『新東京』に翻弄される。①
ファンファンとけたたましくサイレンが鳴る22時54分。
金曜日の繁華街は相変わらず活気付いており、ネオンがギラギラ光る看板の下を腕を組みながら歩く若い男女や、酔っ払い道の真ん中を堂々と歩くサラリーマンの集団が辺りを賑わせている。みんな明日の休日に浮かれた顔をしている。
いつもの週末の風景、この風景は何年も前から変わらないし、これから先もずっと変わらないだろう。
さて、先ほどからサイレンを鳴らしているのは、お馴染みのパトカーだが、繁華街を一直線に突っ切り、繁華街近くの港の方へ走って行った。
運転をしているのは望月という刑事だ。望月はまっすぐ前を見て運転しているが、どうも視線に落ち着きがない。手にはあぶら汗。さっきからハンドルを握る手が滑って運転し辛い。必要もないのに頻繁にバックミラーを覗き、後方車を確認している。いつもはあまり確認しないサイドミラーも15秒に一回は確認する。望月は完全に動揺していた。
(落ち着け、俺、もうすぐ32歳だぞ…大の大人がなんでこんなにビビってるんだ)
今日は明日の休みに備えてゆっくり眠ろうとしていた。なんなら家で飲もうと休憩中にお酒まで買った。そしてウキウキしながら退勤カードを手に取った。その矢先にかかってきた一本の電話。上司からだった。
上司は神妙な声で望月に言った。
「今から言う場所で取引が行われる。『鬼』が来る。絶対に抑えろ。あと、死ぬなよ」
絶望するには十分な言葉だ。助手席に置いてあるお酒はもう温くなっているだろう。せっかくオフィスの冷蔵庫で冷やしていたのに。レジ袋の中の缶も汗をかいている。
望月は真面目な人間だ。人望も厚いし、キャリアもそこそおある。だからこそ上司は望月をこの現場へと向かわせた。望月なら収穫を得てちゃんと帰ってくると思ったのだろう。望月は嬉しくもあり、同時に途方もないプレッシャーを感じていた。
今から抑える現場は、日本マフィアととある殺人鬼の取引の場だからだ。
望月は不安な面持ちで車を港の廃工場へ向けて走らせた。