冬の春
雪の吹雪く中、フェリシア様とその従者、オリビア様の従者。そして雪をかく者たち。これまでにない大所帯の行列は雪中行軍します。
分厚い雲で覆われた空では時を知ることはできませんが、四季の塔に着く頃には半日ほど時間が経っておりました。
いざ、塔の扉を開けようとした従者らですが、その状況に息を呑みました。永きに渡る大寒波が四季の塔の入り口の扉の大部分を氷で閉ざしているではありませんか。なんとか中へ入ろうと、従者らは氷をかち割ろうとしたり、扉を押し開けようとしましたが、雪をかき続けた猛者達でも扉の氷はビクともしません。
疲労困憊の中、従者らの顔からは諦めの色が見え始めました。
その時、フェリシア様が従者らの間を抜けて現れました。そのまま扉の前に立つと、扉の凍っていない部分に手をあてて
「開いて。」
と声をかけると、四季の塔の扉はまるでフェリシア様を受け入れるかのように氷を砕きながら重々しく開きました。
従者らは、おお、と驚嘆の声を上げました。
* * *
塔内へ入り寒さを凌げるようになると、皆が安堵の声を漏らしました。そんな中フェリシア様はひとり上の階へと向かおうと階段を登り始めます。それに気づいたリッタはフェリシア様に駆け寄り声をかけました。
「フェリシア様、お供いたします。」
しかし、フェリシア様は後ろ姿のまま首を横に振ります。
「ダメよ、リッタ。」
これまでのような柔らかい口調ではなく、重く落ち着いたフェリシア様の声に、リッタは身を震わします。
「四季の女王達には、四季の女王達にしかわからない苦悩があるのよ。私だけで行ってくるわ。」
いつもは強気なリッタですが、この時ばかりはフェリシア様の迫力に叶わず口を挟めません。フェリシア様は振り返って
「じゃあ、ちょっと待っててね。」
といつもの様な柔らかい口調で言うと、お付きの者達にひらひらと手を振り階段を昇りました。
* * *
「いないわね……。」
フェリシア様はオリビア様を探しながら四季の塔をどんどん上って行きます。
本来なら途中の階で出会えるはずの冬の女王様の姿を追いかけて。
しかし、ついに九階までオリビア様の姿を見つける事はありませんでした。
「一体オリビアは何をしているのよ。お務めもしないで。」
そう言いながら十階への階段を上ると、ようやく肘掛け椅子に腰掛けるオリビア様の姿を見つけました。
「フェリシア……?」
フェリシア様の姿を見たオリビア様は特段驚く様子もなく、低く落ち着いた口調でフェリシア様に語りかけました。
「何しに来たのかしら?」
憔悴仕切ったオリビア様のその顔は、少しやつれて頬がこけたようにも見えます。
「あなたの侍女に頼まれたのよ。あなたを助けてってね、オリビア。」
オリビア様は表情を変えること無くフェリシア様の申し出をはねのけます。
「私はここを動くことはできないわ。」
「どうして?」
「……冬を終わらせるわけにはいかないからよ。」
そう答えるオリビア様の声は震えているようでした。フェリシア様は、ふぅとため息を付いたあと、オリビア様を諭すように言いました。
「オリビア、私達は季節の移ろいを妨げてはいけないのよ。それは知っているでしょ?」
「ええ、知っているわ。だからこそなのよ。」
オリビア様は俯きながらそう言ったかと思うと、
「私を咎めるというのなら答えて、フェリシア。」
とおもむろに顔を上げて椅子から立ち上がります。
「春が無くなる事と春がずっと続く事……どちらかを選ばなければいけないとしたら、春の女王様はどちらを選ぶかしら?」
突然の質問にフェリシア様は目を丸くし、視線を床に落としました。
「そうね、私にも選べなさそうね……でも……。」
そう言いながらオリビア様に視線を戻し
「なぜオリビアは、それを選ばなければいけなくなったの?」
と問いかけます。
するとオリビア様は再び肘掛け椅子へ腰を下ろすと顔抑えながら俯いてしました。
黙り込むオリビア様。
フェリシア様はオリビア様の側へとよると、オリビア様の膝へ優しくてを置き再び問いかけます。
「何があったの?オリビア。」
フェリシア様の問いかけにしばらく沈黙を続けていたオリビア様ですが、ついに口を開きました
「崖に……。」
「崖?」
「崖にあの人がいるの。氷漬けになったあの人が。」
涙混じりの声で告げるオリビア様。
「あの人って誰?」
「あなたは知らないわ、フェリシア。ジョゼフという村人よ。」
「オリビアにとって特別な人なの?」
オリビア様は顔を抑えたまま、コクリと頷き続けます。
「国の人々はみんな冬を疎ましく思っていたわ。けど、ジョゼフだけが冬を愛してくれた。」
そして、オリビア様ははたと顔を上げて怒鳴り気味に
「私はジョゼフが居なくなるのは耐えられない!ジョゼフが死ぬのなら、私も死ぬわ!それはつまり冬が無くなるという事よ!」
と言ったあと、再び顔を抑えて俯き言いました。
「だから、ジョゼフも死なない方を私は選んだのよ……。」
オリビア様の話の後、少し間を置いてからフェイリシア様は言いました。
「なんでいつも自分だけで解決しようとするの?」
「え?」
と、泣きぬれた顔を上げるオリビア様。
「みんなが冬を疎ましく思ってるって言うのも違うけどね、なんでもかんでも一人で抱え込んでんじゃないわよ!」
フェリシア様は語気を強めます。
「……フェリシア。」
「言いなさいよ、『助けて』って!たまには誰かを頼りなさいよ!何のために私たち季節の女王は四人いるのよ!」
オリビア様は色々な感情が混ざりあって胸の奥から吹き出してきそうになりました。
涙は止まらなくなり、ボロボロとこぼれる涙を拭うこともなくオリビア様は言いました。
「お願い、フェリシア、助けて……。」
オリビア様の言葉を聞くと、フェリシア様はすっと立ち上がり、階段へゆっくりと向かいます。そして、
「……良く言えました。」
とポツリと言うと階段を駆け上がりました。
* * *
「まったくもう、オリビアは一番年下のくせに大人ぶろうとしすぎなのよ。」
屋上へ出ると、遮るもののない風雪はフェリシア様を激しく攻め立てます。
「これがオリビアの悲しみね。」
そう思いながら頂上の真ん中へと移動します。
「暖かき春の日よ、閉ざした氷を溶かし、全てを芽吹かせて!生命の輪廻を廻し始めて!」
フェリシア様が天を仰いで祈ると、栗毛色をしたポニーテールの妖精が現れ、その周りを飛び回ります。
雪嵐がピタリと止むと、分厚い雲は割れ春の午後の日差しが差し込みました。みるみるうちに氷が溶けだしたかと思うと、地面からは新芽が芽吹き始めました。
その後を追うように崖を覆っていた氷も溶け出し、ジョゼフは落下をはじめました。
「ジョゼフ!」
十階から崖の様子を伺っていたオリビア様は落ち行くジョゼフを見て悲鳴を上げました。
しかし次の瞬間、崖下に生えそろった蒲公英の綿毛の絨毯が、春風に吹かれて一斉に飛び上がり、ジョゼフを優しく包んで崖の上へと持ち上げました。
ジョゼフは助かったのです。
「ああ、良かった。」
力の抜けたオリビア様はその場にヘナヘナと崩れ落ちました。
* * *
フェリシア様に支えられてオリビア様は塔を降りると、塔の外では従者らが暖かく迎えました。良かった、良かったという声が湧き上がりました。
「みんな……。」
従者らの中からノーラはオリビア様の側に駆け寄り
「オリビア様、ご無事で良かった……。」
と、笑顔のまま涙をこぼしました。
「心配かけてごめんなさい、ノーラ。」
そう言ってオリビア様はノーラを抱きしめました。
ふと、その後ろに一人の人影が現れました。ジョゼフです。
その姿に気づいたオリビア様はジョゼフに一歩寄り謝ります。
「ごめんなさい、ジョゼフ。あなたを氷の中に閉じ込めてしまって。」
それを聞いたジョフは何を言うんだとばかりに首を大きく横に振ります。
「オリビア、君は僕を助けてくれたのではないか。塔の上からのオリビアの声は聞こえていたよ。」
「どうしてジョゼフは村へ帰らなかったの?」
オリビア様は塔の上で気になったことをジョゼフへ問いかけます。すると、ジョゼフは言いました。
「帰れなかったんだ。オリビアにどうしてももう一度会いたくて。」
「え?」
「塔へと入って以来、僕はずっとオリビアのことを考えていた。」
ジョゼフの言葉を聞くオリビア様の顔は次第に赤らんでいきます。そして、ジョゼフは言いました。
「オリビア、僕と一緒になってくれ。」
オリビア様は少し俯きながら恥ずかしそうに
「……はい。」
と答えました。
二人のその姿をみたフェリシア様は、塔の傍らに咲いた早咲きのレンゲで花の冠を作りオリビア様の頭にかぶせました。割れんばかりの拍手が春を迎えた四季の塔の周りを包みました。
こうして、この国の冬に春が訪れました。
<了>