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♂♀ 魔王代理の華麗なる日々 (起)




 グッタベルは、至聖騎士ハイパラディンとして、魔人王ガイル・ラベクから、深紅に光る水晶玉を左手で受け取った。 水晶球の中に、薔薇の花一輪が艶やかに咲き誇っている。 


 ニヤリと 魔人王ガイル・ラベク は、笑い、ゆっくりと呪文をその端正な口から紡ぎ出した。 黒紫色の煙が激しく立ち昇る。 魔人王の体から流れ出る、漆黒の血潮が「至聖剣バレディウス」に伝い、グッタベルの体に這い登って来た。




「あとは、時が満ちれば、魔法が発動する。 四半時の後、おぬしはおぬしでは無くなる。 儂の命も載せた。 儂が眠る間、儂の代理とする。 後は、気ままにせよ。 必要な事柄は、「魔剣フェガリ=セリニ」 に聞け。 儂は……眠りに……つくと……しよう……」




 ザバァと、魔人王ガイル・ラベクの体が灰になり、その場に崩れ落ちた。 幾本かの魔力の筋が、黒紫色の煙の中から立ち上がり、奥の間に向かって奔流となって疾しって消えた。


 手に持つ「至聖剣バレディウス」は、そのままに……、脇腹に深々と刺さった、「魔王の剣」もそのままに…… グッタベルは体力が根こそぎ奪われていくのを感じていた。 聖鎧 セントリカオの継ぎ目から、まるで魔人王の血潮が意思を持った生き物の様に、グッタベルの体に潜り込んでいった。




「あと、四半時か…… 行くか」




 本当に、魔人王ガイル・ラベクの言う通りに、「仮初の命」を繋ぐことが出来るのか、はたまた、魔人族のたちの悪い冗談なのか、それは、もう暫く後に成らないと判らない。 その僅かな時間の間に、グッタベルはやり残したことをしなくては、ならなかった。



 そう、自分を苛み続けた、人族との ”決別” が残っていた。



 激しい戦闘と、魔人王の魔法で、謁見の間は控えめに言っても、半壊状態だった。 回廊に続く扉は激しく破壊され原型すらとどめていない。 周囲を見回し、ヴァッサー帝国 ジレーヌ第三王女率いる、討伐部隊パーティーの居るであろう回廊途中の広間を一望できる、バルコニーを見つけた。


 ゆっくりと、確かめる様な足取りで、階段を上がり、バルコニーに到達する。 もう、おっさん至聖騎士ハイパラディングッタベルには、立っている事さえ、難しかった。




 ******************************






 連続した破壊音。 厳重に仕掛けた、封印の魔法ごと、謁見の間に続く扉が、壁が、圧倒的質量を持つ瓦礫に埋まるのを、ジレーヌ第三王女は、茫然と見ていた。 これでは、討伐の証が手に入らない。 別のルートから謁見の間に向かうにも、至聖騎士ハイパラディンは、もういない。 どれだけの被害が出るか、想像もつかなかった。


 上ずった声で、ジョレーヌボルトは側に控える神官騎士に詰問する。



「神官騎士 スケレティウス!、 神官騎士 カクチュス! どうする」


「姫様、この状況では、証の入手は……」



 喉を這い上がる憔悴感と共に、吐きだしたのは最も信頼を置く、愛する聖騎士パラディンの名前だった。



「フレセッテ!」


「ジレーヌ様、ここはわたくしが!」



 絶望的な目で、崩壊した入り口を見詰め、手に意識を集中し始める、フレセッテ。 彼の愛する第三王女の為に、全力を持って、瓦礫を吹き飛ばす為に、「爆裂魔法」の印を結ぶ。



「ダメよ、聖騎士パラディンフレセッテ。 貴方の爆裂魔法じゃ、あれだけの瓦礫を打ち抜けない」



 SSS級冒険者の魔法盗賊 オクトーウィルが、即座に否定する。 彼女の見立てでは、簡単に打ち抜けるような量の瓦礫では無かった。 ふと上を見上げると、そこに、謁見の間のバルコニーが見えた。 ” あそこなら ” そう、思いついた。  SSS級冒険者の弓使い パルフーモに、小声で尋ねた。




「あそこ…… もっと上。 そう、あのバルコニーまで、縄付きの矢飛ばせる?」


「……ちょっと、無理かな。 ここは、妖気が濃いから、矢の速度が落ちるのよ。 聖なる魔法でいくらかは稼げるんだけど、あいつ(〇〇〇)が居ないとできないしね」




 不満げに、パルフーモがそう言うと、更に不満げに、オクトーウィルが応えた。




「使えない……本当に、使えない至聖騎士ハイパラディンだね、奴は」




 苛立ちを隠そうともせず、足元に転がる小さな瓦礫を蹴った。 手詰まり状況に、討伐部隊パーティーの雰囲気も悪くなる。 不気味な沈黙が、訪れた。 周囲から、魔物達の叫び声が遠くに聞こえる。 自分達を屠らんと、上げる咆哮。 さらに、広間は崩壊の危機にある。 パラパラと瓦礫が天井から落剝してくる。



 焦りが ”その場” を、支配し始めていた。 




 と、その時であった。 広間を見下ろすバルコニーから、苦し気な、しわがれた声が広がった。




「おい、姫さん。 必要なのは、これだろ」




 虚空から、華水晶がゆっくりと落ちて来た。 吸い込まれる様に、ジレーヌ第三王女の手に収まる。




「こ、これは!!」


「そうだよ、お前さんが、本気で欲しがっていた、魔人王ガイル・ラベクの討伐の証。 《ガイル・ラベクの華水晶》だ。 受け取れ」




 グッタベルの声だった。 声を失い、手の中にすっぽりと収まった、深紅の華を内包する、《ガイル・ラベクの華水晶》を見詰める、ジレーヌ第三王女。 つづけさまに、至聖騎士ハイパラディンの声がまた聞こえた。 




「これは、もう、俺には使えん。 受け取れ、フレセッテ」




 虚空から「至聖剣 パレディウス」が、そして、「聖鎧 セントリカオ」がフレセッテの前に降りて来た。 先程までグッタベルが装備していた、至聖剣と、聖鎧一式だった。 フレセッテの足元に降りると、ガシャリと音を立てた。 


 フレセッテが、思わず「至聖剣パレディウス」を手に取る。 ぼんやりと刀身が青白く発光した。 浮かび上がる歓喜に、フレセッテは身を震わせた。 その所有を、切望していた 「至聖騎士ハイパラディンの証」 それが、今、彼の物になった。




「そうだ、もう、それは、お前のもんだ。 よかったな。 それと、セントリカオは、皇帝陛下にお返ししておいてくれ。 まぁ、お前が着ても良いんだがな」




 何がおかしいのか、少し笑いを含んだグッタベルの声だった。




「おい、神官騎士 スケレティウス、お前が言ってたように、「聖剣エクストラ」は、俺には合わんかった。 やるよ。 ……神官騎士 カクチュス、「聖盾エイジス」は、俺には勿体ないって言ってたな。 そうだよ、俺にゃぁ勿体ない。 傷だらけに成ったが、どっかで直してもらえ。 ……世紀の盗賊 オクトーウィル、お前、俺の「聖黒檀の短剣」狙ってたろ。 知ってんぞ。 まぁ、餞別だやるよ。 ……至高の射手 パルフーモ、 あの神官から渡された、「聖弓アーリエル」、お前が欲しがってたな、” 弓使いが、一番能力を発揮出来るのに ” って、言ってたよな。 やるよ……、大事に使えよ……」




 虚空から、スケレティウスの目の前に「 聖剣 エクストラ 」が、カクチュスの目の前に、「 聖盾 エイジス 」が、オクトーウィルの目の前に、「 聖黒檀の短剣 」が、パルフーモの目の前に、「 聖弓 アーリエル 」が、ゆっくりと降りて来た。 


 彼等、彼女らが、それを手に取る。 至聖騎士ハイパラディンの手にあった、「聖遺物の武具」を。 望んでいた「物」だった。 至聖騎士ハイパラディンよりも、自分の方が相応しいと、常に思っていた、宝物だった。


 至聖騎士ハイパラディングッタベルから 「聖遺物の武具」が、それぞれ、必要とされる人に、渡された格好になった。 彼にはもう必要の無い物だったからだ。 ” 命果てるその前に、しかるべき者達に渡し、しかるべき場所に安置せよ ” そう、言い渡されていたからだった。 預かり物として、今まで使っていたが、これで、もう、思い残す事は無い。


 と、言うより、もう、人族の「聖遺物の武具」など、持ちたくも無かったからだった。 このまま自分が持っていても、いずれ、それを取り返しに、奴等が来るかもしれない。 ならば、渡してしまえ と、考えたからだった。 果てしなく、縁を切りたかった。 もう、利用され続ける事に、飽き飽きしていた。




「早く転移門を、ひらけよ。 もうすぐここは崩壊する。 壊し過ぎたんだよ、お前らは……」




 息を飲む一行。 転移門を開くには、魔力が足りない。 その魔力を貯める為には、丸一日以上必要だと気が付いていた。 不安げな視線が、ジレーヌ第三王女達の間を交錯する。 彼らの様子に、グッタベルは、その事実に思い至った。



 チッ



 軽く、舌打ちをするグッタベル。




「姫さん、コイツをやるから、飲め。 ラストエリクサーだ。 魔力と体力を全回復してくれるやつさ。 旅に出る時に、帝都神殿の、最高神祇官が、皆に一本ずつくれた奴だ。 お前らは、早々に飲んじまったがな。 ほらよ」




 ジレーヌの目の前に、極めてゆっくりと、ラストエリクサーの入ったボトルが降りて来た。 慌てて掴む彼女。 ボトルには見覚えがあり、封印には帝国神殿の記章があった。 グッタベルの云う事に、間違いはなさそうだった。 ボトルの首を捩じ切り、一気に呷る ジレーヌ第三王女。


 彼女の体全体がボンヤリと光った。 




「い、いけるわ!! 今直ぐに、転移門を開けるわ!!」


「そりゃよかった。 事有るごとに、転移門は六人までだって言ってたろ、姫さん。 丁度いいじゃねぇか。 そこに居るのは、六人だけだろ」


「おっさん! お前、どうすんだよ。 なんで、おっさんがラストエリクサー使わなかったんだよ」




 グッタベルの言葉に、オクトーウィルが反応した。 憎まれ口は利きつつも、至聖騎士ハイパラディンとしてのグッタベルの力には、一目を置いていた彼女の、思わず口に出た質問だった。




「俺には効かんよ。 魔人王の呪いが掛かっちまってる。 ラストエリクサーの無駄遣いさ。 もう、無理なんだよ。 此処から、そこに行く事も出来ねぇ。 俺を待ってたら、それこそ、全員死ぬ。 行けよ。 もう十分だろ?」




 細く、切れ切れに聞こえるグッタベルの声。 もう、命の灯が揺らいで今にも消えそうなのは、その声だけで十分に理解できた。 助けに行く事など、出来る相談では無い。 この城の「謁見の間」に到着するまで、ずっと前衛で、頑張っていたグッタベルが抜けて、生き残った者達で、歩いてここを抜け出す事は、自殺行為だった。




「わかったよ…… おっさん、すまん」




 オクトーウィルと、グッタベルの間にあった会話など、耳にも入らぬ様子で、転移門の魔方陣を組上げていたジレーヌ第三王女。 彼女は、完成した魔方陣を見て、ほうぅっと、歓喜の溜息をもらした。




「帰るわよ。 帝都城門前に繋げられた。 皆、行くわよ!!」




 背後に魔物の気配を感じ、崩壊の恐れのあるこの場所から、一刻も早く抜け出したい、ジレーヌ第三王女。その焦りは、他の者達にも伝染し、グッタベルから渡された物をしっかりと抱きこむと、もう、後も見ず転移門に進み、そして、消えて行った。


 転移門の魔方陣が揺らぎ、歪になり、端から光の粒に成ると、虚空に消えて行った。




「行ったか…… さよならだ、人族。 もう、会う事も無いだろうよ。 じゃぁな、アバヨ」




 グッタベルの視界が白濁し、あれほどしっかり食い込んでいた、魔人王の剣が、脇腹から抜け落ちた事すら、知覚できてないかった。 世界は、暗転し、グッタベルの時は、この時、停止した。



 彼の体から、黒紫色の煙が立ち上り、彼を包み込む繭となった。






 グッタベルの予測は、外れた。






 魔人王、ガイル・ラベクの魔方陣が、ギリギリのタイミングで発動した。








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