織田信勝謀叛
信長と並んで歩き、途中の宿で一泊した後また歩き始め、ついに城下町が見えてきた。
「それで、殿は何であんなとこにいたんだ?」
「・・・・・・・・・・」
「なあって。」
「・・・・・・・・・」
ガン無視である。
なぜかというと―
「・・・はあ、織田さん。」
「・・・織田はいっぱいおる。」
「・・・信長さん?信長様?」
「千虎にさんとか様とか言われると寒気がするぞ。」
・・・面倒くせー。
「凛夏。」
「なにようである、千虎よ。」
何故かこの名前ではないと反応してくれないのだ。
事の顛末は、ほんの数分前だ。
「なあ、殿よ。あれ?おい、殿?殿ー。とのーーーー!」
「あー、うるさいぞ。殿、殿言うな。お前に言われると怖気が走る。」
「いや、怖気が走るって・・・。でもしょうがないだろ、今はお前が俺の主なんだから。」
「我はその呼び方は好かん。」
「いや、好かんって言われてもね・・・」
「だから我の愛称を教えてやろう。」
「愛称って、ニックネームみたいなやつか?」
「にっくねえむ?何だそれは?」
「あ、この時代に横文字は通じないのね。」
「それでそのにっくねえむとやらは何なのだ?」
信長は目をきらきらさせて聞いてきた。
未知なものが好きなんだな。
俺は信長の幼子のような一面に微笑ましさを感じていた。
「それでにっくねえむとは何なのだ?」
「ニックネームって言うのは、そうだな・・・。仲のいい人たちの間で親しみをこめて言われる名前みたいなものだ。まあ、必ずしもそうではないけどな。」
俺はまさに違う意味で呼ばれていたニックネームらを思い出して苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「例外とは、たとえば恐れられているものに付けられている鬼みたいなものか?」
信長のその言葉にますます俺の顔が暗いものとなっていった。
「まあ、そんなものだ。」
「なるほど、それなら少し違うな。我らの間での愛称とはすなわち真の名のこと。呼ぶのは対等な関係、親族、親しき仲でだけだ。」
「ふーん。ということはこの世界の人はみんな愛称があるのか?」
「まあ、そう言うことになるな。愛称は子が生まれたときに親がそのときの風景、季節や、わが子にこうあってほしいという願いや希望から付けられる生涯不変の名前のことだ。」
「なるほど・・・。」
俺はとても神秘的なものに感じていた。
(歴史書から得た知識によると)この時代の人は名前がよく変わるのだ。そんなときでも変わらずにいる名前。
大事なものなんだな。
「でだ、我の愛称を教えてやろう。しっかり聞いておけよ、我の愛称は凛夏だ。」
というかんじで、今に至る。
「そういえば凛夏、さっき愛称には深い意味があるんだろ?凛夏にはどういう意味が含まれているんだ?」
俺がそう聞いたとたん凛夏の顔に影が差した。
「あ、話したくなかったら話さなくても・・・。」
「いや、いつまでもひきづるわけにはいかない。そう、お前に言われたしな。」
そういって、一拍おいた凛夏は話し始めた。
「凛夏という愛称は我が夏に産まれたことと、父が我に凛とした人間になってほしいという願いからつけられた名だ。」
凛夏は暗くなりながらもそう答えた。
父のところらへんからさらに暗くなったな・・・。そういうことか。
「やはり、わかったか・・・。つい先日父が亡くなってな。こんな世の中だいつ死んでもおかしくない。だから、父が死んで悲しいことは確かだが、それよりも怖いのだ。」
「怖い?」
これには俺も意外だった。
「ああ。いきなり君主になって、家臣たちの命運が我にかかっておるのだ。それに、まだ尾張を統一していないし、統一したら次は隣国の今川だ。それらの勝敗、家、家臣の命運すべてをいっき背負うことになってな。」
「なるほど・・・。」
「それに、やはり急に素直にはなれないものだな人間は。父の葬式で、悲しくて、やるせなくて、そして悔しくて父の位牌に抹香を投げつけてしまってな。」
たぶん、葬儀に参加しながら内心ほくそ笑んでいる、権力または家そのものを狙うやからが許せなかったんだろう。
そう思った俺はうつむいてしまった凛夏の顔を両手で挟んで前を向かせた。
「言っただろ、前を向けって。たしかに凛夏にはいきなり重い荷が乗っかったかもしれない。でも、お前はひとりじゃない。俺がいる。それに、お前を信頼してくれる家臣はほかにもいるんだろ。そいつらのためにもお前は前を向いて堂々としてなきゃいけない。自分たちの長が暗い顔でうつむいているほうが下の者たちには辛い。」
士気も下がるしなと笑いながら言って、すぐに真剣な顔になり、凛夏と向き合う。
「大丈夫だ。俺がついてる。それに、お前ならできるよ絶対。」
だから・・・
「頑張れ、凛夏。」
俺はそういって凛夏に優しく微笑んだ。
「う、うん。ありがと、千虎。」
凛夏も顔を赤くしてそう返してきた。
「さて、もう城下町もすぐ目の前だししっかりしろよ。」
「ああ、国民に暗い顔は見せられないしな。前を向いてみんなを引っ張っていくぐらいでないといけないな。」
「ああ、そうだ。」
やっぱやればできるよ、お前は。
そう心から思った俺は隣を歩いてる凛夏を見た。
凛夏の目はこれからのことに期待を膨らましていて燃えているようだった。
「行こうか千虎。まず手始めに尾張を統一しなければな。」
「ああ。ついてくよ凛夏。」
そういって二人で城下町に入っていった。
城下町に入ると、目立ってしまった。特に俺が。
この世界では俺の服は珍しいみたいだ。
隣の凛夏は別段そのことをきにせずに歩いていたが、急に畑にいたおばさんに話しかけていた。
「今年はどうだ?」
「今年は去年よりも豊作だよ。凛夏ちゃんが手伝ってくれたからね。」
おばさんがそういった。
「凛夏ちゃん。うちも豊作だよ。凛夏ちゃんのおかげさ。」
そういって、次々といろんな人が話しかけてくる。
城につくころには日もどっぷり暮れていた。
そのまま、凛夏につれられて城に入ると、あちらから幼女が走ってきた。
「りーんーかーさーまー!」
「げっ。」
「どこに行っておったんじゃ。今、虎様がお亡くなりになられて、不安定だというのに。」
その後もぐちぐちと幼女は凛夏に説教を続けた。
「葬儀のときも虎様の位牌に抹香を投げつけるなんて・・・。」
「もうそのことはよいではないか。」
「いや、よろしくないですぞ。」
凛夏と幼女がそんなやり取りをしている横で俺は一人納得していた。
なるほど、虎様って織田信秀のことだったのか。
「ところで、横におるそこの小僧は何者じゃ?」
幼女が刀で俺を刺しながら・・・
ん?刺しながら?指しながらじゃなくて・・・
「・・・!いてー!刺すなよ。ていうか、刀向けるな危ない。」
俺が抗議すると幼女はすぐに刀をおさめた。
「で、小僧何者だ?」
俺は凛夏に言ってもらうように視線で促がした。
「あ、文華婆こいつはな。」
凛夏が俺の現状を話すと
「で、どこの間者だ?」
幼女はそう俺に聞いてきた。
「だから、どこの間者でもないよ。これから凛夏に従うことになったって今説明してたろ。」
「ふむ。年上への敬意がなってないのう。」
・・・・・・・う、うぜー。この幼女うぜー
「いや、見るからに幼女でしょ。」
「はあ、これだから最近の若者は。」
我慢だ。頑張れ俺。
「えっと、そちらこそ誰ですか?」
今度はちゃんと敬語を使って聞いた。
「わしは平手五郎左衛門政秀じゃ。」
えっと、この幼女があの平手政秀?
「えっと、お父さんの名前はなんていうのかな?」
俺は代々政秀を名前につける家系で、この幼女はあの政秀の娘だろうと思い、聞いてみた。
「わしの父は平手経秀じゃ。」
本物でした・・・
「まあ、そんなことより文華婆。我を信じてくれ、千虎は絶対に我の味方だ。」
二人とも動かず少しの時が過ぎると
「凛夏様がそこまで言うなら信じましょう。」
政秀さんが信じてくれた。
「それよりもこれより尾張を統一しに行くぞ。」
凛夏はもう俺の間者疑惑は興味ないらしくそういった。
「凛夏様・・・、そうおっしゃられているときに言うのはとても気が引けるのですが、織田信行様、御謀反いたしました。」
「な!晴が謀反だと。」
「はい、葬儀にいた者たちが凛夏様の行動を見て、あんなものに任せておけないと言って信勝様を筆頭に謀反を起こしました。この責任はわしが腹を切って・・・。」
「いや、よい。我の味方である家臣を集めよ。晴を・・・いや、謀反人織田信勝を討つ。」
「しかし。」
「くどい!疾く集めよ。すぐに出陣する。」
そういって凛夏もどこかに歩き出した。
俺もそれについていこうとすると、服の袖をつかまれた。
つかんできたのは幼女・・・じゃなかった政秀さんだ。
「さっきも言ったが、わしは平手五郎左衛門政秀。愛称は文華じゃ。文華でも婆でも呼び方は好きにするがよい。さっきはああ言ったが今は小僧のことを信じておる。凛夏様にあそこまでなつかれる者は少ないからのう。これから、凛夏様を頼むぞ。わしもそろそろあぶないのでのう。」
そういって幼女は笑った。
「文華さん!」
「ん?なんじゃ。」
「もう少し長生きしてくださいよ。これ以上凛夏を寂しくしちゃだと思うので。」
文華さんは俺の言葉を聞いたとたん驚いた顔になって、その後笑いながら言った。
「ほほほ。小僧、よく凛夏様のことわかっておるではないか。」
そういって、てこてこと可愛らしく駆けて他の家臣を呼びに行った。
それを見送った俺は、凛夏を追いかけた。
どこに行ったかはわからないので近くを通った人に聞いて進んでいくと、凛夏がいるらしい部屋にたどり着いた。
「凛夏どうす、るん、だ?」
俺が声をかけてふすまを開けると、着替え途中の凛夏がいた。
そのまま二人が固まっていると
「何をやっておるのじゃ、小僧。」
後ろから文華さんの声が聞こえてびくっとなった。
壊れた機械のように後ろを向くと、まるで幼子、というか幼子の微笑みがあった。
「えっと、他の家臣たちへの報告は・・・?」
「もう、終わらしたぞ。」
はや!
「おい、千虎。」
ゆっくり凛夏のほうに向き直ると、着替え終わり甲冑を付けた凛夏がいた。おまけに目が笑ってない笑みも装備していた・・・。
「すいませんでした。」
俺はすぐに土下座しました。
「・・・はあ、今度からはちゃんと声をかけてから入れ。」
「わ、わかった。」
何事もなく許された俺は軍議をするために移動した凛夏についていった。
そのころ信勝側では・・・
「は、晴様ー。もう謀反なんて止めたほうがよくないですか?」
背が高く、胸が大きい少年みたいな女の子が目の前の少女に訴えていた。
「で、でも、ここまできたら凛夏姉さまが許してくれるはずないわ。最悪私処刑・・・。いやー、まだ死にたくないよー。」
この泣き叫んでいるのは、信長の妹である織田勘十郎信勝。愛称、晴だ。
「でも、今ならこの柴田権六郎勝家がこの命に代えましてもお助けしてもらえるようお願いしてみますので。」
「そ、それなら。」
「何をしているのだ。」
そこに男が声をかけてきた。
林通具だ。
「早く戦準備しないと殺されるぞ勝家殿。信勝殿も早く準備なされ。もし負けるなんてことがあったらみんな殺されるらしいですから。」
そう言って、すぐに戦準備のためどこか行ってしまった。
「ねえ、かっちゃん。」
「何でしょう。」
「どうしよう・・・。」
「・・・どうしましょう。」
二人して、ため息をつくのだった。