第 1 話 家出
転生した先が悪かった。
「起きなさい。私のかわいい……カオス」
もうおわかりだろう。この母は息子にキラキラネームを名付けるような人間だ。うっかり事故死して転生するなんて果報者だと思ったのも束の間、俺は少々頭のおかしい母親のもとで暮らすことになった。
こんな名前だし幼年期はさぞ苦労したことだろう。我がことながら同情する。気づけば16歳のこの体に転生していた俺は、今日も日が昇るより早く母に起こされてジョギングをさせられていた。
「おはよう――カオス!」
目覚めの早いじーさんやばーさんが手を振って挨拶してくれるのはいいのだが、朝っぱら萎れた声でカオスと叫ぶのはやめてほしい。
城壁のまわりを一周して家にもどると朝食が用意されたいた。今日も薬草のサラダらしい。手抜きではなかろうか?
「しっかりと食べるのよ」
母に逆らうと面倒なので黙って食べる。毒消し草が苦い……。
日課らしいジョギングも終わったので二度寝しようかと自室に戻る途中で母に肩をつかまれた。すっごい力で……握力いくつだ?
「どこに行くのカオス? 今日は王様にお会いして旅立ちの誓いをする日だったでしょ」
なに言ってんだこの女は?
とうぜん抵抗したのだが、母は息子の意思など無視して俺を外へと引きずり出した。ほんとすっごい力で……。
その後の抵抗も虚しくズルズルと連れてこられた俺は城門の前で解放された。
「さあ、行ってらっしゃい」
「えっと……無理かと」
「どうしたの? 早く行かないと王様が待ちくたびれてしまうわ」
母の頭がいよいよまずい……。
一国の王に平民の子供が面会などできるわけないだろう。なのに母の目は真剣だった。
振り向けば見上げるほど立派なお城がある。とてもお呼びじゃない。
「母さん……その……忘れ物をしてしまって……取りに戻りたいんだけど……」
「まあ、大変! 急いで行ってらっしゃい!」
ちょろい……。
ともかく俺はその場を逃げ出して家へと戻った。
「じーちゃん! じーちゃん!」
「なんじゃカオス、そんなに慌てて」
母以外の肉親で頼れる人間といえばじーちゃんしかいない。俺は事情を話して泣きついた。
するとじーちゃんは優しい目で俺を見ると……。
「お前はこのじいの孫じゃ。立派な勇者になるんじゃよ」
このじじいボケてやがる……。
熱い眼差しで俺の肩をつかむと自分の息子がいかに勇敢だったかを熱く語り出した。やっぱりボケてやがる……。
俺はじじいを振り払って自室へと戻ると、かねてより計画してことを実行に移すことにした。
ベッドの下から引っ張り出したズタ袋を担ぐと一階におりる。少し迷ったが母の桐箪笥から薬草の束を持ち出して家を出た。
よし! 家出しよう!
このまま頭のおかしな家族に付き合って暮らしていくことに耐えられそうにない。半年ほど暮らしてこの異世界の常識も身につけたことだし、なんとか一人でやっていく自信はもてた。
桐箪笥の中に常備されている薬草を売り続けたことで当面の路銀も確保してある。
いざ自由へ!
俺は晴れ晴れとした気分で城下町を後にした。
途中でルイーゼの酒場なる場所を見つけたが無視した。仲間を雇用する場所らしいのだが、冒険に出るわけではないので不要だろう。あくまで家出をするのだ。
しかしいざ安全な場所から離れるとなると抵抗もあった。
ズタ袋のなかには食料と生活用品しかいれていない。あと薬草の束か……。
フィールドと呼ばれる外の世界にはモンスターや盗賊や野生動物などがいる。さすがに手ぶらというのは心許なかった。
一応魔法はおぼえているものの回復系魔法を少々と、トラップ系魔法が使えるだけだ。あまり頼もしいとはいえない才能である。
もちろん戦闘は極力避けていくつもりなのだが、どうにもならないときもあるだろう。そう思うと武器の必要性は感じられた。
気は進まないが一端町に戻って武器屋の戸を叩いた。
「らっしゃい! なんだカオスじゃねえか! お前のかーちゃんが血眼になってさがしてたぜ!」
嫌な情報を仕入れてしまった。急いで町を出ねばなるまい。
「あの……手頃な値段の武器がほしいんだけど」
「おう! なんにする? おすすめは銅の剣だ」
手頃な値段と前置きしておいたのに武器屋のオヤジは100Gする剣を売りつけてきた。ちなみに日本円なら10万円ほどの価値だ。そんな大金を子供が持ち歩いているわけがない。
「もう少し手頃な値段のものがいいんだけど」
「じゃあ棍棒にすっか? 30Gだぜ」
3万円か……。買えなくもないが財布をのぞくと心許ない。
「この角材というのはいくらですか?」
「角材? それなら昨日城に卸したばかりだぜ。王様にもらったんだろ?」
なんで王様から角材など受け取らねばならないのか?
このオヤジもどこかおかしい。
「お前まさか……まだ王様んとこ行ってねえのか?」
行くわけないだろ。ツッコミたいがオヤジが不審そうな表情を浮かべたので適当な言い訳をでっち上げてそそくさと店を出た。
母にチクられる前に町を出たほうがよさそうだ。しかし布の服しか着ていないので、防御力にも不安がある。だがあいにくと防具屋は遠い。途中で血眼の母に見つかる危険はさけたかった。
少し考えて出口付近の道具屋へと足を向けた。
「い、いらっしゃい」
店に入ると普段あまり見かけない店主のオヤジがカウンターの中にいた。
「珍しいですね」
「あ、ああ、わしだってたまには働くさ、ははは」
もともと口べたで接客下手な店主はいつにもまして挙動不審だったが、気にせずにメニューを見せてもらった。
「この旅人の服を一着もらえます?」
「あ、ああ。わかったよ、ちょっと待っていてくれ」
店の奥に消えているオヤジの背中を見てギョッとした。
なんか鋭利なもので切り裂かれたあとがあるではないか。
なんとなく嫌な予感がしたので見なかったことにした……。
「お、お待たせ。サイズはこれでい、い、いいかな?」
「あ、はい……」
なんとなく目を合わすのが怖くなって視線をそらす。するとそらした先に血痕らしいものがついたバールのようなものが転がっていた。
確定や……。
「こ、これはその、ちが、違うんだ!」
なにが違うんだ?
そんな泳ぎっぱなしの目で俺を見ないでほしい。
この店主が奥さんとうまくいってないのは知っていた。馬鹿にされ罵られなんで結婚したのか疑問に思うほど夫婦仲は悪かった。それでもおとなしい店主が我慢していたので今まで保っていたのだろうが……とうとう限界を超えたらしい。
「あの、俺、この町を出て行くつもりなんで、その……心配しないで下さい」
俺が通報する気はないと示唆すると、店主は安心したのか微笑みを見せた。そのぎこちない笑みも怖いのだが……。
「そ、そっか、出て行くのか、す、すぐに?」
「ええ。一刻も早く」
「な、なら着ていくといいよ。そ、そこの試着室を使ってよ」
ありがたく使わせてもらい立派な旅人の姿で出てくると、店主がバールのようなものを持って立っていた。
ひいッ!
俺が少女のような悲鳴を漏らすと、慌ててバールのようなものを振る店主に戦慄する。
「ご、誤解しないで、こ、これ、餞別にと思ってさ」
証拠隠滅も兼ねたプレゼントなど受け取りたくもないので断っていたのだが、逆上されはかなわないのでしかたなく受け取る。ご丁寧に腰に身につけられるようにベルトと鞘のようなものもつけてくれた。
これで共犯者だ……もうこの国に戻れそうにないな。
店主にそれとなく教会に連れて行くようにすすめて店を出た。
なんせこの異世界では教会に寄付をすると大概の死人が蘇るのだ。だからといって罪が消えるわけではないので店主の未来は暗いままだが……。
ともかく武器と防具が手に入ったので、今度こそ俺は城下町を出た。