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チュパカブラは実在した!

 僕は今、雄大な湖のほとりで一心不乱に双眼鏡を覗いている。


「どう? ユーマの方は見つかった?」


 僕の隣に立つ、小柄な少女が言った。

 風になびく長い白髪と深緑色の瞳、それは日本人離れしていて……と言うよりも、本当に日本人ではないし、そもそも地球人ですらないことを僕は知っていた。

 彼女は異世界の住人であり、ここは異世界の地だ。もちろん僕は健全な大学生であるので、自分だけの空想の世界に囚われているなどということは断じてない。


「いいや、なにもだよ。そっちはどうだい? ネイス」

「こっちもさっぱりさー」

「とりあえずひと休みしようか。いつも手伝ってくれてありがとな」

「どういたしましてー」


 僕達が今、なにをしているのか。

 それは言うまでもない。ネッシー的な生き物を捜しているのだ。

 これには深い事情がある。

 同じ大学で学んでいた僕の友人、未知尾(みちお)(もとむ)は、ことあるごとにネッシーを求めて世界中を飛び回っていた。生活を切り詰めてまで旅費を捻出し、時には自らの精神と肉体を傷つけ、それでも夢のためにネッシーを求めていたのだ。もちろん、なにが彼をそうさせていたのかは知る由もない。

 友人が亡くなったのは一年前のことだ。

 近所の池でネッシーを目撃したとの報を受け、友人はただちに駆けつけた。その池が日本の溜め池だと分かっていてなお、彼が真摯(しんし)な態度を崩すことはなかったそうだ。そして足を滑らせて池ポチャしたのだった。日々の疲労のためか、彼が自力で地上に這いあがってくることはなかった……

 友人の最期の場となった溜め池に、僕が適当な花を投げ込んでみた時のことだ。

 リアル調に証言するならこうなるのかもしれない。


『なんかね、なんか花を投げ入れた瞬間、池がぼわあって光ったんですよ。昼間だっていうのに光るのが分かるくらいだったから結構な光度だったと思います。それでね、その花を投げ入れた場所からじわじわと広がるように水面に大きな暗い穴ができたんですよ。そりゃあ驚いたのなんのって……

 それで好奇心はなんとやらってやつで、その穴の中に入ってみたんです。なんだかようく見てみると、穴の中は斜面になっているのが分かったので、少しずつ少しずつ進んでみたんです。そしたら本当、驚天動地とはこのことで、僕はしばらく呆然と立ち尽くしてしまいましたよ。なにせその先に、明らかに現実とは異なる世界が広がっていたんですから。

――え? どうして異なる世界と分かったかって? そりゃあ穴をくぐり抜けて先、いきなり目の前に恐竜がいたらそう思うでしょう。今となっては図鑑の中にのみ闊歩(かっぽ)する太古の住人達。図鑑で見たものとは若干姿形は違うようでしたけど……たとえば首が二つや三つもある翼竜とか火を噴く首長竜とかね。それで僕が戸惑っていると、目の前に小柄な少女が飛び出してきて、僕の手を引っ張るようにしてその場を離れたんです。そんなところにいたら危険だって言われたんですけど、それが不思議なもんで言葉はどうやら僕と共通しているようだったんですよ。

 とにかくそれが僕とネイスの出会いです。彼女は僕より二つ下で、長くて白い綺麗な髪の毛と深緑色の目が特徴的な活発でとても優しい子です。

 もうひとつついでに言っておくと、どうやらその日以来、その溜め池と異世界とが繋がってしまったようなんです。普段はひと気も少ない普通の溜め池なんですけど、なんだか適当な花を投げ入れると水面に穴が開くみたいです。こっちとあっちの世界の人や物なんか自由に行き来できるみたいなので、これを機に異文化交流を楽しんでるんですよ(笑)

 ちなみに僕こと徒然悠真(つれづれゆうま)の夢は、目下、現世界にてネッシーを生誕させることです。もっと言ってしまうと、異世界の恐竜をこちらに連れてきてネッシーだと言って偽装することです。求とは大学に入ってからの付き合いでしたけど、仲はよかったんです。だからあいつの意志は僕が引き継ぎます!』


 と、これがおおよその経過である。

 大した夢もなく、日々を無気力に生きていた僕にとって、友人の夢の代行と異世界との交流は活力を取り戻して奮起するに十分すぎる理由だった。


 僕は、湖のほとりに鎮座(ちんざ)する巨大な岩の上に腰を下ろした。

 僕達が今、なにをしているのか。

 それはネッシーになりえそうな生き物を捜していることに変わりはないのだが、それには条件があって、現世界に連れていけそうな温厚な生き物である必要があるのだ。今しがたの僕の証言にも出てきたような、火を噴く首長竜などもってのほかだ。とは言え、僕が求めるような首長竜は、正確には首長竜でも恐竜でもなく、この異世界ではモンスターと呼ばれていた。

 一年間に及ぶ異世界との交流を経て、僕はこちら側の情勢を多く知ることになった。それにはネイス以外の人達との出会いも含まれるのだが、それらはおいおい話していくことにしようと思う。


「はい、どうぞ」


 僕は、手伝ってくれているネイスのために温かいココアを手渡した。


「ありがとー」

 

 心底嬉しそうにする彼女を見ているだけで疲れは吹き飛んでくれる。


「ネイスはココアが好きだよね」

「こっちの世界、アースターにはないからね。ユーマの世界、地球で言うところのコーヒーみたいなものはあるし、ミルクや甘味料なんかを入れたら似たような味にはなるんだけど、やっぱり絶妙に違うんだよねえ」

「幾らでも持ってきたからおかわりもし放題だぞ」

「わあい」

「もう少ししたら今日の活動は終えようか」

「ユーマは本当にモンスターの厳選に余念がないね。この前見せてもらったネッシーの目撃絵……写真って言われてるんだっけ? あれと同じような見た目のモンスターなら幾らでもいるのになかなか連れて帰ろうとしないもんね」

「ほら、アースターでは魔力とか魔法ってものがあるだろう?」

「うん」

「だからさ、一見して問題なさそうなモンスターであっても未知の力を秘めてる可能性はあるんだ。火を噴くだけでもすぐには見抜けないことがあるのに、いざ地球に連れて行ってから特異な力を発現されたら堪ったものじゃないからね。だから先ず、見た目でそれらしい個体を厳選して、それからは長期に渡って観察して本当に無害であるかどうかを見極めなきゃいけないんだ。だけど今日のところは、連れて帰る候補にしていたモンスターが姿を現さないからここまでかな」

「そっかあ、大変だー。でも地球にも科学って言う凄い力が発展してるよね。あれはあれで私からするととんでもない力だよ」

「そうだね。だけど魔法と科学なんて案外と似たようなものなのかもしれないよ。成り立ちとか構成物質、法則に少しばかり差異があるってだけでさ」

「そんなものかなあ……あっ!」


 突然、ネイスは僕の肩越しに指差した。


「なんだい?」


 振り向いた先では、地球にいた時には見たこともないような木々が生い茂る林が広がっていた。その緑の一角が、わずかに隆起したのを僕は見逃さない。

 ややあって、林から人の形をしたなにかが飛び出した。それは群れとなり、明らかにこちらに向かって迫りつつある。徐々に輪郭がはっきりとし始めるそれは、人の子供くらいの大きさで、皮膚表面は苔がむしたような色合いをしていた。ぎょろりとした真っ赤な目、爬虫類が持つような鋭利な牙や爪。なまじ形が人に近いせいでおぞましさに拍車がかかっている。


「チュパカブラだ!」


 ネイスは立ち上がり様に叫んだ。


「え?」

「チュパカブラだよ。いつもは小型の動物や家畜とかの血を食糧としてるんだけど、今みたいな繁殖期には栄養がいるからか、群れになって普段は襲わない生き物を襲うことがあるんだよ」


 そう。地球の中南米などでたびたび目撃されるアレだ。


☆異世界に来て分かったこと1


 僕は偶然にもアースターに繋がる(ひずみ)を見つけてしまったわけだが、実はこれまでにもごくごく稀に歪が双方の世界のどこかに発生することがあったそうだ。そうやって二つの世界は遥か太古より光と影のように作用し合っていたのだと、ネイスの祖父に聞いたことがある。

 それは互いの世界を偶然にも行き交ってしまった未確認生物や、進化途上の謎であるミッシングリンク、存在するはずのない物オーパーツなどを解明するためにとてつもなく重要なことのはずだ。

 が、それはさておき僕とネイスは走った。それはもう、逃げ足こそが最大の防具であると言わんばかりに。


「魔法で吹き飛ばせないのかい? ほら、この前指先から幾つもの弾ける火花を飛ばしていたよね」


 それは地球で言うところの銃火器に似た効果を持つ魔法だった。


「無理むりむりぃ! 数が多すぎるし子供チュパカブラまでいるから可哀そうだよ。それよりユーマこそ科学の力でどうにかできないの?」

「うーん。地球ではあまりに危険な力は制限されることが多いからなあ……そうだ!」

「わ! なにかいい案でも浮かんだの?」


 答えるより先に、僕は懐から拳銃をかたどったようなアイテムを取り出した。


「じゃあん!」

「テッポーじゃないそれ! 知ってるよ。魔法と科学、形は違えど同じ人間が作る物に大きな違いはないもん。アースターでは魔力が引き金の動力になるけど地球では違うんだよね。凄い! そんなもの持ってきたんだ!」

「正確には信号弾だよ。海や山で遭難した時に使うものなんだけど、僕が銃のような形に改造したんだ」


 これでも手先だけは昔から器用な方なのだ。

 もちろんこれが危険な代物であることに変わりはない。それでも数多くのモンスターが跋扈(ばっこ)するアースターにおいて、流石に丸腰はまずかろうと思ってどうにか用意していたもののひとつだ。だからお許しください、地球の法律様!

 僕はチュパカブラの群れに信号弾を撃ち込んだ。

 比較的至近距離で撃ったそれは、広範囲に及ぶ煙幕のように飛散した。もわもわとした灰色の粉塵の中からチュパカブラ達の奇声が張り上がる。


「よし、今の内に逃げよう」


 僕達は、最寄りの村まで一目散に逃げ去った。



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