『新東京』に翻弄される。②
時計の針が23時を指すと、東京タワーからゆったりとしたジャズ音楽が流れ、その音は東京の町中に響いた。
『只今の時刻、23時をお知らせいたします』
落ち着いた女性のアナウンスが流れる。
『明日11月14日のお天気は晴れ、素敵な1日となるでしょうーー』
バタバタバタッ
女性のアナウンスをかき消すように大男たちの足音が東京湾付近の廃工場で鳴り響く。大男達は黒塗りのセダンを廃工場入り口につけ、工場内に乗り込んでいった。
車を降りると、遠くからはサイレンが聞こえていることに気付いた。
「クソッ!サツがつけてきやがるぜ」
大男たちの手には拳銃やマシンガン。皆がスーツを着ている。
「今の日本の警察なんて、せいぜいオレらマフィアの監察役だ、気にすんな。それよりも、目の前のアイツに集中しよう」
大男たちは誰かを探していた。
そしてその人間が今日この場所に現れることを小耳に挟んだのだ。マフィアたちの因縁の相手である。
「いたぞ!!!!鬼丸だ!」
マフィアの1人が大声を放つ。
廃工場に隣接する駐車場のトタン屋根の上に、全身黒尽くめの人間がいた。鬼丸は常に般若の面を被り、男から女が、老人か若者かも分からない。この般若の面こそが鬼丸と呼ばれる由縁だった。
先ほどまで真っ黒な人影だったが、月灯りに照らされ鬼丸の面がだんどんと浮かび上がってくる。
バンッバンッ
鬼丸の面を認知すると同時にマフィアたちは弾を放つ。鬼丸はくるりと翻り、トタン屋根をマフィアと逆方向に駆け抜けていく。弾を放ちながら追いかけるマフィア。
コイツを仕留めなければ、とどのマフィアにもサングラスの奥に焦りが見えた。
鬼丸を追いかけながら、マフィアは前もって計画して通りに進路を固め、20人くらいで鬼丸を追い込むことに成功した。足を止めた鬼丸の前には高いコンクリート塀がそびえ立つ。マフィアの中には息を切らしている者もいたが、鬼丸は息も乱れていないし、そもそも呼吸音が全く聞こえない。何発も発砲したのに、掠ってすらいない。
(もしかしたら、コイツは本当にこの世の生き物なのか…?)
そんな想像力を働かし、勝手にゾッとするマフィアもいた。しかしこっちには20人にもいる。対するは1人の人間だ。武力も武装も圧倒的にこちらが上だ。今日こそ息の根を止める!気の弱いマフィアは自分を奮い立たせた。
鬼丸は行き止まりの塀をしばらく眺め、ゆっくりと振り返った。
それを合図にマフィアたちが発砲する。
「くたばれ鬼丸ーーー…」
*
発砲音が止まった。
望月はサイレンを鳴らし続けているパトカーを廃工場の前で止め、降りようとしていたところだった。
どういうことだ。マフィアがあの殺人鬼を殺したのか。それともあの殺人鬼がーーー
いやいや、ここに来るまでに見た黒塗りのセダンは10台ほどだ。最低でも10人のマフィアがここにいる。そんな多勢でマフィアがやられるはずはない。あの殺人鬼は死んでしまったのか…
望月はなんだか複雑な気持ちだった。警察のポジションとしてはこちらが手を下さずとも相討ちとなり双方が死ぬことを一番期待すべきなのだが、きっと勝ち負けはついているはずだ。
そして、警察は蚊帳の外だ。
はなから戦力としても考えられていない気がして、悔しかった。この10年間で警察の価値は一気に下がった。これも全てあの『東京』という街のせいだ。俺らの好きだった東京は東京に飲み込まれた。望月は東京湾沿いにある、華やかな光たちを睨んだ。
静かになった廃工場の前で、望月は車から降りれないでいた。