1-08 大掃除2
黒目黒髪は、珍しい。
ほとんど聞いたことも見たこともない、それは本当に綺麗な少女だった。
少女は、見掛けとは違い不遜な物言いと、滲み出す貫禄に数多の修羅場を潜って来ただろう事がうかがえた。
名をドクターアンと名乗っていた。
本人は、自分を医者だと云う。
試しに、丁度産気づいて苦しんでいた娘を見せた処、尻を蹴飛ばされて鞄を持ってこいとその場を追い出された。
鞄とは、あの黒い獣の背に括り付けてある物に間違いは無いだろう・・。
恐る恐る黒い獣に近寄り、寝ているその背にそっと手を伸ばすと一度目を開きこちらを見たが、また目をつぶって寝息をたて始めた。
ホッと息をつき、そっと背の鞄を持ち上げた。
馬の鞍のように背に渡されていた鞄は、見かけよりずっと重かった。
急いで鞄を抱えて戻ると、男は入るなと女達に鞄を引っ手繰られてまた外に追い出された。
一時ほど過ぎた頃、赤ん坊の鳴き声がして女達の歓声が上がったのだった。
女達の話によると、あの少女は最初から最後まで堂々と落ち着いて助産にあたり、初参だった娘に一欠片の不安も見せずに、こんな事は息をするのと一緒なのだと元気づけていたそうだ。
手伝いの女達にも手順の意味や、何故そうするのかを事細かく説明し、あんた達でも難しいことはないと、指導してくれたそうだ。
あんな医者は、村にも街にも居なかったと兎に角べた褒めだった。
翌日、産後の診察を済ませた少女は、また黒い獣に乗って山に分け入って消えた。
『気が向いたら、また寄るよ。
達者で居な!』
その後、黒い獣に乗った黒衣の少女ドクターアンの噂は、隠れ里から隠れ里へとみるみる広がり、あっという間に認知される様になっていった。
そしてそれから2ヶ月後、運命の時は訪れる。
『さあ、始めようか♪』
◆
[DGウイルス、散布開始。
72時間ごとに3度散布します]
『ウイルスの潜伏期間は?』
[およそ3日で発症します。
アポトーシスタイムは、散布後180日・4320時間です]
『了解!あたしゃこのまま地上を周るよ。
何か変化があったら知らせな。
それと、隈無く記録を撮っときなよ!
後でじっくり見るからね!ケケケケケッ♪』
DGウイルスが散布されて3日後、ガアの尖兵達はパニックに陥った。
まず、気だるさの後に、手足の末梢神経に激烈な痛覚を感じ始めた。
指先が痛くて物が持てない。
足の指先が腫れ上がり、靴も履けないし禄に歩く事もできない。
痛みは7日7晩かけて徐々に全身に広がり、瞬きをしても痛い。
息をするのも痛い。
物音が耳に届いたその振動さえもが痛みとして認識された。
心臓の鼓動さえも痛みに感じ、心停止に至る。
まず、最初の症状を訴えた者たちから順に死を迎えた。
新生児や子供は、自分の鳴き声や悲鳴でショック死した。
可哀想だがゴブリンを妊娠していた者達は、全て流産した。
運の良い者は生き残ったが、世話をするものも絶えてしまい後を追う事となった。
覇権国家ガアの辺境派遣軍、旗艦艦長室。
「何ということだ・・。
こんな奇病は、聞いたこともないぞ!」
「この星の風土病では無いでしょうか。
何が原因なのか、皆目検討も付きません」
「船医は、何と云っている?」
「それが・・、先程発病して隔離されました。
もう言葉も話せません」
「なに?
それでは誰が治療に当たるのだ?」
「現在、近隣の艦と前線基地に連絡を取りましたが罹患を恐れて、我々だけで対処せよとの事です」
「我らは、見捨てられたということか?」
「先程入ってきた通信には、近隣惑星上と航行中の艦内でも発症が確認されました。
発症の確認された船は、惑星への寄港を禁じられるとの事ですが、既に定期便が先程帝都へ飛び立っております。
船はオートパイロットで、帝都ガアシティーに着陸いたします」
「・・」 パタンッ
「艦長・・」 パタンッ
痛みに絶えて対応をしていた艦長と副長も、事の重大さに気がついた時には既に遅かった。
何も出来ずに倒れたのだった。
一ヶ月後、ゴブリンの息絶えた惑星上でドクターは思案にくれていた。
[先程、最後のゴブリンの反応消失を確認いたしました。
殲滅完了です!割としぶとかったですネ♪]
『予定通りなんだけど、この巨大なゴミどうしようね?』
[どうせ欠陥品ですし、残しても害にしかなりませんよ。
分解しちゃいましょう]
「・・了解、スクラップ用のワーカーとガーディアンでバラして回収しといて。
あたしは、ゴブリンが居なくなった事を知らせて周るから」
『アイアイ!マスター。
お早いお帰りをお待ちしております♪』