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冬の春  作者: 歪鼻
3/5

冬の深まり

 塔の入口の扉を開けると、大広間の肘掛け椅子に一人腰掛けた女性が本を読んでいました。


「遅くなってごめんなさい、ノエビア。」


 ノエビアと呼ばれた女性は、読みかけの本にしおりを挟んでパタリと閉じ、肩まで伸びた栗毛色の髪を揺らしながら立ち上がりました。


「あら、気にしてませんわ、オリビア。私ここで本を読んでいましたの。」


「何か変わったことはなくて?」


オリビア様はノエビア様に語りかけながら近づきます。


「いつも通り穏やかな日々でしたわ。」


 それは貴方が司るのが秋だからよ、といつもなら心の中で毒づくオリビア様でしたが、今日はその必要もありません。


 ――冬だって、役に立っているのだもの。


「そう。それならノエビアはもう塔を離れて大丈夫ね。」


「ええ。もう迎えの者を呼びますわ。」


 そう言うと、秋を司る女王、ノエビア様は塔の窓のそばにある鳩小屋から伝書鳩を飛ばしました。


 ノエビア様と入れ替わりに、オリビア様は大広間の肘掛け椅子へと腰掛けます。そうする事で、オリビア様は今年初めて冬の女王様となるのです。


 こうして、四季の塔の主は秋の女王様から冬の女王様に変わりました。



* * *



 季節の女王様は四季の塔に入るとお努めに神経を注がなければなりません。


 季節の女王様は四日に一度階を上がります。階を上がるごとにその季節は深まりを見せ、階を降りることで浅まるのです。そうして塔の十階まで上って二十日間過ごした後、再び四日に一度階を下りてきます。


 しかし、オリビア様は冬の女王のお務めの間も、ジョゼフの事が気になって仕方ありません。その想いは強くなるばかり。


二階の時も、


「あぁ、あの炭焼き小屋にジョゼフがいるのね。今何をしてるのかしら?」


三階の時も、


「あら?今こっちを見なかった?ジョゼフに見られたかと思うと、顔から火が出そうだわ。」


四階の時も、


「ジョゼフはまた会えるといい、と言ってくれたけど、私はもうムリよ。恥ずかしくて二度とジョゼフの顔を見る事なんかできないわ。」


と、塔の窓から炭焼き小屋を見ては、来る日も来る日もジョゼフの事を考えていました。ときどき上の階へ上る日を間違えそうにもなりました。


 オリビア様が階を登るたびに木々の葉は落ち、空気はひんやりとしていきました。そして、八階へと登る頃には冬はいっそう深まり、裸の木々には空からちらつく白い花をつけるようになりました。


 それはジョゼフの言った一ヶ月に、もう間もなくなってしまうという事でもありました。


「もうそろそろジョゼフが帰ってしまうわ……。」


 オリビア様は、明日には居なくなってしまう、明日こそ居なくなってしまう、と過ぎゆく日々を恨めしく思いました。


 けれども、ジョゼフはいつまでも炭焼き小屋に残っていました。


 ついにオリビア様は頂上の十階に着きました。国全体は真っ白な雪化粧を施し、吹きすさぶ風は真冬の到来を実感させました。

 その頃には炭焼き小屋を出入りしていたジョゼフの姿も見れなくなりました。


「きっと、見ていない間に村へ帰ったのよね。」


 さすがにオリビア様もこのままではいけない、と気を取り直して冬の女王のお努めに集中することにしました。


「だって、間違えて屋上に上ってしまっては大変なことになるもの。」


 四季の塔の十階には更に上へと続く階段があります。


 その先は屋上ですが、屋上へ登ることは禁止されています。なぜなら、その季節の天変地異を起こすと言われているからです。


* * *


 十階へ到着してから七日目の朝。隙間から差し込む朝日を受けてオリビア様は目を覚ましました。


「今日は冬の合間の晴れ模様ね。」


 その間にオリビア様は炭焼き小屋を見ることはありませんでした。


 せっかくの晴れ間に外の空気を入れようと、窓の蓋を跳ね上げました。ふとオリビア様は炭焼き小屋が気になり目をやります。


 すると、煙突から煙が出ているではありませんか。


「まだジョゼフがいるんだわ!」


 しかし、あれから四十日は経っています。


「何かあったのかしら……。」


オリビア様は急にジョゼフの事が心配になりました。


 その時です。


 炭焼き小屋から少し離れたより狼の遠吠えが聞こえてきました。目をやるとそこには遠巻きに見える狼の群れと崖を背負った人影。


「あれは狼と……ジョゼフ!?」


 ジョゼフは炭焼き用の棒を持って狼の群れと対峙していましたが、多勢に無勢。次第にジョゼフは崖の方へと追い詰められていきます。


「なんてことなの……。」


 今すぐにでも塔を飛び出して助けに行きたいオリビア様。ですが炭焼き小屋までの道のりは遠く、また間に合ったとしても何もできません。


 そう思うが早いか、ジョゼフの足元が崩れました。ジョゼフの体は崖の上から消えたように見えましたが、間一髪、崖に手をかけて落下を免れていました。


 これ以上の狩りに身の危険を感じた狼の群れは、獲物を諦めてその場を去っていきました。しかし、凍りついた崖の地面はつるつると滑りジョゼフは上ることができません。このままではいずれジョゼフは崖下へ落ちてしまいます。


 オリビア様は居てもたってもいられなくなり、階段を上り四季の塔の屋上へと出ました。そして、


「厳格なる冬の力よ、過ぎゆく時間を止めて!あの人を救って!」


 とオリビア様が天を仰いで祈ると、銀色の長髪の妖精が現れその周りを飛び回ります。


 冬晴れの空はにわかに曇り、凄まじい大寒波はあらゆるものを凍てつかせ、伸びゆく氷壁はみるみるうちにジョゼフごと崖を飲み込みました。


 かくして、ジョゼフは崖下への落下の心配がなくなりました。




 ……冬が続く限り。



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