表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

1

ブックマーク、評価、ありがとう存じます。

嬉しいです。

 五條家の朝はゆっくりとやってきます。

 私は毎朝八時に目を覚まします。

 私が目覚めますと、静さんがすっと部屋に入ってき、私の身支度を整えてくださいます。そのタイミングは絶妙で、私がこの家に嫁いでからもう一年が経ちますがそのタイミングはずれたことはございません。まるで私の心の中や頭の中が静さんには見えているかのように『こうしていただきたい』と思うことをしてくださります。

 メイクをして、髪形を整えて、お着物を着て、身支度が全て整うと朝食でございます。きっかり九時に奥の座敷で夫である五條椿(ゴジョウツバキ)と二人で頂きます。お膳に用意されたものを静かに頂きます。会話はいっさいございません。

 一度だけ、たった一度だけ、私が「あの……」と声をかけましたら椿さんに冷たい目で見られて以来、私からは恐ろしくて声をかけることはできません。あちらから声をかけていただいたことはございませんので、私はいまでに椿さんの声を聞いたことがございません。

 朝食がすむと、椿さんはすぅっとどこかに消えてしまいます。どこで何をしていらっしゃるのか私は存じ上げません。

 私はといいますと、昼食になるまでぼんやりしているだけでございます。得にする事がないのはここに来る前も同じでした。

 私は宮家の娘として大切に腫れ物に触るように育てられました。実の父や母ともあまり言葉を交わしませんでした。一つ下に弟がおりましたが、通った学校も違いましたし、異性ということもあってか彼と交わした会話を思い出すことが出来ません。いつも私は部屋で一人、ぼんやりと天井を見つめていた気がします。

 学校でも学生生活に困らないぐらいのお友達は出来ましたが、誰かと特別に仲良くなるということはなかったように思います。私はそういうのが苦手なのかもしれません。いえ、苦手なように育てられたのかもしれません。この家に嫁ぐために……。

 なんて、少しバカバカしい想像をしながら朝食後、私はぼんやりお庭を見ておりました。

 恐ろしく静かなこの屋敷ですが、時折不思議なものを見かけることがございます。

 今日は愛くんが血だらけで男性二人に支えられてお庭を突っ切っていかれました。

 誰も騒いだりしません。不思議でございます。

 でも、私も誰かに「どうして」と聞くことはございませんでした。誰も話してくれないということは、それが私の必要のないことだからということだと理解しております。

 私はなにもかもに興味が薄いのです。

 嫁いでから一度もお屋敷から出していただけないことも、嫁いだ日につけられた左耳のどうやっても取れない銀の三日月の形をしたピアスも、気にはなりましたが、生きていくのに邪魔にはなりませんので。

「かすみちゃん」

 ここでの唯一のお話し相手は壮一朗くんです。学校から帰ってきてお稽古や塾に行く前の少しの時間に私の部屋まで会いに来てくれます。だいたい私は縁側で庭を見ながらぼんやりしていることが多くそのままお話をします。

「かすみちゃんはどんなお家に住んでいたの?」

「ここよりずっと小さなお家ですよ」

「ふーん。ぼくもね、このお家に来る前はここより小さいお家に住んでたよ。写真見たことあるんだ!鯉のぼりがおよいでてお母さんと小さなぼくが写ってる。たぶんあれはぼくが生まれたお家なんだと思う。かすみちゃんのお家もたぶん大きいよね?宮家でしょ?たぶんぼくが生まれたお家もこのお屋敷よりは小さいけど大きいお家だったよ」

 壮一朗くんはまだ小学二年生だけど賢い、私にはこうやって話すけどこのお屋敷の誰にも自分が生まれたお家の話をしないんだろうと思いました。私が決して誰にも話さない、話せないとわかって話しています。きっと誰にも言えなかった、聞けなかった事なのでしょう。

 壮一朗くんのお話から察するに、たぶん鏡子さんは出戻りという身分で、シングルマザーで、鎖子さんは某有名私立大学の理学部の学生さんで、壮一朗くんは鎖子さんと同じ私立大学の付属小学校に通っていらっしゃる。鏡子さんも、愛くんも、椿さんも、社会人だと思われますがお仕事については不明です。

 誰も何も説明してくれたり教えてくれたりしないので、私は壮一朗くんとのおしゃべりや、微かに覗き見ることのできる出来事をストックして考えます。このお屋敷は謎が多くて、考える事が多くて助かります、退屈しません。ジグソーパズルみたいで楽しいです。いつかこのお屋敷の全貌を私は知ることができるのでしょうか?無理に詮索するつもりもなければ、知れなくても構いはしませんが。

「かすみちゃんも戸籍がない人なんだよね?ぼくは戸籍があるんだよ」

 壮一朗くんは今大切なことを私に教えてくれました。私は壮一朗くんの言葉に考え込んでしまいます。

 私は民間に嫁いだのであれば皇族ではなくなり戸籍ができたはずですが、壮一朗くんは私の戸籍がないと認識している、そして自分には戸籍があるということを得意げに言っている。ということは、壮一朗くんの周りには戸籍のない方が多いということではないでしょうか?これば大事なことです。ただ単に私がまだ正確に結婚できていないということも考えられますが。

 壮一郎くんは今日は弓道のお稽古だと言って私を残して部屋から出ていきました。

 取り敢えずは、このお屋敷で戸籍のある人、ない人、その辺りを少し知れたら楽しいかもしれません。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ