黄金の国ジパングの方から来ました、錬金術師です(自称)
僕は自家発電が可能な自作の研究室と共に、地球ではないどこか、異世界へ迷いこんだ。
日本ではお下がりの機材を使い、何もかも自分で修理していた、そんな貧乏な化学者だったのだが――
その世界では、金は「神の涙」と言われている。
錆びることなく永遠の輝きを見せる金は、神による奇跡の産物とされている。しかも金は産出量が非常に少なかった。希少金属といって良いほどに、存在していないのだ。
そのため米粒程度の金だけでも相当な値打ちがあり、1オンス分の金となると、もはや一生遊んで暮らせる金額になる。
金を手に入れたものは、莫大な富を得る。
人々は一攫千金の夢を見て、金を探し求める。ある者は一度金が見つかったという場所に、ある者は未開の地に、そして、ある者は錬金術にそれを求めた。
その探求の旅の果て、金を手に入れることができるのは、一握りにも満たない。
そのような世界で――水銀から金の生成に成功しているのは、おそらく僕だけでだろう。
もちろん僕が金の生成に成功しているというのは極秘だ。錬金術師たるもの、自らの技術を隠匿するのは当たり前……というのは建前で、ただ単に面倒ごとが多いからだ。
金の生成以外にも秘密の多い僕は、そんな数多いる錬金術師の一人ということになっている。
本当は化学者なのだが、この国にそんなものはいない、ここには化学も科学も存在していないのだ。その代わりに、魔法が存在していた。
この世界の理では、金が使われている道具は魔法の効果を強めるので、権力者はこぞって金を求めていた。
この世界の錬金術師という者たちは、様々な方法で金を作ろうと研究の真っ最中、あるいは言葉巧みに強欲貴族から金を巻き上げるだけの詐欺をしているかだ。
なんにせよ、錬金術師と名乗っておけば、多少の奇妙な言動は納得してもらえた。異世界の知識が乏しい僕には、ありがたい効果であった。
さて、僕は水銀から金にできると言ったが、その仕組みは簡単だ。研究室にある「ガンマ線を放射する」機械を使えば、水銀を金に変えることができるのだ。
元素の周期表を思い出してみよう。原子は水素(H)の陽子は1個、酸素(O)の陽子は8個というように、陽子の数(原子番号)が決まっている。その陽子の数を変えることが出来れば、なんと原子の種類を変えることができるのだ。
それを可能にするのがガンマ線。
原子核にガンマ線を当てると、陽子がはじき出されて、陽子の数を減少させることができる。つまり、陽子を一つ減少させれば、原子番号が一つ下の物質にすることが可能なのだ。
金の原子番号は79。原子番号が一つ上の80は水銀。つまり、水銀にガンマ線をあてて陽子を一つ弾き飛ばせば、金ができるというわけだ。
最も、これで大金持ち! というわけにはいかない。地球でその実験をしようとすると、諸経費もろもろで金1gを作るのに20万円もの費用がかかり、全く採算が合わないのだ。
しかし、この世界ではどうだろう。プラスになってやったね、どころの騒ぎではなくなってしまうのだ。
難しい話は、さておき。
僕の研究室は異世界の森の中に現れた。最初は一人で住んでいたが、今はもう一人、一緒に住んでいる。家事はすべて彼女に任せ、僕は研究に没頭していた。彼女は家のことを任せるために雇っ……いや、買ったのだ。
あのころはこの国の言葉を覚えたてで、うまく説明できなかった。それが原因で、まさか、人を買うことになるとは思いもしなかった。僕は当時のことを思い出す。
僕は研究に没頭するために、家政婦を雇いたかった。しかし、森の近くの村では雇える人はいなかった。あの村は小さな村だ、畑仕事など自分たちの仕事がある。僕のために時間が割ける人がいないのは仕方のないことだった。
僕は大きな町へ行った。
町に着いて、僕はある建物へ入る。ギルドという場所だ。そこではなんでも手に入るというのだ。
そして、僕は受付の人にこう言った。
「ごはん、そうじ、せんたく、する人、探してる。いっぱい払えるから、だいじょうぶ」
この世界の金は無いが、水銀から作り出した金を、ほんの少し持ってきたのだ。
「人をお探しですね?」
「そう。しごとする人、ほしい」
自分ではうまく言えたつもりだが、今思えば、この文面では人を買いたいといっているようにしか聞こえなかったかもしれない。
僕が案内された場所、そこには鎖につけられた人が、たくさんいました。なんと奴隷市場だったのです。この世界では、普通に奴隷が認められているようです。
「ええと……」
ううううむ。
うまく言葉が使えない語弊が……。
来てしまったものは仕方やない。それに、訂正しようにもうまく伝えられる自身がない。
それに店員が出てきちゃったし。
「いらっしゃいませ、どのような奴隷をご所望でしょうか?」
「僕、言葉、すこしだけ。ゆっくり、かんたんな言葉で、話す、お願い」
しどろもどろになりながら、僕はなれない言葉をつむぐ。店員の言葉は難しくてよく分からない。
「失礼いたしました。どんな仕事をさせる者が良いでしょう? そして、あなた様はどのくらいの予算……ええと、お金はどれくらいありますか?」
僕の様子を見て、わざわざ簡単な言葉に言い直す技術。奴隷を扱っているだけに、顔色をうかがうのが得意と見える。あまり、好きに離れない人種だ。
「金、ない。でも、金、ある」
僕は小さな小さな金の粒を見せる。この世界で金がどれほどの価値があるのか、僕は知っているつもりだった。
森の外にある村でお世話になった時に、言葉と一緒に知ったのだ。この世界では金がとてつもない価値を持つことに。
それを知るきっかけになったのは、村人から僕が森の住処で何をしているのかと尋ね、僕は片言ながら「石から金を作る」と言ったときだ。
僕が錬金術師という者たちがいることを知った瞬間でもあった。
この世界に金の生成に成功している錬金術師はいない。そのため、僕は金が作れることを隠した。
どんなに信頼しているものだろうと、隠し通すことにした。いつ何に巻き込まれるか分からないからだ。「いつか金を作る」と言えば、村人は笑いながら「完成したら少し分けてくれよ」と冗談で返してくれる。
だれも金を作れるとは思っていない証拠でもある。
錬金術師は、基本的に研究以外に興味はない。そのため村人にとってみれば、錬金術師が森に住みついた程度の認識で、突然現れたにもかかわらず僕の存在を受けれてくれた。
話を戻そう。
金の粒を見た店員は目を丸くし何か言葉を言った。
「はやくて、わからない。なに?」
興奮状態の早口だったため、まったく聞き取れなかったのだ。
「これは失礼しました。本物か調べても?」
「はい、だいじょうぶ」
この世界には魔法があり、鑑定の魔法を使えばすぐに分かるのだ。
店員は仕事柄その魔法を使えるのだろう、僕の持っていた金が本物とわかると、豪華な部屋へつれていかれました。上客と思われたようです。
くたびれた白衣を着た僕は到底お金持ちには見えませんよね、分かります。
お茶とお菓子を楽しみながら待っていると、先ほどの店員がやってきた。
「この者たちは、皆、家事ができる特上の奴隷です。腕も確かで顔も良い者をそろえました。健康体で、夜の相手も問題ありませんよ」
僕が男だからでしょうか。それとも家事をするのは女性が得意だからなのでしょうか、きれいなおねぇさんがたくさんいました。彼女たちは、みんな奴隷なのです。
僕は好みの顔をした女性を選んだ。
米粒よりも小さな金と、彼女を僕は交換した。僕の価値観では米粒より小さな金というは、人の一生を買うにしては、非常に安い金額であった。
僕は彼女と、森の中にある研究所へ戻ってきた。
彼女には、家事の事が終わったら自由にして良いと言ってある。
身分は奴隷だけれど、使用人と同じ扱いだ。少しではあるが金を給金として彼女に渡している。
昼のことはすべて彼女に任せているので日常生活は安泰だ。夜は……彼女はいろいろな手で迫ってくるが、これは話しても仕方がないだろう。
僕はヘタレなのだ。
奴隷とはいえ、美しい人に手を出す、畏れ多い。僕は何もしていない。
彼女との日々、研究の日常、この変哲のない日常はすばらしい者だった。
僕は「金を生み出す技術」を持っていることを、ばれないように気をつけていたのだが、どこの世界にも「鼻がきく」ものがいるもので、僕の持つ金の出所を調べる者がいたのだ。
そのせいで宗教国家や帝国の陰謀に巻き込まれたり、遠い東の地に「黄金の国」(架空)を作ることを余儀なくされたりと、大変なことになるとは、この時の僕はまだ知らなかったし、知りたくもなかった。
――その話は、機会があればすることにしよう。
「鉱物の不思議がわかる本」 松原監修 成美堂出版
という本に、
重さ1.34tの水銀に、50MeVのガンマ線を70日間当てると、約74kgの金と白金180kgができると考えられていることや、そのコストはガンマ線を作り出す電気代だけでも150億円も必要になるらしいことが、書いてあるようです。