7.スールでの会議
すいません、書けば書くほどプロットから離れていくので更新速度を落とします。
ロイアスール・スール邸。
三時を知らせる鐘の音が響き渡った。フェルナイアの秘書であるグーインが言った。
「フェルナイア様、会議の時間でございます」
「おや、もうそんな時間か。行かねばならんな」
そう言うとフェルナイア書類を金庫にしまい、身だしなみを整えると会議室へと向かった。
今回の会議は臨時で開かれたものであり、会議室は一番大きい部屋を使うことになっている。
会議室に入るとロイアスールの主だった将官、士官、騎士団長などが一斉に起立し、敬礼を行う。フェルナイアは用意された上座に腰を下ろすと「お前たちも着席してよろしい」と言った。
「さて、今年で二百三十五歳になる私がスール家を継いでからこの大会議室が使われたことはほとんどない。両手で数えて足りるくらいだ。
諸君たちを招集したのは他でもない、放浪者殿がロイアスールを発ってから早数ヶ月が過ぎた。それから魔物の被害が増えていることを聞き及んでいる。そのことに関して皆から見解と意見を聞きたい」
近隣の城塞都市の領主や騎士団長がそれぞれの報告をしていく。
最後に一人の男が報告を始めた。彼は名をアルドゥクと言い、イースールの防衛部隊の隊長だった。
イースールとはラーナスール最西端にある城塞であり、ロイアスールから四十kmほどの地にある。城塞都市ではなく城塞であるため一般人などはいない。千人ほどの防衛部隊が駐屯している小規模の砦といったところだ。
だが小規模の砦といってもこの場所はラーナスールにとっては最も重要な砦といってもよい。最西端という場所ゆえに魔王軍が攻めてきた場合一番最初に戦うことになるのは砦の部隊なのだから。
「イースールではこの半年で二十二人が殉職しました。放浪者殿がジルフェルナンに向かうことで私たちの仕事がこれまで以上に危険なものになることは承知していましたが、これは五年前彼がラーナスールに現れる以上の脅威です。魔物の出現頻度も一度に出現する数も多くなってきています」
「うむ、放浪者殿の行動に何か因果関係があることはおそらくここにいる全員が感じていることだろう。
そこで今日は、彼に来てもらったのだ。放浪者殿とも親しかったようだが……む? どうしたのだ衛士長?」
声をかけられたのはロイアスール西門の衛士長だった。彼は高位の将官や騎士達を前にして緊張していた。
「申し訳ありません。自分にとって分不相応、場違いなところにいるのではないかと……」
「分不相応! 場違い!」
一人の騎士が声を大きくして言った。
「衛士長よ。もし、そなたが戦いの折武器を捨て、使命を忘れ、戦場を離れて婦人や子供に紛れておればそれは確かに分不相応であろうよ。
しかし、今我々がしているのは我らの敵に関することであり、そなたは兵士の一人なのだ。それもラーナスールに限らん。アルモライヘル王国、いやこの世界に住む全ての種族に関わることかもしれんのだ。
兵士が、戦うための会議にいる。これのどこが分不相応なのだ? 場違いなのだ? 我が友よ、どうかその下らぬ緊張は脇に置いて、我らの助けになってはくれまいか? そなたの助けが必要なのだ」
その言葉に衛士長は緊張がとけたわけではないものの自分の職務を再確認したのか将官や騎士団長達の質問に答えていった。
「つまり放浪者殿はランタンを置いていく際に何も言われなかったということか?」
別の将官が衛士長に聞いた。
「はい、あの方は難しい顔をしていましたが何も仰いませんでした。あのランタンが私如きの凡人には想像もできない素晴らしい宝物であることは理解できています。
しかしそれ故に放浪者殿がいかなる胸の内をもってあれを我々に託してくれたのか、ここにおられる将官や魔術師の方々が分かっていること以上のことは私にはわかりません」
フェルナイアは椅子に背を預けながら考え込んだ。魔王との戦いに関して放浪者殿が無駄なことをするはずがない。何か考えか目的があったはずだ。
他の者達も各々自分の考えごとに耽っている。
「ああ、ちょうどそんな顔です」
あれこれ考え込んでいるフェルナイアを見てクジで当たりをを引いたという風に衛士長は言った。
「今フェルナイア様がしているような顔でした。難しい、とうより怪訝そうな顔と言った方がいいかもしれません。放浪者殿は巷ではすべてを修めた方とも言われていますから私は余計に不安になったんです。彼に予期できないほどの事態が起こったら私に何ができるでしょうか?」
「そなたはロイアスール西門の衛士長であり、私はそれ以上の役目は求めない。少なくとも平時においてはな」
フェルナイアの言葉に衛士長は「では、そういたします」とだけ答えた。
フェルナイアは衛士長が今言ったことを含めて再び考えた。放浪者殿がランタンを置いて行った目的を言わなかったのはなぜか? それは彼自身にもはっきりとわかっていないからではないだろうか。
それは確信のある閃きというより朧げな推測に過ぎなかったがフェルナイアは意を決して言った。
「イースール防衛部隊の引き上げを命じる」
その命令に会議室が騒めいた。前述の通りイースールはラーナスールの最西端の城塞でありその重要度は極めて高い。フェルナイアの言う通りイースールをもぬけの殻にすれば、それは必然的にここロイアスールで相手を待ち構えるということになるからだ。
「天地開闢より守られ続けてきたイースールを放棄するということですか?!」
アルドゥクは言った。今までの戦争では必要な戦力をイースールに送り敵を迎え撃つという戦い方をしてきただけに今回のフェルナイアの命令に驚いたのだ。彼は続けて言った。
「それがどういうことかお分かりか? イースールはただの砦ではない。魔王に一度も破られたことのない不落の城塞。時には二千の兵で五万の敵を撃退したこともある。イースールが健在ということで民たちや兵士たちをどれだけ勇気づけられているか。それでも殿はイースールの部隊に引き上げを命じるのですか」
「その通りだ」
フェルナイアはゆっくりと、しかし力強く言い切った。
「私は賢者ではないが、全くの無知というわけでもない。アルドゥク隊長よ、今そなたが言ったことは私も重々理解している。ゆえにただこの命令を黙って聞けとは言わぬ、アルドゥク隊長よ、そなたも放浪者との面識はあるだろう」
「面識があるどころか随分と親しくさせていただいたし、私の部下が命を救われたことも一度や二度ではありません」
イースールはラーナスールの最西端。それはイースール以東は魔王の脅威から守られているということと同時にイースール以西は前人未到の魔の大地であることを示している。
五年前、放浪者が現れ魔物退治をしたり幅広い呪術や薬学の知識を披露した事よりも彼が尊敬される理由、それはイースール以西に足を運んだことにある。
まだ放浪者をよそ者と警戒していた頃、初めて彼がイースール以西に行った時は生きては帰れまい、と厄介払いが出来たくらいにしか考えていなかった。
しかし彼は帰ってきた。 アルドゥクを含めたイースールの防衛部隊は驚きの眼差しで放浪者をまじまじと見つめるしか出来なかったが、彼はその後も幾度となく魔の大地に赴いた。
「うむ。で、あるならば放浪者殿もイースールの軍事的重要性は分かっておられるはずだ。そのうえで彼はイースールではなくここロイアスールの西門にランタンを置いて行ったのだ」
全員がハッとした表情になった。確かに魔除けの道具であるならば、より敵に近い場所に置いておく方が効果的だ。
「ゆえに私は考える。今回の戦場となりうるのはイースールのあるルコヘイン平野か、それともロイアスールか。私は後者だと考えている。
ならばイースールの少数精鋭たちはここにいた方がよい」
誰も、何も言わなかったがやがてアルドゥクが口を開いた。
「殿のお考えはよくわかりました。では私はこれよりイースールに戻り、部隊に撤収の準備をさせます。
殿や他の将官の方々は市民への説明や準備等をお願い致します。何しろイースールを放棄するのです。市民の恐れや混乱は予想できますし、我々の新たな駐屯地も必要ですから」
会議が終わり将官や騎士団長達が退室し、会議室にはフェルナイアとグーインだけが残された。
グーインが独り言のように呟いた。
「イースールの放棄……吉と出るか凶と出るか」
「もし、凶だったら……」
フェルナイアは深いため息をつきながら言った。
「私の名前は永遠に人々の歴史に刻まれることになるだろう。“最も愚かな人間”“アルモライヘル王国に脅威をもたらした者”“全ての種族の敵”そんなところか。
ともかくこの決定はすぐにでも王都に知らせなくてはならない。王都にいる放浪者殿の考えも聞きたいしな」
ちょうどその時六時を知らせる鐘がロイアスールに響き渡った。




