2-04 日常
ジャン爺さん、伊達にマフィアのボスしている訳じゃなかった。
こ~の古狸が!
『キシャール、ジジイの裏は取れたかい?』
[ナウ~ン(はい、ジャンの云っていることに概ね間違いはありません。ただ、全てを話すほど信用もされていないようですね)]
まあ、あの狸のことだ、あたしらを利用する気、満々だろうけどね。
まっそれは、こっちも一緒だから別にかまわないさ、好きなように動くさね。
あたしゃDr.アンだ、誰の指し図も受け付けないよ♪
『教会の動きは、掴めてるのかい?』
[ナナ~ン(教会でもここの内定は進めていたようです。好き勝手に治療行為をそれも無料で行っていますからね、目を付けられるのも当たり前なんですが・・。明日、乗り込んでくる様です)]
『メンバーは?』
[ウナ~ン(調査執行部助祭と名の付いた異端審問官と警護の聖堂騎士が10名ほどですね。そよ風程度の驚異にもなりませんよ)]
『フ~ン、おちょくり甲斐が有りそうな奴だと退屈しのぎに良いんだけど、上を引っ張り出すのにはそれなりに貫禄を示さないとね~、ケケケケケっ♪』
◆
翌日もいつものように夜が明ける頃には、診療所の前に行列が出来ていた。
日に日に患者の数は増える一方で、中には話を聞きつけて遠方の街から訪れる者まで出始めている。
アンとキシャールの辞書には、休憩や休息という言葉は無い。
文字通り、睡眠時間も要らない1人と1匹をこの診療所に通う者達は、人ではなく神の使い、漆黒の天使様と呼ぶようになっていた。
それも其の筈アンのいつもの格好は、黒衣(黒い白衣)に黒い下駄。
巨大な黒いネコ科の獣を助手に引き連れ、時には乗って駆け抜け、流れるような手際で治療を熟してゆくのだ。
カラコロと下駄を鳴らしながら歩くので、アンが通るとスラムのみんなは直ぐに気がついて挨拶に、顔を見に出て来ては声をかける。
アン達の日課は、ここ半年休むこと無く次のように続けられていた。
朝から正午までは、初診の患者。
昼から3時までは、往診しながらスラムの巡回という名の散歩。
そして日が暮れる半時前には、休診となるのだ。
綺麗になってきたとはいえ、ここはスラムのド真ん中である。
日が暮れると物騒な場所である事に変わりはないのだ。
アンは散歩をしながら子供を集める。
手伝いや寄って来た子供達に栄養満点のカロリーバーを一つずつくばり、ゴミを拾わせ掃除をさせる。
このカロリーバー、キシャールの船内で製造されている完全食で、1つ口にすれば成人男性が2日は活動できるだけの栄養素を含んでいる。
通常、非常食として戦闘服や船外作業服に装備されているものだが、アンもキシャールも基本的に食物を摂取しない。
ダブついている物資の一つとして有効活用しながら、人体実験といえば言葉は悪いが健康に及ぼす栄養の違いなどをモニターが続けられている。
キシャールのバラまいたインセクターは、死角がないほどに街に広がっており、アン達がこの街に来てからというもの、行き倒れや孤独死など1人も出たことがない。
この半年で、路地裏でやせ細っていた子供達は、健康的な身体つきになり、掃除の行き届いた街は見違えるように綺麗になった。
住民からしてみれば、正に神か天使である!
そしてその日、大きなが変化が訪れようとしていた。