届かない、光
季節は巡って夏から冬へ。
夏祭り、文化祭、天文部の活動。今思えば俺達は長い時間を一緒に過ごした。
なんかもう天文部がおまけみたいな感じすらある。正直な所、俺にしては(彼女いない歴継続中)よくやったもんだ。よくやってるのかどうかは神のみぞ知るって所だが、まぁ頑張ったと思う。
○
一番印象に残ってるのは夏祭りか。
後輩、俺ですら場違いに感じる制服で来てたからなぁ。・・まぁ当日に誘った俺も俺だ。色々と準備する時間が無かったんだろう。
どうしても(多少は)浴衣姿の後輩を見たかった俺は、急遽の姉に浴衣の準備を頼んだ。
普段美容院を営んでいる姉は、浴衣の着付けとレンタルをやっているのは知っていた。まさか利用する時が来るなんて(俺も)姉も思って居なかったらしく、嬉々として協力してくれた。
浴衣姿の後輩を見た時は思わず「これが大和撫子か・・」と本音が漏れてしまった。
何を見せられても似合ってるの一言でクールにキメようと思っていたのに、この一言で姉が爆笑していた。後輩も笑っていた。
白いうなじ、細い足首、色気すら感じさせる胸元だろ? 抑えるべき点をこうも抑えるとはさすがプロ。
いや、違うな。これは素材があってこそ。男がドキッっと来る要素全てが相乗効果を生み、浴衣美人という名の天使を降臨させていると言っても、過言じゃなかった。
間違いなく俺が目を離すと秒でナンパされる。今日ばかりは姫のナイトになる事を決心した。
そして俺達は夏祭りの目玉とも言える花火を見に河川敷へ。
姉に紹介してもらったこの場所は、人も少なく見晴らしも絶好な文句なしの穴場だった。
小さい頃から散々姉に泣かされて怒り心頭だったが、この時ばかりはマジで感謝するしかなかった。ありがとう姉ちゃん。マジで。
何だろうか、星を見に来る時はさほど何も(少しは)意識する所は無かったが、花火を見に来たとなれば少し視点が違った。これはまるでカップルではないのか。
おー綺麗だな、これは教頭の頭だなとか残念極まる語彙力を発揮しつつ後輩を横目で見た。
泣いていた。
どう声を掛けるべきか迷った。まぁ、何だ。気取れば気取る程どツボにハマるのはこれまでの人生経験で十分すぎる程分かっているのでシンプルイズザ俺で行くことにした。
「おいおい泣くほどか? まぁ泣けるよなぁ教頭、あれでまだ若いんだぜ」
後輩は涙を拭うと、自然な笑顔で――
「泣いてないですよ、先輩。今日はとっても嬉しかったです」
嬉しいなら泣くなよな、と茶化しながら返したものの。
その笑顔が眩しくて、純粋に綺麗で。上手く返せたかどうかは定かじゃない。
夢のような時間だったな、と今更ながら思う。
次の日姉から請求書を貰った。夢から覚めた。
○
そして今日はクリスマスイブ&終業式。明日からは冬休みで来年まで顔を合わせないだろう。上手く行けば元旦か。
俺は、告白するつもりだ。
成功すれば姉一押しの店で何かしら食った後、天体観測の流れで行こうと思う。
寒い中外で? 正気か? と思う人も居る事だろう。理屈はあまり知らないが、冬は天体観測にもってこいの季節だそうな。事実、俺もこれまでの経験上その通りだと思ってる。
万が一、失敗した場合の事も考えると暫く顔を合わせなくなり、お互いの頭が冷えるまで物理的に会わなくなる今日、この日が一番適していると俺はクレバーに考えた。
そう、俺はクレバー、賢い。星座占いも良好、何かしらに恵まれているらしい。随分曖昧だが、気分的には後押しされている。もう俺は止まらない。寧ろ止まれない。気分はマグロだ。止まったら死ぬ。
行って来ます。俺は家族に別れを告げる。彼女いない歴にも別れを告げる。俺は今日、色々とピリオドを打つのだ。行って来ます。
○
終業式が終わり、私は部室に来ていた。
随分、お世話になったと思う。
卒業生達が作って置いていったであろう不格好な天体模型。所々抜けている月がある月刊誌。最初は気になっていたものの、今は慣れた。買い足されたら、違和感を感じてしまうだろう。
私はそっと模型に触れる。・・今日で、会えるのも最後だから。
先輩、観測に誘ってくれないかなって、ふと思う。自分から誘うのは、やっぱり怖い。
――あの足音は先輩だ。
足音が近づく度、私の心も深く心音を刻む。
忘れもしない。あの日、あの夜。必死に隠していた泣き顔を見られた時、取り繕う事もせず、心から笑えた。
あの日から、・・いいや、ずっと前から。私の心は――
「よっ、お疲れさん。まさか校長の話が40分近く続くとは思わなかったよな」
「ありがたいお話でしたけれど、40分は長いですよね。先輩もお疲れ様です。」
先輩はやれやれと何時もの定位置に座――るかと思いきや私の目の前に。
「あのな、後輩。今日はまぁ、その。大事な話があってだなうん」
○
俺は心を落ち着ける。俺はマグロだ。日本海を回遊する黒マグロ。
大海原をまるで我が領土のように突き進む黒光りしたフォルム。堂々とした面構え。煮ても揚げても焼いても果ては刺し身まで、パクパクとご飯が進む日本を代表する魚。俺はマグロだ。
後輩の目を真っ直ぐ見る。
不思議な光を湛えた瞳は、真っ直ぐと俺を見返す。
うん、落ち着いた。
「どうしました? 珍しいですね、改まって」
「楽しかったよな、この一年。 夏祭りに文化祭、ここまで充実出来たのは俺は、後輩が居たからだと思うよ」
「ふふっ、そうですね。私も同じ気持ちです。でも、そんな恥ずかしいセリフを言えるのって、先輩らしいですよね」
何か初っ端からミスをした気がするが、ノーダメージ。自覚が無い分無敵なのだよ俺は。
俺は後輩との距離を詰める。先輩と後輩。ある種の上下関係であるラインを、超える。
「・・先輩・・?」
「俺さ、色々と考えてきたんだけど、よくわからなかったよ。だから、シンプルに行こうと思う」
お互い目と鼻の先。この距離まで近づけたのなら後はもう、試合は終了と何かと経験豊富な姉から教わっている。
「後輩、お前の事がす――」
「先輩!!」
今まで聞いた事がないような怒声。
後輩は、距離を取った。
俺も、距離を取ってしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
そのまま部室のドアを開けて、走り去っていった。
追いかけようとして――追いかけて何を話せばいいのわからなかった俺は、その場に立ち尽くすしか無かった。
この時、追いかけなかった俺は、生涯を通して後悔する事になる。