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逃げろアルス

またしてもアウト。

 嘔吐とは、生物が食物の消化を行い、生命活動を行うためのエネルギーを生成する都合上、何かしらの不具合が発生したときに起こすものである。

 これを行うことは、何ら恥ずべきことはない。鼠も猫も吐くのだ。だって生き物だもの。

 それに、世の中にはヒロインがゲロを吐くアニメは名作。なんて言葉もある。然らば、ゲロを吐くのにはプラス面だって……ウプ……オェェェ!!!


 そうして、またもや言い訳に走りつつ、ビチャビチャ!!!と聞くに耐えない音と共に直下型ボムが地面に直撃する。そして、その刹那、周囲の吐き気を誘う毒ガスとも形容してもよい異臭が立ち込める。するとたちまち、その臭気にやられて貰いゲロの嵐が巻き起こされた。


 「うわっこいつゲロ吐きやがった!……オェェェ!」

 「ぐあー!昼食の直後にこんな……ウボァ……。」

 「何をやってらっしゃる!罰則の先陣を切った次は、嘔吐の先陣ですか!!情けない姿を見せるのもいい加減にして下され!!!」

 

 徴兵達の先頭に立って、領主の息子自ら訓練を行い、民兵の士気を上げさせるという意図が災いした。こういったことに耐性がなかった者も徴兵には少なからずいたので、ゲロの余波に次々と人が飲み込まれていく。


 いや、耐えようとしたんだよ。でも気持ち悪いものはどうしようも、ぅッ二発目の臭気爆弾がこみ上げ、喉元まで来て出かかっているのがわかる。嘔吐を我慢しようにも……無理だ。


 二発目の直下型爆弾の投下で、更に現場は混乱を極めた。 


ーーーーーー

 教官は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の訓練狂の思考を正してやらねばと決意した。アルスには訓練の重要性がわからなくはないが、自己への非難に対しては、人一倍に敏感であった。

 で、

 「何故このようなことをしたか、言え!」

 鬼面の訓練狂は騒がしく、威厳に満ちた顔をもって問い詰めた。

 「知れたこと、このような訓練を課す訓練狂から兵士を救うのだ。」

 「おまえがか?」

 訓練狂は、豪快な大笑いをした。

 「仕方のない奴じゃお前には訓練の重要性がわからぬ。」

 「言うな!」 

 と、アルスは勢いづいてはみたものの、特に主張することがあるわけでもないので、どうにでもなれと言った感じで反駁した。 

 「一人一人の体力の限界量もわきまえず、無茶に量だけこなせば良いというのは、最も愚であると形容すべき教官だ。特に!俺の訓練の量はおかしい!」

 「膨大な量の訓練をこなさせねばならぬと教えてくれたのはおまえたちだ。怠け者の心こそ、恥ずべき愚だ。怠け者はもともと私欲のかたまりさ。その詭弁に従っては、ならぬ。」

 「何の為の訓練か、自分の日頃の鬱憤を晴らすための訓錬か。」

 今度はアルスが大笑いした。

 「努力をこなせない者の気持も分からないで、何が訓練だ。」

 「だまれ!サボリ魔が!何を訳のわからんことを言っとるか!」

 訓練狂は、さっと顔をあげて大喝を喰らわせた。

 「怠け者は、口では達者だ。だがそれは、努力しているものから見れば、とんでもなく下らないものだ。おまえだって父親の前に引き出されて、いまにたっぷりと絞られて、そのような減らず口が叩けるか!」

 「ああ、お前は優れた武人だ。自惚れ、いや、誇っているといい。ただーー、」

 と言いかけて、アルスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、

 「ただ、今から頑張るから父さんの前に引き出すのは勘弁して欲しいかなー、なんて、ハハハ、ハ……。」

 「却下だ!」

 

 

 駄目だったか。三日の猶予くれないかと思ったのに。けど、こんな事を言っているけど、このような惨事を引き起こしたことに対する謝意が無いわけじゃあない。何しろ、狩りの本番を前にして訓練の邪魔をしたのだ。命のやり取りをこれからする人達を不安にしてしまったかもしれない。やっぱりまずかったかな……。

 そうして、割と本気で反省していると


 「何をしておられるのか!」

 

 と遠くから声がする。声音からして誰の声だかは一瞬でわかる。なぜならそれは、この場では聞くことのほとんど無い、子供の高い声だったからだ。

 案の定、子供の声は弟フレッドのもので、怒っているのが遠目からでもありありと見える。鬼気迫る様子とはこのようなことを言うのだろう。まぁ、鬼の気とは言ったものの、鬼は鬼でも子鬼のものだが。

 

 「兄上!場をわきまえない行いは慎んでくだされ!あからさまに大飯を食らい、わざとらしく大変に訓練をし、故意に周囲に対して吐瀉物を撒き散らしたと聞きましたぞ!しかも満面に笑みを讃えながらそのようなことをしたとか!兄上には武門を生業とする我家の長子であるという自覚がお有りですか!」


 いささか針小棒大な気がするが、大方間違っていないような気もするので、素直に謝ろうとする。


 「その、すま」

 「兄上!周囲の緊張を解きほぐそうと思ったなどの言い訳は通用しません!その阿呆ぶりももう言い訳させませぬぞ!おとなしく縄につきなされ!」



 取り付く島もなし。うぅ……謝ろうとしてたのに……。しかもなぜか縄につきなされ!とか言われてるし。父さんに絞られるのか。日頃の行いが祟ったのか。

 ……と言うか俺、転生したんだよな……。何にも前世のノウハウが活かせてないじゃん。ああ、何か力抜けてきた。駄目だ。これはもうやる気出ない。欲望駄々漏れ。

 働きたくないでござる。もう今回は諦めて来世に期待しよう。来世はあるってのは分かってるんだ。それが分かってりゃこっちのもんだ。え?必ずしもそうなるとは限らないって?

 いや、うん、我が生涯に一片の悔いなし。今こそ別れ目いざさらば。 て、いやいや……あー、そうだった。そうだね。悪い。


 普段の世を楽しんでやるという気概はどこ吹く風と言わんばかりに、脱力して落ち込む。時々自分の行いを振り返ってしまうと、このようになってしまうのは仕方のないことだろう。だかま、ここで別の思考を思ったのはどちらかといえば不幸だったかもしれない。

 

ーーーーーー


 ここから立ち直ってしまえばまた面倒なことになってしまう恐れがあるので、今のうちにと普段のアルスを知っている周囲は取り押さえて逃げないように縄で縛ろうとする。

 どうやら無抵抗のようだ。が、そこで一瞬魔術の気配がしたかと思いきや、アルスはハッと顔を上げたと思うと、いきなり

 「なんで君は事をこれ程にも荒立てるのかな、こんなことをしている場合じゃあないだろう。」

 と言い放った。

 なぜか口の動きと聞こえてくる声に微妙な齟齬があり、何かしらの不気味さを感じ、周囲は怪訝に思う。

 すると、ぎこちない動作で立ち上がると、

 「やっぱり人の体を動かすのは慣れないな。動かすのは何年ぶりだろう。」

 と呟いたかと思うと、するりと周りの人の壁を掻い潜り、何処かへ逃げ去って行こうとする。

 「たしかここをこうすると、宙に浮けるのだっけかな。」

 などと訳のわからんないことを言う。するといきなりしゃがんだと思いきや大ジャンプを繰り出した。

 すわこそ一大事とばかりに周囲は取り囲もうとする。が、しかし気持ちの悪い身体の動きで、ウルトラC並の跳躍力を発揮して他を寄せ付けないまま遠ざかっていく。

 端から見れば、膝だけを曲げて前方にジャンプしようとし、そのままホッピングを使っているかのようなおかしな軌道で遠ざかっていくといったような出で立ちだ。お陰で周りは己の目を疑い、呆気にとられている。

 

 認識はできても適切な対応を取ることができなかったのが大半だったが、眼前の異常な光景に対応できた者は少なくとも二人はいた。

 なぜならば、以前にこのようなことが起きたことがあるからだ。一人は言わずもがなオルタトリアンであり、もう一人は、熟練の教官である。


 オルタトリアンは相手の前面に回り込んで止めようとし、教官は風の魔術を使い、相手の向かう方向に先んじて攻撃を行って移動を妨害しつつ、前後を忘れた者達を正気に戻してあの奇妙奇天烈な少年を捕まえるようにと命じる。


 我に返った兵士達も逃げる少年を追うが、到底追いつける者はなく、魔術を撃ち込んでも全く見当違いの方向に飛んでいくという有り様だ。


 しかしオルタトリアンが回り込むことに成功し、訓練用の槍をくるりと回す動作をしたと思うと、着地を狙って制圧しにかかる。

 そして、着地の瞬間とほぼ同時にアルスに詰め寄って、槍を杖術でも使うかのように横に構えて突き出し、相手がのけぞると同時に足払いを仕掛けにかかり、それに対応することができなかったアルスは倒れ込む。

 すかさずマウントを取りに掛かり、槍を相手の身体に押さえつけ、これ以上手が出せないように腕の動きを封じる。

 「もう私から逃げおおせることは絶対に出来ないと申し上げたはずですが?」

 だがその一連の動作に対しても、アルスは眉一つ動かさず、動じる様子がない。それどころか、

 「聞いた聞いた、でも絶対なんて絶対に無いよね。」

 と不敵に言い放った。 

 さすがにオルタトリアンも不気味さを覚え、今のうちに捕縛用の縄を持って来いと命じる。が、そこでなぜか自分の身体が沈み込んでいく感覚を覚えた。

 

 なぜ?


 答えは地面を見ればすぐにわかった。なぜならばアルスを中心に周囲の整地された地面が泥へと変貌していくのだ。詠唱を行う素振りを全く見せていなかったはずだし、このようなことを行う魔法陣が刻まれた持ち物も持っていなかったはずだ。


 取り敢えずこのままではまずいとオルタトリアンはアルスから離れて距離を取る。アルスの方はというと、そのまま沈み込んで完全にその姿は見えなくなる。


 以前やった穴を掘って逃げるというのも、風魔術で換気できるよう地上と直通の穴があるからできるのであって、泥の中ではさすがに息を吸うことができない。生き埋め直通コースだ。どうすることもできない。


 オルタトリアンは流石にまずいと思ったか、泥の中へ手を伸ばそうとする、が未だに広がっていく泥沼の深さは地面に槍を突き立てても全て埋まってしまうほどの深さと砂の細かさで、迂闊に入り込むことができない。ほかの兵士もどうすればいいかわからず、右往左往といった様子だ。

 それにしても、アルスにはこれほどの魔力量があっただろうか。が、そんなことを考える暇もなく、生き埋めを避けるために


 「皆、火の魔術でこの泥沼を砂に変えるのだ!」


 沼を干上がらせて砂の塊にし、それを砕いて助け出そうという寸法だ。そして、指示を受けて火の魔術を使えるものが即座に泥沼に膨大な量の火の魔術を浴びせる。そして、干上がった沼をオルタトリアンは土の魔術で隆起させ、地面を砕くがアルスの姿は見つからない。

 

 「アルス様!」

 「何?」

 

 気がつくと、いつの間にか側にアルスが立っていた。あれやこれやと頭の整理がつかないオルタ卜リアンだが、それでも即座に捕えようとする。が、それをまたもおかしな跳躍で回避して、超人的な速度で逃げ去っていく。


 「また二、三日空けさせてもらうよ、大丈夫。狩りまでには戻るから。」

 と言いながら、既に遠く離れて去っていく彼を止められる者は、もはやこの場にはいなかった。


 「あれって、人間…だよな……。」

 「さぁ、俺にはわからん。」


 と、誰かがつぶやいた。



 

 

前回と

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