼をした後名乗った。エンドリア王は彼に一言労いの言葉をかけた後トウコクホウノフキノヒメに言った。
「どうだね、ヒメよ。彼がそなたが召喚したという者に相違ないか?」
「申し訳ありません陛下、見ただけでは何とも……被召喚者が召喚者の指定した場所以外に現れるなどということは初めてのことですので」
巫女は美しい声でそう答えると放浪者を見つめた。その瞳は恐れを隠して気丈に振る舞おうとしているようにも見えた。
「ただ実際に会ってみて……彼からは何か特別なものを感じます。良いものか悪いものかわかりませんが。少なくとも彼が王都に来たことによって何かが変わる予感がします」
エンドリア王は「ふむ……」と思案するような素振りを見せると脇にいた従者に何かを命じた。従者は一旦席を外したがすぐに車輪の付いた机を押しながら戻ってきた。そこにはなぜか放浪者の装備一式が乗っていた。
トーリアスは知らされていなかったようで驚いて気まずそうに放浪者を見た。
「ここにあるのはそなたの装備だ。忠誠の証にこれを全て余に献上せよ。そう言ったらどうする」
「陛下が心の奥からそう思いなら、かつそのことで迫りくる艱難から国を守ることができるのであれば私は拒みはしません。ただ申し訳ないが私が仕え忠誠を尽くす主はただ一柱であり、それは陛下ではない」
「ほう、余ではこれらを扱う力量はないと申すわけか? また余にはそなたが忠誠を誓う程の資質はないと?」
エンドリア王は少し不機嫌そう言った。
「いいえ、私が見ましたところ陛下ほどの力の持ち主であればその剣も杖も、使いこなせるでしょう。しかし努々思い込みなさるな。十全の計略を用いても十全の結果が得られるとは限りませぬ」
「含蓄のある言葉よな、心に留めておこう。ところでそなたは魔法と剣ではどちらが強いのだ。トーリアスはそなたが剣を抜いたところを見たことがないと言っておったが」
「どちらも同じくらい不得手です。あまり出来の良い生徒ではなかったので」
「では、そなたの最も得意な武器はなんだ? 聞いておるところによると弓の腕前も中々のものらしいが」
「先ほども言いましたが、私は呪術と薬学に多少自信があるだけで故郷ではそれほど優秀ではありませんでした。が、それでも最も得意な武器は何かと問われれば槍になります」
「持っておらぬではないか」
「ええ、もちろん」
その答えに王だけでなく全員が放浪者の意図を推し量れず訝し気な面持ちで彼を凝視した。
「うん? 余とそなたの間で何か齟齬があるような気がするぞ。なぜそなたは自分の力を完全に発揮できる状態にしておらぬのだ。トーリアスからも聞いておる。ラーナスールに自分の魔除けの装備を一つ置いてきたそうではないか。いったい何のためにそんなことをするのだ」
「私が槍を持ち、この世界で最も力ある者の一人になっては困るからです」
「誰が困るというのだ」
「陛下たちです」
放浪者はまるでそれが言うも愚かなことだとでもいう風にきっぱりと言い切った。
「もし私が悪に染まった時、外道に足を踏み外してしまった時、使命を忘れてしまった時、私が強くてはあなた達が困る。もし私があなた達に仇なす存在となってしまった場合、あなた達は私を倒さなくてはならないのだから」
玉座の間はが静まり返った。誰もが放浪者の言葉を一言たりとも聞き逃すまいとしていた。
「私は常に不完全な状態で敵と戦わなくてはなりません。未熟なまま闇に飛び込まねばならない。それが私に与えられた加護でもある」
「加護とな……? 力を弱められることがか?」
「はい、その加護のおかげで私は少なくとも卑怯な裏切り者として貶められることはないでしょう。未熟者である私にとってはこの上ない贈り物です」
近衛騎士等の表情を読むことができない少数の者以外の全員が放浪者を尊敬の眼差しで見た。いつの間にかここに入ってきた時とは別人にすり替わっているのではと疑う者さえいた。彼は身長は見た目以上に高く見え、勢威赫々としており四肢に漲る力は千年風雨に晒された岩の様。瞳は寂寥の夜に深閑と輝く月の様に美しかった。
エンドリア王は感嘆して「なるほど、フェルナイアが信用するわけだ、あのフーリナイアの変わりようにも合点がいく」と言った。
「放浪者殿。今までの虚礼を許してはくれまいか。実は門番達にわざとそなたのことを伝えていなかったのは余の命令なのだ。
共に旅をしたトーリアスやラーナスールの者ならともかく余は噂でしか“放浪者”という者を知らなくてな。どの程度の無礼なら耐えられるか、どの程度の圧力になら屈せずにいられるか、まずは試したかったのだ。
しかし今はっきりとわかった。御身はたとえ富貴な出自ではなくとも、かつて大空の彼方で神々と共に暮らしていた我らの父祖達と同じくらい高貴な人格を持たれている」
「慎重であることは良いことです、陛下は賢者であられる。ああ、それに私に敬称は不要です」
多くの者がこれで謁見は終わりだろうと思っていたがそこに待ったの声をかける者がいた。
「陛下、私はまだ彼を完全に信用するには早いのではないかと思います」
ちょこちょこ他作者様の小説も読んでるんですけどやっぱ自分のはテンポが遅いっすね