宛名の無い手紙
人物紹介
S氏 手紙の差出人。ディベロッパーで再開発用地の取得を担当している勤め人。現在の仕事にやりがいを見出せず、三十歳を前に人生に焦り、行き詰まりを感じている。自分のあるべき姿を求め、頭の整理も兼ねて、自分自身や架空の人物達に宛てて、やり場の無い想いを綴った決して出されることのない手紙を書き始める。会社では孤高の人物を演じ、交友を嫌う。会社の交友関係に縛られるのを苦痛に感じる一方、寂しさも感じている。毒舌家。レッテルを嫌い、嫌いな言葉は「普通が一番」だが、彼自身はやや尖った凡才に過ぎない。シャイ。
X氏 S氏が自身に宛てて手紙を出すときの宛名。
A氏 架空の小説家。S氏は一時期小説家になりたいと思っていた。構想ばかりが膨らんで、中身が詰まらずに挫折したが、今でも未練を断ち切れずにいる。
B氏 架空の起業家。S氏は所謂サラリーマンなんて糞下らない!と思っていて、下らない商売を考案しては心に仕舞っている。
G氏 今は連絡を取っていないS氏の高校時代の友人。中々の変人、歌舞伎者であった。妄想の出汁として登場する。S氏同様ひょろっとしていて、運動と普通であることを嫌い、衒学的な言い回しとブラックジョークを好む。無職。
K氏 S氏の大学時代の友人。訳の分からないことを愛するG氏と似た人物。話の都合上必要な時にだけ登場する脇役。
手紙を書く、なんてことは最近無いかも知れませんが、皆さんは、文通相手をどうやって見つけていますか。
雑誌ですか?インターネットですか?
相手がいないと文通にはなりませんが、手紙を書くことはできます。
とある小説に影響されて、私は夏頃に旧知の友人と文通を始めました。その主人公は京都の大学院から、遠く離れた石川県の実験室に飛ばされ、寂しさのあまり、かつての仲間たちに手紙を沢山送ります。私も就職すると、同じような境遇に置かれました。出身地の東京から岐阜、そして名古屋へと飛ばされ、最近ようやく5年ぶりに関東へ戻ってくることができました。名古屋に居た頃、その小説に出会った私は、主人公の心境に共感し、強襲に駆られて友人に手紙を書いたのです。
その友人とは、何通か手紙をやり取りしたのですが、結婚式の準備にハネムーンと忙しいのか、一月ほど前から返事がありません。しかし、催促するのも気が引けるので、続けるつもりがあるのかも訊けていません。それにメールで手紙を催促するなんて無粋でしょう?
手紙を書く相手がいないので、今日から、自分自身(X氏とします)や、架空の相手に宛てて手紙を書こうと思います。
12月1日
今日は急に寒くなりましたが、いかがお過ごしですか。
寒くはなりましたが、私の住む町は快晴で、空気は冷たいのに日差しが暖かいのが、とても気持ちのいい日でした。
最近、家の裏手の河川敷きにバラが植えてある(今は季節外れで、四季咲きのバラでもしょんぼりしていますが)静かな場所があるのに気が付きました。今日みたいな日に、そこのベンチで読書をするのが楽しみです。直射日光に晒されて、夏は暑すぎるので、寒い冬がちょうどいいです。
オシャレな時候の挨拶が書けてすでに満足してしまったのですが、手紙のセオリーとして本文を書きます。
私の唯一の実在するペンパルが、私に返事を書く前に、ウィーンへ新婚旅行へ行ってしまい、手紙を書く宛てをなくしたので、こうして見えない相手に手紙を書いているのですが、やはり虚無感が拭えないのでインターネットの掲示板で文通相手を募集することにしました。
しかしインターネットの掲示板で相手を募集している人の9割は女性で、そのほとんどが女性のみの募集という、厳しい状況でした。その上、その9割を占める女性の、内9割5分が、趣味としてアニメ、マンガ(BL)を挙げているような、サブカルチャーの砂漠みたいな世界がその掲示板には広がっていました。
この人と文通がしたい!と思えるような素敵な募集がなかったので、こちらから募集を掛けることにしました。掲示板に書き込んだところ、早速1日で5人からの応募がありました。全員女性でした。
流石は私。流麗な文章で女性を引き付けるとは、まるで烏帽子に牛車の平安貴族のように風流であると、自分の文章のまずさを棚に上げて、私は己惚れました。もちろん、応募が女性ばかりだったのは、掲示板を読んでいる人の大半が女性にだったからに過ぎないのですが。
私は何となく素敵な文章を書いてくれそうな、インドア兼業主婦と文学青年に手紙を書くことにしました。月に百冊の本を読む(出版業界か、司書か、あるいは無職の読書マニアか・・・)という不思議な方にもやや興味があったのですが・・・。
お申し出を受ける旨のメールを返すと、私は早速近所のモスバーガーへ一通目の手紙を書きに出かけました。やはり紙に手で書く作業には、独特の楽しさがあるもので、新作の激辛バーガーを食べながら、気が付くと私は2時間以上も手紙を書いていました。たった便箋3枚の手紙ですが、手紙とは手間がかかるものです。
まだ見ぬ人は、私の手紙を読んで、どう感じ、どんな返事をくれるでしょうか。楽しみです。
ドッペルゲンガーのX様
友達いない彼女もいないS