プロローグ
車はぐるぐると迷路を走るように道を走りました。まるで私に帰る道を覚えさせないかのように。
街中をずいぶん走り回ってから山道を蛇行し始めました。そしてようやく止まると車に乗り込んだ頃には真上にあった太陽が山の間に沈み込みかけていました。
そこには立派な門がありました。時代劇にでてくるような大きくて古い門です。まるで魔物か何かが住んでいるように思えました。
門からお屋敷まではずいぶんと離れていて、一歩歩くたびに不安が襲ってまいります。私はたった一人でそのお屋敷に入りました。
私が玄関を入ると、紫の色留袖をお召しになられた鏡子さんが目に入りました。鏡子さんはアイラインや睫毛エクステの効果でパッチリとした目で胡散臭そうに私をご覧になっていらっしゃいました。
鏡子さんの隣には鎖子さんが群青色の振袖をお召しになって、私には視線も向けず、どう見ても面倒臭げで興味なさそうにお立ちになっていらっしゃいました。鏡子さんとよく似た顔ですが、お化粧が薄いせいか大人しく見えました。
お二人の足もとには壮一朗くんが興味津々のキラキラした目で私を見つめていらっしゃいました。濃い緑の羽織には素晴らしく綺麗に鷲の刺繍が施されておりました。一目見ただけでそれが正絹の格の高い布だとわかります。それに刺繍の細やかさ。鏡子さんや鎖子さんのお着物もいいものですが、壮一朗くんのお着物は更にその上をいってらっしゃいました。まるで、ここでの壮一朗の位の高さを語るように。
そして三人から少し離れたところに、愛くんが立っていらっしゃいました。黒の紋付を着て、にこにこと私に笑いかけてくださいました。
そして私が奥の座敷に入っていくと、一人の男性が座って私を待っていらっしゃいました。
その方の黒い艶やかな髪が、端正な顔を縁取って、黒い宝石みたいな瞳が私を一瞥いたしました。
こんなに綺麗な人を見たのは生まれて初めてでございました。なんといいますか、神を欺くほど美しい、といった感じでしょうか。
私は少しドキドキしながら、白無垢姿で、その人の元へとゆっくり歩み寄ってまいりました。