一狩り行こうぜ 準備編
ギリギリアウトでした。
休憩時間の真っ只中であるというのに、俺はこのように過剰な量の素振りを強要されている。なにゆえであるか。責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。
「何をブツブツと呟いておられるのですか。だらけた兵士の中で、罰則を受け容れる空気を作るとおっしゃった事をお忘れで?さぁ、腰が入っておられませんぞ!」
オルタトリアンは、だらしのない長男に対して、虎視眈々と傍らで目を光らせつつ、アルスに付き合って素振りをしている。
休憩の宣言がされてから、かれこれ二十分ほど経つが、彼らは依然槍を振り回し続ける。片方は心中でこれでもかと愚痴を吐いているのだが。
ちっ、サボりの言い訳に、適当なもっともらしい屁理屈をこねた結果がこれだね。そう、自業自得だ。
だがしかし!そこで納得して折れてしまっては、ただ自爆してしまっただけの阿呆だと言えよう。ならば、同じ阿呆でもド阿呆であるべきだ!
そんな俺の思考は墓穴を掘った己を責めず、フェイントを仕掛け、踵を返したと思われたところに戻ってきて怠けた兵士に罰則を与えようとした教官の悪意を責める。よし、俺は悪くない。が、やはり惨めなものは惨めであることに変わりがないんだよなこ……。
「さっきからブツブツとうるさいと言っておりますが、聴く耳はおありでしょうか、アルス様。訓練に集中してくだされ。」
「おっと、口に出てた?オルトは訓練続ける必要はないだろ。なんで俺に付き合ってんの?」
「アルス様が途中で放り出さないならば、この程度の労役など、なんの苦にもなりませぬ。」
「いや、それより。休憩時間ももうすぐ半分が過ぎてしまうんだが……。そろそろ終わらせないか?」
「駄目です。あと500本です。」
はい、即答いただきました。しかもなんか増えてるし……。それっておかしくないかな?と、もう一人見張っている教官の方をちらと見る。
「そうするのがいいだろう。だらけた兵士の中に、更生の空気を作るのだろう。それぐらいしてもらわねばな。」
教官は、あっさりとその理不尽な数字を快諾してしまった。現実は非情である。これは、不当な扱いに対して断固拒否せねばなるまいと考えたが、その抗議は到底容認されるものではないと察すると、自分の惨めな姿に対し、今度は精神的牙城を築き始めた。
ちくしょー、もうこれは、最初からあの屁理屈を正当な理論であるとして扱ったものであると考えよう。そうでなきゃ、周りが段々と休憩に入る中、奇異の視線に晒されつつも素振りを続ける俺はあまりにも惨めじゃあないか。
そうだ!俺は不真面目な兵士の空気を変えようと、真面目な俺はわざと不真面目な兵士を演じたんだ。
最初からそうであったんだ。そうに違いないな。そのほうが外聞も良いだろう。さすがは俺。よし、真面目故にに課されたペナルティに取り組むとするか。
これに対する周囲の目は、相も変わらず罰則を快く受け容れる寛容な気持ちを持ち、ただひたすらに黙々と素振りを行う。とんだ寛容さもあったものだが気にするべきことではない……はずである。
ーーーーーー
十分後
「ちょ、もう、無理。今、な、何回?」
ヤケクソに従ったまでは良いものの、自身の体力という面を考えていなかった彼はペースも考えず、休憩なしのぶっ続けの訓練により、既に体力の限界に達していた。息も絶え絶えである。既に罰則をくらったほかの兵士も休憩に入り、なおも素振りを続けているのはオルタトリアンとアルスの二人だけだ。
「案ずる必要はございません。あと少しです。」
「あと少し、て、言うのはさ、人に、よって、違いが、出るから、さ。具体的な、数字は。」
「具体的な数字を聞いても心が折れぬと断言できますか?まだ昼前ですぞ。」
「やっぱ、やめとく。」
どうせ勝手に数字が増えているのだろうが、カウントする気力もない。魔術で逃げ出そうにも魔法陣もないし、詠唱も息が上がっていて出来ない。
「そもそもこのように情けない姿を見せるのは、普段稽古を呆けたりするからこうなるのです。」
「いや、この量は稽古を呆けるとかそれ以前の問題じゃないか?」
「そんなことはないです。」
「そ、そうか。」
喋るのに使う体力すらももったいない。少しでも使う体力を減らさなければ、、、
「ん?しばしお待ちくださいアルス様。少しフレデリック様の様子を見て参ります。」
不意にオルタトリアンは弟の方に去っていった。これは、体よくサボるチャンスではないか!
「もちろん、教官が未だ見張りとしてついていますので。」
思考は筒抜けのようだった。なんだよ!
「……くっそ、なんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだ!?」
気がつけばオルトとほぼ入れ替わるように、半裸の目に痛い赤髪が槍を持ってこちらに近づいてきている。見た目は俺と同じくらいの歳かな?って何それ怖い。というか、半裸というか下以外隠せてねーからほぼ全裸だな。こう寒いのにどうしたことだろう。
やってきた赤髪は愚痴りつつも、何故か素振りを始めた。くしゃみをしては小言を呟きつつも、素振りを止めない。そこで、教官の方を見ると、その様子に対して頷いている。事情は伝達済みのようだ。
……もしかしてこれは、罰則か!?罰則なんだな!うん、これは、何だろう、何というか、仲間意識を持たざるを得ない。俺と同じ阿呆らしさの空気を感じる。あ、なんか元気が出てきた。仲間がいるっていいね。特に自分より下の感じの奴。
「何を変にキラキラした目で見てやがる!」
おっと、そんなつもりはなかったんだがな。自然と顔に出てしまったか。だがやはり、
「うん。」
「何だオメー!?そっちの気がある奴か!くっそ、だからこんなとこに来たくなかったんだ。それをオヤジのやつ……」
「お?いや、俺はそっちの気がある人じゃあない。勘違いしないでくれ。ただ単に何となく仲間意識を感じただけさ。あ、俺はアルスだ、よろしくな。」
「ふざけんな!」
なんか怒らせてしまった。申し訳ないな。だがしかしそれ位で俺の減らず口はは止まることはない。
「ところで、何が楽しくてそんな格好をしているんだ。お前こそそういう趣味なのか?人に痴態を見られて興奮するような奴か?凄いなお前。」
「そんなわけねーだろ!!罰則だ!それとお前じゃねえ!クラーク・ナッシュだ!」
「悪いなクラーク、同じ罰則仲間として、シンパシーを感じてしまって。」
「何だ、お前も罰則か、てっきりあのガキみてーなクソ真面目そうなムカつく奴かと思ったぜ。ケッ!ったく、教官がいなきゃこんなのサボってるのによ。」
あれー?俺が真面目にやってる効果ってもしかして無意味?というかそりゃあ教官が見張ってりゃ真面目にやるよな。俺がわざとペナルティを受けた意味がないじゃん!って、あれ?
「何を、うだうだと愚痴っているのだ!油売ってないでさっさとやらんか!」
と、話し込んでいると壮年の教官からの喝が飛んでくる。
叱られてしまったが、そんなことも意に介さず、身体を動かしつつ、減らず口も止まらない両者。
「チッ、親父に強制されなきゃこんなとこ来なかったのに……。」
「ああ、お前も家庭の事情でここに来た口か。お互いに大変だな。俺も強制されなきゃもっと別のところにいるのにな。」
「へぇ、お前もか。何だか俺もお前に仲間意識を……」
「いい加減にしないか!お前ら!!そろそろ休憩も終わるぞ!!!」
教官の言うとおり休憩も終わりを迎え、再び集まってくる他の訓練兵達。疲労困憊の様子を見せながらも、二人は別れの挨拶も程々に、それぞれの持ち場に戻った。結局アルスは休憩を挟めず、そのままぶっ通しで訓練を受け、昼食を吐いて周囲の貰いゲロを誘い、教官の大喝を受けつつ、オルタトリアンに叱られ、弟から何とも言えない視線を送られる散々な一日を送ることになった。……はずだったのだか。
前回と