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冬の春  作者: 歪鼻
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冬の意義

 オリビア様が従者たちと分かれて一刻、ノーラ達の姿はすっかり見えなくなりました。しかし、前方に四季の塔は見えるものの、なかなかその下には近づけません。


「思ったより遠いのね。」


さすがのオリビア様も、いささか嫌気が差してきました。


その時です。


「あっ!」


 気を抜いたオリビア様は石につまづき転んでしまいました。すぐさまオリビア様は立ち上がろうとしますが、足が痛くて力を入れられません。どうやら、転んだ際に足を捻ってしまったようです。


 これではすぐには歩けません。


「しばらくしたら痛みが引くでしょ……。」


 オリビア様は観念したように道の脇に座り込み、周りを見渡します。


 木々は燃えるように紅く色づき、黄金色の草は柔らかい秋風にゆらゆらと波打ちます。見上げれば雲一つない青空で、その青は濃すぎず薄すぎず、優しく世界を包んでいます。


「綺麗ね……。」


 絵に描いたような美しい景色に思わずため息が出ます。


「秋の女王は良いわね。皆に豊かな食べ物を与えて、感謝されて。それに比べて私は……。」


 突然、オリビア様は悲しくなってきました。


「皆を凍えさせ、動物たちを眠らせ、実りもなく、命も育まず……。時には命を奪う……。」


 広い野の道にたった一人、その孤独な情景がオリビア様をいっそう攻め立てます。


「なぜ……私は冬を呼ばねばならないのかしら……。」


 足の痛みだけでなく、自信も失ってしまったオリビア様。四季の塔へと向かう気持ちがどんどん薄らいでいきます。


 美しい景色は次第に歪みはじめ、ついにオリビア様は耐えられなくなりました。湧き上がる感情に膝を抱えて顔を伏せ、頬を伝う悲しみの雫はドレスを悲哀の色で塗り替えます。


 ――このまま消えてしまいたい。

 ――私がいなければ冬は来ないわ。


 自分の存在と使命とその運命。何もかもに蓋をしそうになったその時です。


「どうかしましたか?」


 突然声をかけられハッとしたオリビア様は、気づかれないように涙を拭って顔をあげます。


 そこには、馬に乗った一人の青年の姿がありました。


「この先の塔へ向かわねばならないのに、足をくじいてしまったの。」


「それは災難ですね。ちょうど僕もその塔の側に用事があるのです。そこまでお連れしましょう。」


 そう言うと青年はオリビア様に手を伸ばしました。


「ありがとう、助かるわ。」


 オリビア様がその手につかまり立ちあがると、青年はまるで子供を抱きあげるようにふわりとオリビア様を馬上へ持ち上げました。オリビア様は突然の事にあっけにとられましたが、すぐにワクワクしながらこう思いました。


 ――お付きの者がいなくて正解ね。

 ――きっと馬上から無礼な、と言われてこの青年に罰を与えていたわ。


* * *


 二人を乗せた馬は四季の塔への道を行きます。青年は横に乗ったオリビア様を支えながら、危なくないよう馬をそろそろと歩かせます。


 ゆったりと流れて行く景色。


 一度は落ち着いた気持ちでしたが、その光景は再びオリビア様に悲しみの感情を湧き起こさせ、ついには青年に愚痴をこぼさせてしまいました。


「秋っていいですよね……。実りであったり、彩りであったり色々なものを与えてくれるわ。」


それを聞いた青年は落ち着いた口調で


「そうですね。」


と答えました。当たり前のその回答、しかしオリビア様はその回答がたまらなく悲しくなり


「それに比べて冬はイヤね。皆は凍え、草木は枯れ、動物たちを眠らせ、嫌われ者の冬……。」


と続けました。そう話すオリビア様の声は少し震えていました。そしてうつむき気味に青年に問いかけました。


「貴方もそう思うでしょう?」


「いいえ、僕は冬が好きですよ。」


 青年は一呼吸も置かず答えました。思いがけない答えに、オリビア様ははたとその顔を見上げます。


「冬の厳しさは心を育みます。植物や動物たちは、冬の厳しい寒さに耐えるからこそ、春に強く芽吹き命を育めるのです。それに冬はがあるからこそ、暖かさの良さが分かるのです。」


 そう言うと青年はオリビア様に優しく微笑みかけ続けました。オリビア様はふさぎ込んでいた自分が、だんだんと恥ずかしくなってきます。


「自らは嫌われ役を買いながら冬と秋を引き立てる、そんな厳しくも優しい冬が僕は大好きです。」


 ――厳しくも優しいだなんて……考えた事はなかったわ……。


 青年のその言葉に、オリビア様は身も心も鎖から解き放たれたような感じがしました。



* * *



「さあ、着きました。」


 四季の塔へ着き馬から降りる頃には、オリビア様の足の痛みは殆どなくなっていました。


「ありがとう。私はこの塔で冬を越しますが、貴方はどうされるのですか?」


 青年は四季の塔の奥を指差しながら答えました。


「向こうにある炭焼き小屋にひと月程います。あそこには馬小屋もあるし、すぐ近くの森には薪となる枯れ木も沢山ある。冬を越すのに十分な炭ができたら村へと戻ります。」


 オリビア様は少しだけ寂しそうな顔をしましたが、すぐに笑顔に戻り


「お名前を聞かせてもらってよろしいかしら?」


とオリビア様の知らない村から来た青年に伺いました。


「僕の名はジョゼフ。」


「私はオリビア。」


 二人がお互いの名を名乗ると、ジョゼフはニッコリと微笑み


「また会えるといいですね、オリビア。」


と言いました。オリビア様はその視線に耐えられず、思わず下を向いてしまい、消え入るような声で答えました。


「……はい。」


そして、ジョゼフは馬とともに炭焼き小屋へと向かっていきました。


「ジョゼフ……。」


 オリビア様は胸が締め付けられるような思いで、去り行くジョゼフの背中を眺めていました。




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