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サスカッチの恩返し

 迷いました。

 僕達は今、完全に迷ってしまいました。右も左も分かりません。


「なあ、俺達って今やばいんじゃね?」


 イッシーの額から冷や汗が流れた。

 無理もない。磁石すら利かない、周囲の何もかもが不明瞭に包まれた特異な地帯なのだから。僕が地球から持ってきた方位磁石は最初からまるで機能していなかったので仕方がないとはいえ、まさかアースター産のものまで全く利かなくなるとは思ってもいなかった。


 ひとつ目の山を難なく越え、二つ目の山に差しかかった時の事だ。

 発端はチュパカブラである。

 運悪く群れに出くわしてしまい、仕方なく逃げ回っている内に迷ってしまったのだ。

 だからと言って、決して向う見ずに走り回っていたわけではない。その時には磁石だって有効だったし、あくまでも二つ目の山の中だけでの話だったのだ。

 問題は、その二つ目の山が異様に大きかった事だろうか。まるで平地とも思えるように切り開かれた場所もあれば、鬱蒼(うっそう)と茂る磁石の利かない深い森もあった。

 そして僕達がいるのは後者になる。高い木々の樹冠(じゅかん)によって空は遮られ、どういうわけか白い霧のようなものが出たり引いたりを繰り返して周囲に漂っていた。だからまだ、夕暮れには少し時間があるはずなのに薄暗く、視界も最悪だ。


「おもしろーい!」


 ネスだけは元気で、変な植物を触って遊んでいた。

 植物は、三メートルはありそうな横たわったウツボカズラに幾つもの(つる)が生えたような形をしていた。うねうねと動き回る蔓を見ていると、さもそれで獲物を絡めて消化液を含んだ袋の中に入れてしまうと言わんばかりである。


「大丈夫かなあ」


 誤って中に入ってしまわないかと、僕ははらはらしっぱなしだ。


「大丈夫だよー」


 ネイスが気にしたそぶりもなく答えた。


「そうなのかい?」

食人木(しょくじんぼく)って言うんだけど、名前とは裏腹にただの木だからね。きっとユーマは、あの袋の中に危険な何かが満たされていて、ネスが入ってしまわないか気にしてるんじゃない?」

「その通りだよ」

「ふふ、あの袋の中は何も入ってないから大丈夫だよ。それどころか暖かいから寒い時に入ると極楽なの」

「なんでまたそんな」

「色々な生き物を中で越冬(えっとう)させてあげてね、その際に生き物の体に種子をつけるの。そしたら春になって出ていった生き物が種子をばらまいてくれるから」

「なるほど。面白い性質だね」

「うん。だからなおさら、どうして食人木なんて名前がついたのか不思議なの」

「たぶんだけど、もともと地球産だったのかもしれないよ。僕のいる世界では食人木の伝説があったはずだから、それが名前そのままにこちらに輸入されてしまったんじゃないかな。案外さ、暖を取ろうと中に入っていった人を見て、食べられたと勘違いしたのが始まりなのかもね」

「面白いよねー、こっちとそっちの関わり合い。チュパカブラだってそっちじゃレアなんでしょう?」

「未確認生物と呼ばれるくらいにはね。だからこっちに来て驚いたよ」

「沢山いるでしょう。でもね、チュパカブラ達が群れを形成するおかげで助かってる事もあるんだよ」

「そうなのかい? 群れに追いかけられた記憶しかないよ」

「群れ行動が主体で色々な場所に移動するから、深い山の中にも獣道ができやすいの。だから人が山を歩く際に楽になるし、一種の道しるべのようにもなってくれるんだよ」

「へえ、そうだったんだ」


 改めて、多くの生物が互いに影響する事で世界が成り立っているのだと思わされる。それは地球もアースターも同じなのだ。

 僕は、食人木の袋の中から笑顔を覗かせるネスに手を振った。


「いやいやいや、どうして寛いでるのかな?」


 イッシーは、典型的な山で遭難した人そのものだった。

 それは次の発言からもよく分かる。


「早く元の道を探しに行こうぜ。じゃないと暗くなっちまうよ。途中に沢があったはずだからそれを辿って下りてみようぜ」


――はい、これはいけませんね。

 早く元の道を探したいからと言ってむやみに動き回るのはいけません。暗くなっちまう、と、既に夕暮れまでさほどの時間もない今、行動を起こすのも得策ではありません。なによりも、沢があるからと言って下っていくのはいただけません。それよりも、遭難時には見晴らしのいい尾根に向かって上へ登るのが基本的にはいいとされていますね。

 もちろんそれらは、あくまでも基本的な行動でしかありません。外敵や雪の有無、地盤、季節や気候、山の規模、その他あらゆる状況。これらによって取るべき対応は刻一刻と変わってくるでしょう。

 大事なのはそうなる事を未然に防ぐ清く正しい登山計画です。いい子のみなさんも気をつけましょうね――


 説明口調でそんな事を述べたのは、ネイスだ。

 かっこいい!


 そういうわけで僕達は、この場で一夜を過ごす事にした。

 イッシーの大荷物の中には大量の食糧からランタンのような物まで入っていたので至れり尽くせりだ。

 周辺には幾本かの食人木が生えている。

 せっかくなので中で寝てみようかと思ったのに、僕の選んだ食人木の袋には先客がいたので断念した。ぎょろりとした赤い目、苔むしたような緑色の肌。またしてもチュパカブラである。

 仕方ないので僕は素直にテントを組み立てた。

 他のみんなは無事に食人木に寝床を作れたようだが、三者三様に顔だけを出している光景がまるで食べられているようなので、見ているだけでも肝が冷えてしまいそうだ。


 日が沈んでしまうと、折り重なる木々のせいで星空は完全に遮られ、真正の闇夜が訪れる。凶暴なモンスターが姿を現さなかったのが幸いだ。

 他の三人は、ランタンのような物に魔法で火を灯していた。

 そこで僕は、満を持して見せつける。

 ツチノコの剣ことムラクモに秘されし三つの能力の内のひとつを。

 光るのだ。

 明るさにムラのできる火や、光量の控えめなランタンのような物と比べ、それこそ蛍光灯のごとく刀身が光ってくれるのだ。ただし抜き身となっているので気をつけなければならない。


「すごーい」


 ネスが瞳を輝かせる。


「凄いだろう?」

「すごいすごーい!」


 そう言ってくれるのはネスだけだ。

 他の二人はなんとも言いがたい絶妙な顔をしている。

 なので、僕はこの能力の凄さを語っていく事にした。


「この能力の凄いところはね? 強い光を宿しているにもかかわらず、まったく熱を帯びていない点なんだよ。火にしてもみんなの持っている器具にしても家の照明にしても、それこそ蛇であれば簡単にその場所を特定できるくらいの熱源でもあるわけだ。それなのにこの刀はそうじゃない。この前のツチノコみたいなモンスターが襲ってきても、近づきすぎて見つからない限りは光を(とも)して夜道を歩けるし、原理は不明だけど電流すら流れていないから、暗い水場に浸して中を探ってみる事も可能ときている優れものだよ」


 ムラクモの能力は、使うほどに疲労が蓄積していくのだが、これこそがアースターで言うところの魔力なのだと僕は疑似的に体験する事もできたのだ。そりゃあ無際限に使い続けられるエネルギーがあるわけもない。


「凄いけど、地味だよな」


 イッシーの言い方が適当この上なかったので、僕は更に力を込めて説明していく事を余儀なくされるのだった。


 こうして夜は更けていく。


 あくる日

 テントを出ると、そこにはサスカッチさんが立っていた。

 夜露によって緑が(きら)めく、大自然の息吹が感じられる清浄とした朝の事だった。

 サスカッチのまなざしは、まるで父の威厳と母の慈しみとを兼ね合わせたような強い光を宿して僕に向けられている。

 僕が思わずお辞儀をしてしまうと、サスカッチは二メートルはある巨体を折り曲げて、同じような体勢を取った。


「……何をやってるの?」


 森閑(しんかん)とした山奥に、ネイスの声が響き渡った。


「ネイス、おはよう」

「うん、おはよう。それで、そのサスカッチはどうしたの?」


 やっぱり呼称はサスカッチでいいようだ。


「たぶんだけど、昨日、ネッスィー村に来る前に知り合ったサスカッチだと思う。ふらふらとして弱っていたからツチノコの燻製をあげたんだけど、その途端に元気になってね」

「わ、良い事したんだね、えらいぞー。でもどうしてここにいるんだろう」

「それは分からない。だけどさ、このサスカッチが歩いていく方についていけば元の道に戻れないかな」

「そうだね。それにしてもこの子、ユーマの方を見ていて動かないよね。案外、この子もそうするつもりで来てくれたのかもね」


 そして実際にその通りだったのかどうかはとにかく、僕達の朝の準備が終わるまで、サスカッチはその場で佇んでいてくれた。

 各々が荷物を抱えると、サスカッチは歩き出す。

 遭難時のむやみな行動は避けるべきと分かっていてなお、サスカッチの後をついていく事には誰も異論を唱えない。

 やがてその先は、見覚えのある道へと繋がった。チュパカブラの群れに襲われる前に歩いていた獣道だ。


「ありがとー!」


 みんなで声を合わせると、サスカッチは何も言わずに木々の合間に姿を消した。

 僕はこの事が嬉しくて堪らなかった。はからずとも他の種と心が通じ合った瞬間と言うのはそういうものではないだろうか。

 みんなも同じ気持ちを共有していたからか、他愛ない会話にも花が咲き、とんとん拍子であっという間に三つ目の山に辿り着いた。ここを越えたらその先はモケーレ・ムベンベの森だ。


 この時の僕達は、あまりの順調さに覚悟が緩んでいたのだと思う。

 この先で待ち構えているものが、まばゆいばかりの光であると信じ切っていたほどに。


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