♂♀ 魔王代理の華麗なる日々 (転)
「ベルシー様 本日は東の獣王レオール様が登城されます。 相互通商と魔人王代理様への忠誠を誓いにまいられる手筈となって居ります」
「本日の視察から帰ってから、ご挨拶を受けます。 晩餐の準備をお願いします。 それに、忠誠は魔人王様に誓っていただかないと……」
困った顔のベルシーに、フェガリがにこやかな笑顔を向ける。
「ベルシー様、頂ける物は頂こうでは御座いませぬか? 誰もが餓えぬようにとの、様々な手筈を整え、魔物達の国だけでなく、近隣の諸国に、種族を問わず手を差し伸べておられる結果で御座います」
深々と頭を下げるフェガリ。 ベルシーの施政、目標とする所を知ってから、フェガリは全面的に彼女をバックアップしている。 癒しと、慈しみと、育み。 魔族に対する溢れんばかりのそれらの気持ちを持つ彼女に、フェガリは唯々、頭の下がる思いを抱いていた。
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あの日、城内に居た者達を癒した後、休む間もなく、疲弊しきった魔物達の棲家に足を運び続けたベルシー。 流石にそのままの装いでは、不都合があると、城内の者達を管理する蟲の王マルコムが手配した服を纏い、ありとあらゆる場所に赴いた。
激戦地の前線で、魔人族の将軍を癒し、遠く北の果ての村落に蔓延る病を駆逐し、東の仲の良くない獣人国の者達とも交流を重ね、果ては、他者を容易に招き入れない西のハイエルフとも逢えた。 武力を背景にした強権では無く、そこに有ったは慈愛と育み。
そんな中で、ベルシーは次にするべき事を見出した。 なぜ、こうも土地が痩せ、作物の育ちが悪いのか。 何故、作物に強い毒性を持つものが多いのか。 それが気にかかり、配下となった魔人族の者達に調べて貰った。
結果。 人族の使う「魔法」の為であると結論が出た。 魔法の行使は、魔力を消費する。 世界を巡る魔力は放出されると、空間を漂い強い魔力の元に集まる性質を持っている。 また、比較的魔力の強い地域は帝国の周辺部、そう、魔物達の棲家に集中していた。
濃い魔力は妖気を孕む。 水源地が、地下水脈が妖気に犯されて、その毒が土地と作物を汚していた。 取り込まれた魔力は魔物達の中で凝縮され、それを貯める器官が結晶化し、魔石となる。 人族が魔物を狩る最大の目的…… それが、魔石でもあった。
「魔力は、魔人王様の目覚めに関係が有るのでしょうか?」
ベルシーの疑問に答えられたのは、賢人として名高い、魔人エリヒト翁。 長らく魔人王の目覚めについて研究を重ねていた人物でもあった。
「ベルシー様。 魔力が濃くなればなるほど、魔人王様の目覚めは早まります。 過去の記録からもそれは確かです。 人族が戦いを挑んで来ると、魔法を駆使して戦います。 魔力の濃度が高まり、魔人王様の目覚めが早まると云う訳です」
「なるほど…… ところで、魔力を良く通す糸があると聞き及びます。 本当ですか?」
「【魔法糸】ですね。 はい、御座います。 液化した魔石を引き延ばし、糸にする方法。 その糸を織って布にしたものも御座います。 代理様の着ておられる服も、そうやって作られております」
その言葉を聴いて、ベルシーはある考えに至った。
「魔力を吸収しやすい魔石を、妖気の溜まりやすい水辺に置きましょう。 魔石どおしを魔法糸で繋ぎ、吸収した魔力が流れるようにします。 その糸は集約し、魔人王様が眠る繭に魔力を注ぎ込んでいる、大魔晶石に繋ぎます。 魔力は強い濃い魔力に引かれますから、これで、水源地の魔力、妖気が魔人王様に直接流れ込む様になり、お目覚めも早まりましょう」
一大転換であった。 そう言った考えを持つに至る人物が、今まで魔族の中で出てこなかった方が、おかしいとさえ思われた。 指針が示され、バラバラに研究されていた魔力と妖気、そして、魔人王の復活までの時間の短縮……
エポックメイキングな事柄で有った。
彼女の言葉、考えは、すぐさま試され、実際に彼女の予測した通りの魔力の流れが完成した。 魔法糸の作成も比較的簡単であったため、魔王城の近くから始まり、瞬く間に妖気の濃い場所に設置されていった。
土地に含まれる妖気が激減し、水が澄み渡り、それまでの鬱憤を晴らすがごとく、土地が豊かになり、農作物の出来も恐ろしい位に増えた。 副次効果として、体内の魔力を貯める器官が弱い魔物達も、魔族の領土の中心部にまで住まう事が出来るようになり、足りなかった労働力が爆発的に増えた事もあった。
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「ベルシー様…… 宜しかったのですか?」
「なにが……でしょうか?」
各地から上がる、農作物の増産報告と、健康被害の軽減に喜ぶベルシー。 その横で、眉を顰めるフェガリの姿があった。 魔人王の繭に注ぎ込まれる魔力の量が、爆発的に増加している為だった。 目覚めまでの時間が加速している。 毎日、大魔晶石を見回っているフェガリは、淡く光る大魔晶石の魔力の高まりに不覚にも不安を覚えている。
「魔人王様がお目覚めになると、ベルシー様は…… その…… 御命が……」
歯切れ悪く、そう言う。 魔人王ガイル・ラベク と、至聖騎士グッタベルの取り決めを、フェガリは聞いていた。 グッタベルの「仮初の命」が保たれるのは、魔人王が目覚めるその時まで。 ベルシーのした事は、魔人族の者達にとっては福音と成ったが、彼女自身には死期を早める事に、違いない。
「いいのです。 私の事は。 皆さんを護り育む事が【 約束 】です」
凛とした表情で、真っ直ぐに見つめて来るベルシーに、フェガリは言葉が出なかった。 最初は、早く五百年が経てばよいと、そう思っていた。 しかし、彼女の献身に最近では、彼女無しに魔人族の国の未来を見る事が出来なかった。
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ベルシーは、魔人族に留まらず、魔族全体の生活の向上にも力を注いでいる。 領域内の交通を円滑に行う為に、ミノタウルス達と図り、街道の整備を実施。 それまで自然発生的に生まれた獣道しかなかった領域内に、主要街道が誕生した。 有り余る魔力を駆使し、魔物達の合力を得て、石畳みの真っ直ぐな街道が、魔王城を中心に放射線状に敷設されていった。
領域内の集落が、村になり、街に成る頃、その街道は物資の輸送に無くてはならないものに成って行った。 さらに、ベルシーは領域内の余剰物資を隣接する他種族の元にも届け始めた。 人族による搾取に喘いでいた、ドワーフ族、フット族、獣人族の一部が、こぞってベルシーに忠誠を誓う事になった。
食料の見返りは、彼等の持つ技術と能力だったらしい。
フェガリはその行動に最初は疑問があった。 奪い搾取するのが普通だったからだ。 儚げに笑うベルシーは答える。
「魔人族だけでなく、その他の種族も一緒に栄えれば、人族などおそるるに足りません。 あの者達も、結局は、人族以外の技術や能力に頼る面も多いのです。 だから、私達が引き入れると、彼方側は弱体化するのです。 武力で脅すだけだと、より強いものにしか付きませんよ? 判断するのは私達では無く、他種族の方々です」
「ですが…… 裏切られないとも限らないのでは?」
「よいでは無いですか。 困るのは彼方。 食料と物資を握ってしまえば、裏切った処であちらが飢えて死ぬだけです。 それが原因で、此方におもねって来たのですよ? 判断は彼方に任せましょう。 その間に、彼等の技術を魔人族の間に定着させればいいのです。 幸いこちら側には、有能な方々が沢山いらっしゃいます。 信じましょう。 魔族の力を」
異質な考えだが……と、フェガリは思う。 しかし、彼女の云う事は、紛れもなく真実だった。 僅か五年…… その間に、人族に恭順の意を伝えていた他種族の多くがそれを破り、こちら側に着いた。
圧政を敷く人族比べ、各種族の独立と尊厳を重んじるベルシーに共感が集まるのは、むしろ自然な事かもしれないと、この頃はそう思う事にしていた。
ドワーフ族達の金属精錬技術は、魔族にとって一大転機になった。 それまで、魔人族の高位の者しか贖えなかった金属製の防具武器が、末端まで装備する事が出来る様になった。 ハイエルフ族との間の取り決めにより、彼等の【符呪】の技術も手に入れた。 装具に【対魔法障壁】を符呪する事によって、人族の魔法からも十分に守る事が出来る様になった。
人族との小競り合いの際にも、損耗が最小限となり、人族も、魔人族の領域に迂闊に手が出せなくなった。
もう一つ、フェガリが思いもよらない事があった。 ベルシーがドワーフ族の族長と話を着け、長い鋼鉄製の棒を膨大な量買い付けた事があった。
「何をされるのですか? 確かに、鋼鉄は剣や斧の材料にはなりますが……」
「武器では有りませんが…… 以前、人族の間で試作もされましたが、放棄された計画があったのです。 それを思い出しました。 魔族にとっては問題なく運用出来そうなので」
「なんでしょうか?」
「鉄路です。 街道は出来るだけ平坦に作ってあります。 其処に鉄路を引きます。 スレイプニールに頼んで、長い箱をに車輪を付けた物を引っ張ってもらいます。 まぁ、言ってみれば大きな馬車の様な物ですね」
「何が変わるんですか?」
「街道沿いの街に運べる物や者が飛躍的に多くなります。 一時に、馬車10台分とかね」
鉄路は魔人族の中でも賛否が有ったが、ベルシーが言う事だからと、不満を抑え実行に移した。 鉄の扱いに長けたドワーフの者と、力強き魔物が協力し、それをベルシーが監督する。 材料が揃ってから僅か一月で、王城と、距離の有る南の前線近くの街に鉄路が引かれた。
結果は、ベルシーが示していた以上のものだった。
莫大な量の物資が、日々鉄路を使い、王城と、南の砦の街間を往復する。 戦略拠点でもあったその町に、増援を贈る際、今まで10日も掛かっていたが、今では一日。 それも大部隊全員が、疲れも無いままに到着するのだ。
対人族の戦線における部隊の運用効率が、格段に上がり、人族の侵攻も頓挫する。 領域内は人族の侵攻に怯える事も無く、日々の生活を送る事が出来、生産量も品質も格段に上がった。
これを見て、他の地方の高位魔人族もその効用を知り、ベルシーに次の敷設をせっつく有様だった。
増大する魔人族領の国力。 やせ細る人族の領域。 均衡が、破れる時が訪れた。
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女帝ジョレーヌ=ファム=ヴァッサハーブ ヴァッサー帝国 第十二代皇帝は、焦っていた。 食糧事情の逼迫が足音を立てて迫って来ていたからだ。 さらに、魔人王討伐の証 【 ガイル・ラベクの華水晶 】 の中に有る薔薇の花が急速に枯れ始めた。 全ての花弁が落ちる時、魔人王は甦ると伝承に言い伝えられている。 今まで、このような異常事態は無かった。
確実に魔人王は斃したはずだった。
魔物どもは弱体化し、帝国辺縁部分の土地は帝国の物に成る筈だった。 しかし、奴等は頑強に抵抗し、魔人王が斃された後も、戦線を維持。 いや、強化されている。 今までとは違う、きちんとした装備を着け、魔法攻撃に対しても、対魔法障壁を個人単位で展開している。
侵攻計画は各地で頓挫した状態だった。
帝都に戻った当初は、歓喜を持って迎え入れてくれた者達も、今は冷たい眼をしている。 力づくで併呑した周囲の小国の動きも、懐疑的だ。 帝都神殿の、最高神祇官も、オロオロと所在無げにしている。 なにせ彼は、魔人王討伐完了を宣言した男でも有るのだ。
限界は直ぐそこに来ている。 もう、なりふり構っていられなくなった。
「敵は、魔人王を失っている!! 今こそ魔物どもを駆逐し、千年の平和をこの手に掴もうではないか!!」
女王ジョレーヌの宣言に対し、高位貴族達は、冷淡に対処した。 万が一魔人側から仕掛けられたら、自分達の身が危ない。 昨今の魔物達の精強さは前線に送った騎士団の者からも、伝えられていた。 怯えているのだ、有体に行って。 女王に協力する振りをする位、彼等には造作は無く、その陰で自身の領への備蓄や蓄財に余念が無かった。
編成された、侵攻軍は一見煌びやかで、力強く見えた。 どうにも動きの遅い軍令部に業を煮やし、女王ジョネーヌが親征する。 周囲を神官騎士で固め、更に、最愛の王配である、至聖騎士フレセッテ=ビエント=ヴァッサハーブを傍に、最前線へと向かった。
両軍は、想定戦場である、魔人族領 南領部。
広大な魔の森の中で対峙する事になった。