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究極未確認生命体 アンゴルモアの大王‼

 それはまさに、僕の友人である未知尾(みちお)(もとむ)の姉、ウマ子さんだった。

 数回顔を合わせた事があるだけの、それでいてその美貌は忘れようもない、間違いなく地球の日本人女性である。

 それがどうしてこんな所に?


「もう、色んなところをまさぐってくれちゃって……」


 ウマ子さん(?)は、髪と着衣の乱れを直しつつこちらに向き直る。


「ユーマ君だよね。こんにちは、久しぶりだね」


 やっぱりウマ子さんのようだ。


「あの、どうしてここにウマ子さんが?」

「そうね。積もる話もあるけど、とりあえずダンさんの事も解放してくれる?」


 そう言って指差したのは、イッシーに捕らえられているシャドウピープルだ。


 僕達は、大きな岩場に陣取って、ネイスの入れてくれた温かい飲み物で喉を潤わせた。

 ダンと呼ばれたシャドウピープルの正体は、歳は三十から四十ほどに見える(あご)髭を生やした紳士風の男性だった。


「ダンクルオステウスと申します。以後お見知りおきを」


 これが彼の第一声だ。

 今から三億年以上も昔の地球、デボン紀の海を泳いでいた巨大な甲冑魚(かっちゅうぎょ)の名前を冠したダンさんは、名に劣る事なくこの場の誰よりも背が高かった。


「それで、どうしてウマ子さんがここに?」


 僕は、久しぶりに会うウマ子さんをじっと見つめた。


「求が亡くなってもう一年が経つのね……」


 ウマ子さんは遠い目をして先を続ける。


「私がこの世界に来たのは偶然なの。弟の最期の場所になった溜め池をぼんやりと眺めていてね、手向けにと思って花を投げ入れたらここに繋がったのよ」


 完全に僕である。


「僕も同じようなものです。案外、溜め池周辺でニアミスしていた可能性があるんですね」

「そうね」

「だけどどうしてシャドウピープルの真似を?」

「シャドウピープルって言うと、世界中、その中でも特にアメリカでここ最近目撃され始めた新しい未確認生物よね」

「はい。生物とも現象とも言われる存在です」

「そうねえ……何をしていたのかを話す前に言っておこうかな。実はね、その正体はダンさんなのよ」

「え? 本当ですか?」


 僕は、ダンさんの顔をまじりまじりと凝視した。


「本当ですよ」


 ダンさんは事も無げに言い放つ。


「どうしてまたそんな事を?」

「私は地球とアースターの存在を知る数少ない人間なんですよ。私の扱う魔法は戦いには不向きな分、潜入などには向いているようでして、そのために幾つかの任を負って地球に赴く事がありましてね。きっとその際に目撃されたのだと思います」

「なるほど。さっきまでの影のようなものは魔法だったんですね。それにシャドウピープルが目撃され始めたのが最近なのも納得しました……ん? 任務?」

「気になりますか? ですがその前に、彼女との話を続けてはどうですか?」


 ダンさんの口調は物静かで、それでいて芯にまで届くような重たさがあった。

 僕は再びウマ子さんに向かい合う。


「そうでした。ウマ子さんはここで何をしていたんですか?」

「何って言うか、仕事? 私は今、ダンさんの助手を務めてるからね。アースターに来て右も左も分からなかった時に拾ってもらったんだけど、私の正体が地球人だと知れるやいなやスカウトされちゃってね。そのままこちらで就職しちゃおうってなったのよ」

「就職難ですしね」

「世知辛いよねえ。とにかくそれでね、たまたまこの辺に来ていた時にユーマ君を見つけたんだけど、そりゃあ驚いたのなんのって……他人の空似かもしれないからって、しばらく尾行して確認しようと思っていたの。そしたら捕まって色々なところを()みしだかれちゃったってわけ」

「……すいません。だけどあの時は必死でしたから。ネイスも体を触られたって言ってたし」

「分かってるよ。安心しなさいな青年よ。まああの時は、そっちのネイスちゃんって言うの? その子の胸元に小さい虫がくっついてたから払ってあげたのさ」


 快活な笑みを見せてくれるウマ子さんをよそに、じっとりとした視線がネイスから飛んできて僕は戸惑ってしまうのだった。別に意識的にウマ子さんを揉みしだいたわけではないんだよ?


「と、とにかくここまでの経緯は分かりました。だけど任務がどうとかって普通の仕事なんですか? 危ない事をしたら駄目ですよ」

「それは……」


 ウマ子さんは、ちらりとダンさんの顔色を窺った。


「そこから先は私の口から説明致しましょう」


 ダンさんがおもむろに口を開く。

 それはまるで、今から重大な事実が露呈(ろてい)する前触れであるかのような……


「先ず初めに、あなたが言うシャドウピープル、それは正確には私達の組織の名前なんですよ。少々迷ったんですが、まああなたにでしたら話しても構わないでしょう。これも縁でしょうから、そちらのお三方もどうぞお聞きになってください」


 いやにかしこまった言い方だ。

 それに、組織? 

 地球とアースターに関わる任務、それに組織が絡んでいるというのがきな臭い事この上ない。


「単刀直入に申し上げましょう。我々シャドウピープルの目的は、地球とアースター、その二つの世界を互いに干渉させ、より高みへと生物の進化を促す事です」


 僕は反応に困った。

 懐疑的になるよりも、いまいち理解が及ばず首をかしげてしまったほどに。


「どうしてまたそんな事を?」


 僕は、かろうじてそれだけを述べた。


「何も今に始まった事ではありません。我々の組織は遥か古の時代より存在していました。そうして互いの世界を行き交い、時には二つの世界の生物をシャッフルしてきたのです。組織の中には、進化の過程を顧みない不真面目な者もいたようでして、そのせいでミッシングリンクが生じたり、または各世界、各時代にあるはずのない物を置き去りにしてしまい、結果としてオーパーツとなった事例もあります」


 それは、前に僕が考えた事に似ていた。

 進化途上の謎や、そこにあるはずのない物の存在。

 だからと言ってよく知りもしない人間の口からそんな荒唐無稽(こうとうむけい)な話が飛び出してきてもにわかには信じがたい。


「……そんな事になってまで、どうして進化を促そうと考えたんですか?」


 僕の半信半疑の視線を感じ取ったのか、ダンさんは複雑そうな表情をする。


「我々は今、世界の垣根(かきね)を越えて強大な力を手にしなければならないからです。地球の科学、アースターの魔法。それぞれが特異な力を(つちか)っているのは言うまでもありません。それでなお、力及ばない可能性を秘めた危機が、今となってはすぐそこまで差し迫っているのです」


 ダンさんの顔は苦渋に満ちている。

 嘘をついているようには見えない反面、やっぱりすぐに信じるには突飛(とっぴ)すぎる内容だ。


「その危機と言うのがなんなのか、教えてもらっても構いませんか?」


 僕が尋ねると、束の間、張り詰めた沈黙が流れた。

 ダンさんは、言葉を絞り出すように言う。


「アンゴルモアの大王です」


 ‼


 僕は震撼した。まさかこの地でその名前を耳にするとは……


「それは既に不発に終わった過去の予言のはずでは」

「本当にそう思いますか? 何故、地球だけの尺度でそれを考えるのでしょうか」

「……っ!」

「少なくとも、シャドウピープルにて保管されている古の古文書にはそう書かれています。ところであなたは、アースターにも暦がある事をご存知でしょうか」

「そりゃあ、ここの人達にも年齢があるわけですらから」

「そうですね。地球と同じようにアースターにもまた、呼ばれ方は異なりますが太陽や月のようなものもあります。あなたはアースターの現在の年をご存知でしょうか」

「そこまでは……ですけど地球でたとえるなら1700年代に近い文明だと思っています」

「惜しいですね。それぞれの世界が辿ってきた生い立ちなどが異なるため、その文明にも差異はあります。それでも暦としては地球と程近いのですよ」

「つまり?」


 言いながらも、僕は嫌な予感を抱かずにはいられない。


「……アースターは今、1999年です」


 ‼


「なんだって!」


 僕は声を張り上げた。


「驚かれるのも無理はありません。そして気候こそ日本と同じ秋ですが、アースターでは今が7月、と言ったところでしょうか。それが意味する事が分かりますね?」


 そんな事、聞かれずとも地球人であれば誰だって知っている。


「ノストラダムス……」


 かすれた声が僕の口から出ていった。


「その通りです。彼はもともとアースターの人間だったと私は聞き及んでいます」

「それってつまり、天から訪れし恐怖の大王がアンゴルモアの大王を(よみがえ)らせる。それが地球ではなくアースターを襲う。そう言う事ですか?」


 僕が言及すると、ダンさんはうなだれるように首肯(しゅこう)した。


「ねえユーマ、ノストラダムスって?」


 ネイスが僕の袖を引っ張った。


「地球では誰もが知る大預言者だよ。彼の予言は地球では外れた。だけどそれがアースターにおいての予言だったなんて思わなかったよ」

「そんな! それじゃあ私達はどうなるの?」


 ネイスの顔が悲壮感に染まった。


「いや、それが真実であるかどうかなんてまだ分からないさ」


 そうだ。そんな破局的な話がそうそうあってたまるものか。


「私もね」と、口を挟んだのはウマ子さんだ。


「初めて聞いた時には驚いたよ。まさか、あのアンゴルモアの大王が未確認生物だったなんてね」


 なんだかよく分からない事を言っているので放っておこう。


「それじゃあどうして地球にまで干渉していたんですか? こちらで起こる事であれば、地球から一方的に科学の力を持ってくればいいだけなのでは」


 僕の発言を経て、ダンさんは顔色を曇らせる。


「それがアースターだけの事とは限らないのです。例の古文書によると、地球とアースターは遥か遥かな古の時代にはひとつの世界だったそうです。それがある時を境に二つの世界に分かれた。いや、引き裂かれた。と言ってもいいのかもしれません。以後、二つの世界はパラレルワールドのように別々の法則を軸として成長してきました」

「引き裂かれたって……いや、それよりも二つの世界が元は一緒だったって本当ですか?」

「古文書によれば、気が遠くなるような遥かなる昔、アンゴルモアの大王は一度だけ現れた事があるそうです。そして世界を引き裂き、眠りについた。次元に干渉するほどの異常性です。それが再び復活を果たしてしまえば、たちどころに地球にとっての危機にもなりえるでしょう。そのために我々は、今日(こんにち)に至るまで、わずかなりともアンゴルモアに対抗しうる力を得るべく東奔西走(とうほんせいそう)していたのです」

「それは本当に、地球の科学やアースターの魔法を駆使してもどうにもならない相手なんでしょうか?」

「……アースターの人間であれば知っているのではないでしょうか。数年前に地震があった事を」


 ダンさんは、僕とウマ子さん以外の顔を見回した。

 それに応えたのはネイスだ。


「それって、ツチノコが最初に現れた切っ掛けになった地震ですか?……あ、ツチノコはですね」


 説明しようとするネイスより早く、ダンさんは話し始める。


「知っていますよ。この辺りの事であればおおよそ我々の耳にも入ってきますから。大変だったそうですね。ツチノコの脅威は私も知っていますが、まさかあれを討伐してしまうとは大変驚きましたよ。だからこそ、それを実現させたあなた方にであればと思ってこの話を語らせてもらったのですがね」

「でも、その地震がどうしたんですか?」


 ネイスは不思議そうにしていた。


胎動(たいどう)ですよ」

「え……と」

「復活を間近に控えたアンゴルモアの大王の胎動。たったそれだけで、地がうねりをあげるほどの地震が起きるのです。それがどれほどの災厄であるかは言うまでもないでしょう。仮に本体が顕現(けんげん)してしまえばどうなるのか、正直なところ想像したくもありません」


 長い話が終わりを迎えると、辺りには静寂が訪れた。

 葉擦れの音はおろか野性モンスターの声ひとつ聞こえない。あるいはそれは、知ってしまった事実のあまりの衝撃によって耳に届かなかっただけなのかもしれない。


 この先、僕のネッシー補完計画は、いったいどうなってしまうのだろう……


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