6-2.放浪者と巫女
在宅ワークのせいでちょっと太ってきました。
部屋に戻るにも夕食を食べに行くにしても少し早い時間だったので、放浪者が城壁をぶらぶらと歩いていと不意に声をかけられた。
「放浪者殿!」
振り向くとそこにはグインランドとカルヘルンがいた。二人とも非番なのか武器を帯びておらず、手に籠を持っていた。
「我々は今日はもう勤めが終わりましてね、お時間よろしければどうです?」
そう言うとカルヘルンは籠の中からワインの入った瓶を取り出して見せた。
「ご一緒しよう」
三人は一度王城内に入り、高層部まで足を運ぶと再び外に出た。夕焼け空の下では労働を終えた多くの民たちが帰路についたり、居酒屋に入って行く姿が見えた。鍛冶屋の集まっている区画ではまだ煙突から煙が出ていた。
三人は城壁に腰掛けるとそれぞれグラスにワインを注ぎ、干し肉を齧りながら他愛もない話を始めた。
放浪者はその会話中も西の空、つまりラーナスールの方向を見ていた。彼は王との誓約があるため魔術的なものは行うことが出来ないが星辰や風向き、賽子を使った占術は毎晩行っていた。その結果が、やはり西に災い有という結果が出ていたからだ。
「いくつか書物を読まれて知っているかもしれませんが」
放浪者の考えていることを悟ったのかグインランドが語り始めた。
「スールの家は本当に特別な都市なのです。この王都と同じく、上級王の名残がある都市と言えるでしょう」
上級王とはいったい何者なのか、まずそれを説明しなくてはならない。
それはまだ神々や上位者がこの世界で人間やその他の種族と共に暮らしていた時代、その神々や上位者に教えを受けた王たちのことを指す。この王城も今となっては失われてしまったがその時代にいた上級王の卓越した技術によって建立されたものだ。
つまり、今この世界にいる王たちは神々や上位者の教えを直接受けていないというだけであり血筋やその高潔さは受け継いでいる。ただ区別するために、上級王と下級王という分類があるだけなのだ。
「私達はあなたを信じている、賭けていると言ってもいいかもしれない。なぜなら放浪者殿からはかつていた上級王や神々と同じような偉大さの片影を認めることが出来るからです」
「彼らと会ったことはありませんがね」と彼は付け足した。放浪者は驚きを隠しながら二人の騎士を見た。彼も今まで多くの知己を得てきたが一介の騎士でここまで鋭い洞察と信念を持っている者は珍しい。
「そしてだからこそ」と今度はカルヘルンが声を大きくして言った。
「フーリナイア様のことは前向きに考えてくださいよ」
「うぅ……いやそれは」
「そこを何とか! 正直我々“放浪者を信じる派”としてはあなたには魔王と戦うよりも先に嫁をとり、家を興してほしいと思っているくらいだ」
「カルヘルンの言う通りです。というのもそうすれば上古の同盟を復活させることが出来るかもしれないからです」
「上古の同盟ですか……」
「そう! 上古の同盟です!」
グインランドが力強く言った。
「今となってはもう御伽話の中にしか出てきませんがかつて上級王達がいた時代、魔王に立ち向かうためこの世界の全ての国、全ての種族が同盟を組みました。その軍勢の威容は魔王どもの心胆を寒からしめるほどだったと聞きます。
しかし、魔王どもは戦い方を変えました。力で我々を支配するのが難しいと悟ったのです。奴らは上級王がこの世を去るのを待って陰謀や呪術などを用いてじわじわと我らを苦しめることにしたのです。
その効果は悔しいことに覿面でした。疫病や呪いによって多くの国や都市が滅びました。中にはその邪悪な力に魅せられ奴らに屈服する者も現れました。今となっては近隣の国とは友好を保ち同盟もあるものの、遠い東の国々とは交流が絶えて久しいのです」
その顛末は放浪者も多くの書物から大まかにだが把握していた。
小人族や小鬼族などは畜産や林業には長けているものの、戦いに向いていない。そのため多くの種族達が魔王たちの侵略で数を減らしてしまったこと。
魔王を最も激しく憎み、また魔王からも最も激しく憎まれ、人間達とは良き友だった鬼族は上古の戦いでほとんど滅び、今となっては数えるほどの家しか残っていないこと。
純神霊族が戦いを嫌い、他種族との交流を避けることになったこと等はこの世界にとって特に大きな損失と言われていた。
「それからもう一つは何と言ってもあれですよ。元々私たちの任務はあなたをこの王都に連れてくることだった。その任務が果たされたからには巫女殿とも上手にやってほしいものですな」
「スールの家と巫女の族では格はほぼ同じですから難しいことかもしれませんがそこは英雄色を好むとも言いますしねぇ」
朝、夕方、そして今。三度目の正直だった。またもや気にかかることを言う二人に放浪者はすかさず聞いた。
「召使や侍女、それに司書達にも聞かれたが私と巫女殿との関係がどうしてそんなに気になるんだ?」
「え……?」
放浪者の言葉に二人は信じられないといったふうに顔を見合わせた後、カルヘルンが聞いた。
「放浪者殿、かつて魔王デイナスを打ち破った勇者をご存じですか?」
「日晷に佇むオルホディアだろう」
「では彼が魔王を打ち破った後、誰と結婚したかは知っていますか?」
「たしか……ロウサンシュンヨイノヒメだったはずだが?」
まだピンと来ていない放浪者に今度はグインランドが聞いた。
「ウル・イの魔王を倒した英雄をご存じですか」
「斃れて後已むカニヘレンだったっけ?」
「そうです、では彼の妻となった女性の名前は知っていますか?」
「ええっと、ゴクエヌツスキノヒメ?」
「ゴクエフブスキノヒメですよ、さてここまで言えば何かわかりませんか?」
まだ思い当たることがないのか黙り込んでいる放浪者に信じられないといった表情でグインランドが聞いた。
「ヒニウツミチノエナガヒメが召喚した勇者をご存じですか?」
「えーと……」
「ゲンジニツラナルモノですよ。ちなみにこの二人は後に夫婦になりました。さすがにここまで言えばわかるでしょう?」
放浪者は顔を顰め、腕組みをし、首を傾げてたっぷり二分ほど考えていたがようやく思い当たることがあったのか口を開いた。その様子は普段の彼からは想像できないほど恐る恐るといった感じだった。
「おい、まさか……」
「そのまさかです。というかあなたも変なところで鈍感ですね。巫女は召喚した英雄と添い遂げるのが通例です。同性の場合は親子の縁組をしたりしますが、家を興すという意味では同じようなものですね」
「巫女が結婚するということは、すなわち勇者が召喚されたということの証拠になります。それだけで民は勇気づけられますし、兵士の士気も上がる。フーリナイア様のこともありますが巫女と勇者が結婚するというとこはこの世界では非常に重大かつ重要な祭事なのです」
二人の言葉に放浪者はしばらく口をあんぐりと開けて固まっていたが我に返って言った。
「い、いやいや。絶対結婚するというわけではないだろう! そもそも召喚された勇者と結婚しなかった巫女だっているじゃないか!」
「まあそりゃそうですが、それは例外です」
「じゃあ私がその例外に含まれたっておかしくはあるまい」
「いやぁそうはいかないでしょう」
「なんで?!」
「そういう例外は本当にこの世界が始まって間もない、つまりそういう慣習がなかった時代のことだったり、勇者が魔王と相打ちになってしまったり、まあいわゆる『どうしようもない事態』に陥った時だけですから」
「いやだからと言って……ああ! そうだ、そもそも私は巫女に召喚された勇者とは自称していないんだから結婚も何もないだろう!」
「謁見のことは団長聞きました。もう王城どころか王都中に広まっています。スールとレグランデの家に友とされ、王に認められ、近衛騎士に殺気を飛ばされて眉一つ動かさないでいられる勇士。巫女の召喚した勇者じゃなくて何だというのです?」
「私のことを認めていない者たちもいるだろう!」
「じゃあ、あなたは私たちの味方ではないのですか? 魔王に与するものだと?」
「なんでその話が出てくるんだ」
「時間の問題だからですよ。あなたが魔王を倒せば、もしくはそれに準ずる戦果を挙げたのならばそれは自ずと証明される。皆が思うでしょう『あなたこそが巫女に召喚された勇者だ』と。で、あなたが巫女と結婚しなければ、彼女は周囲から代々続けられてきた神聖なる使命を放棄したと思われますよ」
酒がはいっているせいかいつもより饒舌に話す二人と、もっともらしい理論に返す言葉がない放浪者。たしかにそうであれば召使や侍女、司書たちが言っていたことは筋が通る。しかし、それにしては今日の彼女の行動に関しては引っかかるところがあるように思えた。彼女の行動や発言にはどこか無理をしているのではという印象を受けたのだ。
「いいですか放浪者殿、ただの一介の騎士に言われるのは癪かもしれませんが英雄の仕事はただ魔王を倒して終わりではありません。今までもそうでしたし、これからもそうです」
「ええ、そうですわ御主人様。子を成し、家を興すもの魔王を打倒するのと同じくらい大切な事ですわ。英雄の仕事には戦場での活躍だけでなく次の時代を創ることも含まれていますわ」
「英雄や勇者、賢者と言われるものがなぜ特別なのか。それは戦士や騎士とは違うからです。市民の希望であり、我々の師であり、王の友人であるのだから」
放浪者は思った。確かに三人の言うことは正しい。今まで旅してきた世界でもそうだったが魔王を倒して終わり、ということは一度もなかった。
邪悪によって建造されたものの破壊。汚染された大地の浄化。呪いを受けた者たちの治療。世界を元通りにすることはできなくても可能な限り癒すことも自分の役目だ。
だけど……それでも……
「うん? 三人……?」
妙な違和感を覚えてグインランドたちの方に向き直る。
「どうかなされましたか騎士様、御主人様?」
ニコニコとほほ笑みながら佇んでいるフーリナイアを彼女以外の三人が凝視する。数秒の間を置いて、
『フーリナイア様?!』
男たちが同時に叫んだ。フーリナイアは笑みを崩さず言った。
「ど、どうしてこちらに……」
「たまたまですわ。休憩にお水でも飲みに行こうかと思ったら騎士様と御主人様が見えたので少し隠れてお話を伺っていましたの」
グインランドにそう答えるとフーリナイアはスッと目を細めて聞いた。
「それよりも、先ほどの話ですが。もしかして騎士様達は私よりも巫女様の方が放浪者様の伴侶には相応しいとお考えなのでしょうか?」
「フーリナイア様……これは言葉の綾と言いますかなんというか……」
「あら、私は今は王城で働く一介の侍女、様付けなど不要でしてよ? グインランド様? カルヘルン様?」
「あ、アハハ……おっといけないこれから用事があるんだったそれではこれで失礼いたします」
「そうだったそうだった、私も任務があるんでした……放浪者殿、有意義なお時間をありがとうございました」
そそくさと退散の準備をする二人に放浪者が慌てて言う。
「お、おい待て! お前たちさっき今日の務めは終わったって言っていただろう!」
「いやー私たちとしたことがお恥ずかしい! てっきり仕事を一つ忘れていました!」
わざとらしい言い訳をしながら二人はグラスや屑を籠にしまうと足早に去って行ってしまい、放浪者とフーリナイアだけがその場に残った。彼女は「まったく、そんなに怖がらなくてもいいのに」と呟くと放浪者に向き直って言った。
「今更ですわ。巫女と英雄の関係なんてこの国に生まれた者なら子供でも知っていることですし、放浪者様が王都に行かれると聞いた時からこの問題が出ることは承知していました」
「私は今まで知らなかったんですけどね」
「ですけれど! それを踏まえて、私は放浪者様の妻になりたいのです、相手が王族だろうが、神聖な巫女だろうが私には関係ありません。いつか家郷におられる放浪者様の妻と肩を並べるくらい立派な女になります! だから覚悟して待っていてくださいね!」
そう言うと背を翻して去っていくフーリナイアを見つめながら放浪者は疑問は解消されたものの新しく増えた悩みの種をどうしたものかと頭を抱えた。
プロットを直しても主人公が全然ヒロインと絡んでくれなくてやばい




