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2-07 天使の評判




 私は、第4騎士団諜報部に所属する所謂(いわゆる)間諜(かんちょう)、諜報員である。

 仕事柄、名は伏せさせて頂く。

 ハーフエルフである私は今、ザインの首都の底辺、スラムの中心部に来ている。

 ハーフエルフの中でも特に容姿がヒューマンに近い私は、耳の先がチョッと尖っているだけの17ぐらいの普通の娘に見えるはずだ。

 実は、既に50を超えているがそれはエルフの血のせいである。


 今回は教会の上も上、ずっと上の方から現在のスラムの状況を調査せよとの指令である。

 そして、その中心人物と思われる診療所の主、Dr.アンの個人情報、背後関係や組織の関与などあらゆる情報を調査せよとのお達しである。


 無理!一人では絶対に無理と上司に泣きついた処、嫌そうな顔でスラムの聞き込み全般とDr.アンへの繋ぎ要員を押し付けられてしまいました、シクシク・・。


 (なげ)いて居ても仕方がないですね。

 平凡な下町の町娘の格好をした私は、トボトボとスラムに向かったのでした。


 随分と下まで来ました、もうこの辺からスラムの(はず)なのですが、街が汚くない!

 だいたい、街の境は匂いで分かるんですが臭くありません?

 大雑把に上層界、中層界、下層界、下町、スラムと5つに分かれる都市の界層ですが、今ではスラムのほうがお日様の匂いがして歩いていてホッとします。

 ここと比べると、上層階と中層界は基本清潔ですが消毒臭いです。

 下層界と下町は、生活臭はしますが臭いというほどではありません。

 以前は、スラムまで降りると()えたような匂いがしたのですが、それがほとんどしません。

 壁の落書きも綺麗に落とされ、街角に積まれていたゴミや廃材もありません。

 何故でしょう?昔懐かしい下町のレンガ通りを思い出します。

 以前からは考えられない様な商店が店を出し、要所要所に露天や屋台まで目に付きます。

 アッ、あれ美味しそう。

 前を歩いていた親子が、顔の(いか)つい屋台の店員からパンに何かを挟んだ物を渡されて、その場で(かぶ)り付きました。

 ジュルリッ・・、そう言えば慌てて出て来たので、朝食はまだです。

「・・グゥ~・・」とお腹がなってしまいました。

 前を見ると、さっきの厳つい顔の店員がこちらを見てニヤついています。

 お腹の虫が鳴いたのを聞かれてしまったようです。

 店員は、これ見よがしに具材をタレに漬け、焼台でジュッと音と煙を出して焼き始めました。

 強烈な香ばしい肉の焼ける匂いと、これはタレの香りでしょうか、穀物を香ばしく煎ったような熟成した香り。

 これは、卑怯です。

 私はヨロヨロと屋台の前に進み出て、「一つ下さい」と敗北宣言をしたのでした。


「ラッシャイ!

 バーガー1丁!

 アリアトヤシタ~!

 姐ちゃん、熱いから気をつけて食いなっ♪」


「あっ、ありがとう・・」


 パンに挟まれた葉物と焼いた肉の塊に黄色い辛子と赤いソース。

 店員は、バーガーと云っていた物を渡された手からは、熱々出来たてで湯気を上げている。

 強烈に美味しそうな匂いと熱さに我慢できず、齧り付いた途端に口の中に広がる肉汁とスパイスの効いたタレの香り、シャキシャキの葉物の歯ごたえと甘酸っぱいソース、そしてピリリと効いた辛子が単調になりそうな濃い味を引き立て飽きさせない。


「ハフハフッ、旨ッ♪、ゴクン!」


 夢中で屋台の前で食べる私の姿を見て、どんどんと行列が出来てゆく。


「ゴクン、ふ~ごちそうさまでした・・」


 周りを見るといつの間にか、屋台には人だかりが出来、私と同じ様に夢中で食べているではありませんか・・、カッと顔に血が上り逃げ出したく成ったのですが、屋台の裏から出てきた顔の(いか)つい店員にお茶を渡され、サービス?だと云われました。


(ねえ)さん、い~い食いっぷりだ!おかげで客がたくさん来て助かったぜ。

 俺はよ~、顔が(いか)ついから笑うと子供も泣き出す始末でよ、なかなか客が着かなくて困ってたんだ。

 ほんと、助かったぜ!ガハハハハッ」


「お兄さんは、この屋台始めて長いの?」


「そんなこた~ねえよ。

 まだこの屋台を始めて1月も経たねえが、ヤクザより稼ぎが良いぜ。

 命の心配も要らねえしよ。

 こう見えて俺りゃ~根は臆病なんだ、ネズミ1匹殺した事もねえんだぜ。

 みんな、その図体で何云いやがるって笑うがよ~、ガハハハハッ♪」


「ふ~ん、随分と気前のいい親分さんが居るんだね」


「うんにゃ、今この辺一帯を仕切ってるのは、アンちゃんだ」


「えっ、お兄さんのお兄さんですか?」


「違う違う!Dr.アン、アン先生、みんなはアンちゃんかドクターって呼んでるぜ」


 ・・情報源ゲット~!・・


「へ~、アン先生っていうんだ。

 何してる人?

 仕切ってるって事は、オッカナイの?」


「ああっ、オッカネエな!

 オッカなくて温ったけえ、可愛くってお人形さんみたいだ♪」


「えっ?えっ?ええっ~?

 それじゃ訳がわかんないよ」


「もうそろそろ昼時(ひるどき)だ、向こうから来るだろうぜ。

 俺もこれからが書き入れ時だ。

 (ねえ)さんも又、食いに依ってくれよな」


 昼時?

 向こうから来る?

 どういう事?


 (しばら)く経つと道の真ん中を、向こうから黒い物が来る。

 周りには、ゴミを拾う子供たちと見物の客だろうか。

 路地から小汚い男が転げるように列の先頭に飛び出してきた。

 不意に行列が止まると、黒い塊が2つに別れて上の塊が飛び出してきた男の襟首を掴んで、角の家の2階のベランダに跳んだ。

 その2階から声が聞こえる。


『まったく、何でこんなになるまでほおって置いたんだい?

 あたしがこなきゃ親子揃って死んでるよ。

 あんたは、それでも亭主かい?

 診療所まで背負ってくるぐらいの気概を見せな、そのくらい出来るだろう。

 兎に角、手の開いてる女達は湯を沸かしな。

 ここでやるからね。

 男は、近寄るんじゃないよ!』


 いったい、今から何が始まるんだろう。

 私は、風の魔法を使って音を集める。

 これが出来るから私は、諜報部に居るのだ。


『チョッと早産気味だけど何とかなるだろう。

 あんたは、少し寝てな。

 寝てる間に終わってるからね。

 キシャ~ル!麻酔の管理よろしく!』


 すると地上に居た巨大な黒い猛獣が答えた。


[ウナァ~ン(麻酔導入開始します)]


 スルスルと背中から触手が延びて行き、2階の窓越しに何か作業を始めたようだ。

 カチャカチャと金物の音とブツッという何かを切る音が聞こえる。

 料理でも始めたのだろうか?

 5分もすると、小さな息を吸う音に続いて赤子の鳴き声が聞こえた。


『まあ、少し未熟児だけど何とかなるだろう。

 あたしが良いって云うまで、このカプセルから出しちゃ駄目だよ。

 分かったね。

 さあ、最後の仕上げだ』


 そこからは、何をしているのか音だけでは分からなかった。

 ハサミで糸を切るプツンという音を最後に、音は聞こえなくなった。


 建物の1階から、小さな御包(おくる)みの形のカプセルを抱えた先程の男と黒い少女が出て来たのは、間もなくの事だった。

 涙を流してペコペコと頭を下げる男とブツブツとお小言を云いながら、


『明日、母親が目を覚ましたら子供と一緒に連れて来な。

 これは、命令だよ。

 その時、子供の経過を診てカプセルの使い方を教えるからね』


 ・・エッ、子供が生まれたの? 

 こんな短時間で?

 死にそうだったらしいけど、聞こえてくる話だと助かったみたいだし???

 目の前に居た、訳知り顔の雑貨屋の女将さんに声をかけてみた。


「ねえねえ、何が遭ったの?」


「あんた、良いもん見たね~。

 今朝方(けさがた)あそこの宿六が飲んだくれている間に、身重の女房が階段から転げたのさ。

 その時に診療所に行ってたらこんな騒ぎにも成らなかったんだろうけどさ。

 始めは、大丈夫って云ってたらしいけど具合が急変したんだね。

 アンちゃんが通んなかったら、親子して死んでたよ。

 本当に、運がいいよね~。

 でも、アンちゃんがここに来てから(とし)()された以外に死んだ話はとんと聞かないね~」


「あんな、あっという間に赤ちゃんを取り上げたんですか?

 すご~い」


「あたしゃ側で見てたけどね、驚くんじゃないよ!

 妊婦の大きく成ってきたお腹を掻っ捌いて、赤ん坊を取り出してから、妊婦のお腹を手が見えないほどの手際で閉じたのさ。

 禄に血も流さずに、妊婦のお腹にもほとんど傷が残ってないんだ。

 スゥーと白いスジが一本有るだけだよ」


 女将さんの話を聞くとそれはもう、ぶっ飛んでいる。

 確かに良く話を聞くと魔法じゃない!

 魔法では、そんな事は出来ないし聞いたこともない。

 あの黒い少女は、一体何者なんだろうか?

 それを調べるのが、私の使命。

 アハッ、無理じゃネ?






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