過去の反省についての手紙
1月17日
前略 まだ少し早い気もしますが、スーパーに菜の花のような春野菜が並ぶようになって、新年を迎えた実感が出てきました。これから日も長くなっていきます。
年末に一人で山中湖までサイクリングへ行ってきたばかりですが、年明けに大学の後輩の女の子と矢櫃峠を登りました。この時期にしては暖かい日でした。この峠には昨夏にも登ったのですが、その時よりも楽に登れました。
空気がとても澄んでいて、展望台からは相模湾が綺麗に見えました。今まで5回ほど登りましたが、実のところここの景色が美しいと思ったのは初めてのことです。
秦野から峠を宮ケ瀬方面へ抜け、飯山温泉に寄って厚木へ戻りました。温泉宿のお婆さんが私たちをカップルと勘違いして、二つある浴室の一つを貸し切りにして、二人でどうぞと勧めてくださいました。私は別に構わないのですが、後輩は焦った様子でした。恋人でもない異性とお風呂に入るのってどんな感じがするのでしょうか?興味はありますが、結局広いお風呂を独り占めできてとても気持ち良かったので、別々に入って正解でした。
「あなたが気にしないなら、私は別にかまわないけど。」広い浴槽の隅っこで、大学最後の春休みに、エジプトで聞いたセリフを思い出しました。
その時二十歳だったFranziska Müllerとは、カイロからルクソールへ向かう夜行列車の中で出会いました。ハイカットのコンバースと靴下を脱いで、夕立で濡れた足を乾かしながら、彼女は席に体育座りの姿勢で座っていました。私が入ると、彼女が微笑みかけてくれました。欧米や中南米の女性は誰でも微笑んでくれるのが素敵ですね。始発駅のラムセス二世駅で乗車したときは、6人掛けの部屋に、私と彼女の2人だけだったので、このままルクソールまで広々と使えるといいねと話していたのですが、次のギザ駅で満席になってしまいました。乗客は私を含め全員が外国人でした。
夜通しナイル川沿いを南に向けて走った列車は、朝九時頃にルクソールに到着しました。バックパックを背負って、席を立ったとき、私は彼女の背の高さに気付きました。彼女は175㎝もありました。私は背の高い女性が好きです。私より高くても構わないし、同じくらいの背丈なら目線が合って素敵だなと思います。もし相手が気にしなければですが。二人ともその日の宿をまだ決めていなかったので、二人のガイドブック(独語のロンリープラネットと日本語の地球の歩き方)の中から良さそうなところへ行くことになりました。泊まったのは、壁やカーペットなどのインテリアが青に統一された、とても涼しげで素敵なホテルで、ルーフトップテラスでこれまた青い絨毯に置かれたローテーブルを囲ってする食事はとても素敵でした。ここの青い空間と、バルセロナのグエル公園にある家の青い空間に私はずっと憧れています。 駅から、その宿まで歩きながら、二人で一部屋とるか、別々に二部屋取るかという話になりました。
「私はあなたが気にしないのなら一緒でいい」と彼女は言い、
「僕もあなたが気にしないのなら一緒でいい」と私は言いました。
そうして同じ部屋に泊まりました。なぜ、私は「じゃあ一緒に泊まろう」と答えられないのでしょう。
余談ですが、ルクソールでも私は自転車に乗りました。王家の谷までレンタサイクルで行くことを提案したのです。レンタサイクル店の自転車はどれもそれは酷いもので、どの自転車のタイヤにも 漏 れ な く 空気が入っていなかったし、ハンドルやらスポークやらあらゆる箇所が歪んでいました。極め付けには、帰り道にポロリとペダルが取れて、私は片足で漕いで帰る羽目になりました。まあでも、自転車で下る王家の谷からナイル川への坂は気持ちよかったです。
そんな風に、私はいつも、男性から言い出すと何かいやらしい感じが出てしまうのではないか、と思って遠慮や惧れから自分から切り出せないのです。私は無駄にプライドが高く、自意識過剰な所がありますから、清廉なさっぱりとした人間と思われたいのです。しかしながら、実際の私は、運動の後の温泉という素晴らしく清潔な時間に、過去に会った女性のことを考えるような、高齢童貞に過ぎないのです。
誤解の無いよう申し添えますが、後輩の女の子に対しては何の気持ちもありません。自分自身に嘘は付かないことにしましたから、それは信じてください。
高齢童貞X様
爽やかサイクリストSより